- ナノ -

おばさんなキャナリ成り代わり(Tales・ダミュロン)
「はーい。ダミュロン口開けてねー」
「……」

まるで死人かと思われるような顔をしているダミュロンの口元にお粥をスプーンで持っていく。
包帯ぐるぐる巻きでミイラ男のような彼に色んな妄想が飛び交うのを止められず、頭がピンク色に染まっていく中、彼は死んだ瞳をこちらへ向けた。
反応してくれたことに内心ドキが胸胸しつつ、口を開けないダミュロンにあーんと言ってみる。

「……キャナリ」
「何?」

どうやら食べる気はないというのは明確なので、とりあえず一旦スプーンは近くの机に置く。
ベットで横になっているダミュロンは、虚ろにも程がある口ぶりで続けた。
それがまた堪らないとかそんな

「君は、死んだんじゃないのか」

淡々と、しかし確かな絶望が混じった沈痛な音で紡いだ言葉。
虚ろだった表情が確かに苦痛に歪む。きっと、身体的な痛みではないのだろう。心が、もうない心臓が痛みをあげているのだ。
と、詩人風に語ってみたが、彼の鬱に巻き込まれては雰囲気が暗くなりすぎるので、安心させるように微笑んでみる。

「そうね。死んだわ。キャナリという人物は、確かに人魔戦争で死んだ」
「っ……そう、だ。キャナリは死んだ。俺の、愛する人は」
「(ちょ、さっき愛する人って言ったか!? うわ、マジでか! うひょー! どうしよう、キャナリ死んで新しく生まれ変わったんだよ路線で行こうとしたけど変更だぁ!)――でもね、蘇ったのよ」
「よみ、がえった……?」

よっしゃ、大丈夫だ。ダミュロン君は頭が回っていなくて正常な思考ではない。だから私の意味不明な文脈の言葉にも関心を示してくれている。おkおk。大丈夫だ。問題ない。
もう、突然の愛する人発言とか、おばさんhshsして2828しちゃうよ。
たぶんおそらく、それは私に抱いていた尊敬とか幻想とかでそういった方面に行っちゃったんだろうが(私だって抑えてたしねー頑張ったわーマジ頑張ったわー)、かなり嬉しい。もう結婚しよう!っていいたいぐらい嬉しい。
だって私が騎士団で凛々しい女でいたのはダミュロン君に惚れてもらうためだもんね! うえっへっへっへ。

っと、頭の中がモザイク過ぎてだんまりを決め込んでしまった私に、ダミュロンがいぶかしげにこちらを見つめているよ。

「確かに私は世界からいなくなったけど、また私としてここにいる」
「だけどっ、それは――!」
「偽りの生って? ダミュロンは私が生きていることが不満なのかしら」
「ぁ、お、俺は」
「私は、ダミュロンが生きていて嬉しいわ」

そうだ。私は筋道どおりだったら、死ぬはずだった。それが当然の結果のはずだった。
だがそれがどうしたことか、私も生き残った。生きて、こうして生き残った僅かな人たちと傷を舐めあっている。
ダミュロンの瞳が、虚ろなものから、確かな生気を帯びる。それが戸惑いであっても、私は嬉しい。

「私は、私が蘇ったから嬉しいんじゃないの。
 ダミュロンやイエガー、それに、アレクセイ閣下も。
 貴方達が生きているから、蘇ったことが嬉しいのよ。
 だって、貴方達を残しちゃったら、かわいそうじゃない」

別に、そんなこと考えていなかった。死んで、蘇るまでは。
人魔戦争の中で、彼らを置いていくことは正しいことだと思っていた。
戦って、しかし力は及ばずに、ダミュロンを背に、死ぬ。
彼に悲しみを与え、そうして潔く、自分の意義に従い散ってゆく。

なのに、私は生き延びた――とはまた違うが、それでもこうして生きている。
そうすると、欲が出てくるのだ。身勝手に死んだくせに、こうして絶望の中にいる彼らを見ていると。

「嬉しいのよ。
 死んだくせに、貴方達に逢えた事が。
 たくさんの部下を死なせたくせに、こうして生きていることが。
 そうやって罪を被った私に、まだ何かできることがあるってことが」

別に、悲しくない。
悲しくないのに視界が水で被っていって、目を閉じれば頬を伝う温かい一筋の線。
私は、自分のしたことが間違っているとは思っていない。
人それぞれに意義や正義、譲れない教義があるように、私だって譲れないものがあったのだ。
壊してはいけない。私という異分子で、この世界にいてはいけない。
選択肢は二つ。放って置くか、救おうともがくか。それがいかに自分勝手なものかというのは分かっていた。
だから、私は前者をとった。

頬に、温かな手の平の感触が伝わった。
温かかった。確かな、生きている人の手の温度だった。
瞼を開けば、同じように涙を流したダミュロンがいて、でも私とは比類にならないぐらい涙をボロボロと流していた。
それでも頑張って私の少ない涙を拭おうとする彼を見て、小さく苦笑いをする。

「ねぇ、ごめんね。死んじゃってごめんね。先に死んじゃってごめんね。
 先に死なないでくれてありがとう。今、生きていてくれてありがとう」
「っ、う、キャナリッ……!」

息も絶え絶えで、ぐずぐずになって震えた声で名前を呼ぶダミュロンを抱きしめた。
腕の中で泣きじゃくる君を、愛しいと思った。



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