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ある男の一生(hellsing・アーカード)
ヴァン・ヘルシング成り代わり
漫画本を読み返していないので改造ありまくり間違えまくり
攻め主を目指して(ry



湯船の上を漂っているようだった。しかし頭は空っぽで、脳幹まで抜け落ちたような、意識すらない死人のような感覚。それから目を醒ました瞬間、ああ、幸運を得たと私は泣き叫んだのだ。

人間一度ぐらい、何かに憧れる。子供時代は両親に、青年時代は尊敬する人に、その憧れを叶える人間もいれば諦めて叶えられない人間もいる。私はどちらかと言えば後者のような生き物だった。普通と言う言葉に逃亡し、凡庸に倣った。それが正解だと言い聞かせ、実際平凡な生活を送った。だから、私は死から目を醒ました数瞬で、ああ、生きなくてはと確信した。

「強くなろう」

そう思った。私が目を醒ました世界は私の知識のなかでは中世ヨーロッパほどの時代背景だった。書籍や画面の向こうでしか見聞きしたことのない光景が広がり、文明は低い。私はそのなかで、1つの目標を打ち立てた。強くなる。この世界では強さが絶対ではない。商業で成功すれば大金持ちだし、貴族と結婚すれば生涯金に困らない生活が出来るだろう。しかし、この時代ハイリスクハイリターンだ。商業で失敗したとき、後ろ楯がないとすぐに恨まれ殺されることは日常茶飯事で、それは成功しようと大きな事業に手を付けるほどに可能性が広がる。貴族と結婚することは更にハイリスクだ。私は庶民、庶民と貴族が結婚することは認められていない時代だ。

そこで、私が見いだした目標はただひたすら強くなることだった。強さはいつの時代でも奉られるべき尊きものである。それがどれほど愚かであろうとも人間は強さを誉れとすることをやめない、やめられない。それが生物を構成する上で重大なことであるからだ。弱者は強者に喰われる。ならば強者になればいい、それがどれほど愚かだろうが、強さを求めたさきに求めるものがないとしても。


強さなど早々求められるものではない。愚かだが狂おしく人類が欲するそれは度しがたいほどに手に入れることが困難だからこそ魅力も更に輝く。だから私は強さの為ならなんでもした。信じたものを裏切り、信じられていた私と言う存在を殺した。人を騙し、殺し、盗み、己のものとした。神聖なものを体に刻み、その体で魔術を愛した。私の存在は段々と歪んでいった。既に人間ではないほどに歪み尽くした。しかし、何となく人間でなくなるのは嫌だった。私は人間として生まれたのだから人間として死にたい、それが歪み尽くされた私に残された人間としての唯一の尊厳なのではないか?

「ヘルシング教授、ヘルシング教授!」

「……ああ、どうしたんだい」

「どうしたんだい、じゃないですよ! さっきから呼んでるのに一向に返事してくれないじゃなかったですか」

憤る学生に苦笑いで対応して、自分の非を認め軽く謝る。学生も本気で怒ったわけではなく、直ぐに本題にうつる。私は結局強さを追求し、その先で普通の生活に身を沈めた。強さを追求する日々はひたすらに楽しかった。悦楽と愉悦を感じ、思考回路はまるで捕食者にでもなったようだった。しかし、それに疲れを感じた。年齢的な限界は既に突破していたから、精神が摩耗していたのだった。死から目を醒ます前のことなど欠片も覚えていない、だというのに、ただ暖かな幸せがあったと覚えていた。あの人生は、確かに平凡だったが幸福ではあった。強さを求める日々に幸福を問うたら、そんなものはなかった。私は結局、生まれた贖罪と、満足感のためだけに歩んできたのだ。強さを求める、しかし、その強さの先に求めるものなどない。知ってはいたものの、なんと虚しいものか。虚しさは常に心にあった、強さを求めることでその虚しさが消え去ると願っていた。悦をもたらした強さへの欲望はしかしただ虚しさを煙に巻き誤魔化していただけだった。だが、強さへの探求による悦の煙は純粋な強さを求める心に呼応しその欲望を強めていっていた。


「吸血鬼?」

久しく耳にしない単語だった。教授と言う立場にたち、全うな人間として生きていた私にその単語はもはや過去のものとなっていた。何度も殺したことがある、殺されかけ、殺されたことがあった。しかしそれは既に私にとって屑にも劣るか弱いもので、強さに置いても価値もなにもなかった。だが、今回は知人がその化け物にちょっかいを出されたようだった。話を聞くに、飽きれるほど『強い』らいし。

「アーカード」

会ったことのない吸血鬼だった。世界は広い、海を渡り、世界を踏破しても知らない化け物などは存在するらしい。私は既に強さは求めていなかった。だが、その欲望はいまだ私の中に燻っていた。虚無感に嫌気がさし、そのもっとも足る行為である強さを求める行動を止めただけで、現在の平凡が虚無感を埋めてくれるものでなくなれば直ぐにでもそちらの道へ行くつもりだった。

だからこんな気まぐれもいいかと思った。本当に強いのなら良い、弱者ならば殺せばいい。


別に、何がどうといったわけではなかった。今まで闘ってきた相手にその吸血鬼のようなモノはたくさんいた。そのなかで殺してやったものも多いし、その場では勝てずに逃げ出したものだってある。ならばこいつの場合はどうだと言うのか、殺しはしなかった。平凡な人間という体でやっていたからそんな直ぐには止めを打てなかった。杭で心臓を穿つ、悲鳴をあげるそいつは泣き叫んでいるようだった。しかし、それを待ち望んでいたというのは一目瞭然だった。ふとその光景を見て、私も将来こうなるのだろうかと自問した。今はただ内の虚無感と共存しているだけだが、それは今後大きな枷になるのではないか、生きてる意味を見いだせなくなるほどになるのではないか。漠然と嫌だと感じた、なぜならその未来が透けて見えたからだ。

「ヘルシングの僕となれ、吸血鬼よ」

「なぜだ。お前ならば僕など要らないだろう」

正論だ。そんなものいらない。だが、人形の一匹ぐらい扱えるだろう。代々受け継がれていくそれは、次代が手に余るようなら捨ててしまってさえいいだろう。だが、このままこいつを殺すのはなにか惜しい。人間としての探求心か、それともただ単に自分の将来の姿の未来が気になるのか。別になんでもいい。

「理由がいるのか? 面倒な化け物だ。ああ、そうだ、同じ化け物退治でもしていろ。そのなかで死ねたら僥倖だろうよ」

「お前は殺してはくれないのか」

「なぜ私がお前を殺さねばならん。私はただの人間だ、化け物でもバンパイアハンターでもない。お前が頭を下げたとてお前を殺さないだろうよ」

「……だが、お前は私を下僕とした。ヴァン・ヘルシング、私はお前に身も心も捧げる」

「勝手にしろ」

人形が何を語ろうと耳には入らない。人形が持ち主に執心したとして、それは叶わない。絶対的決定権は所持者にあるからだ。
そして結局、私は長い長い生に意味を見いだせなかった。強さを求め、化け物をかり、全うに生きた。周囲の人間は老いる。私もそれに合わせて老いてきた。そして周囲は死んで行く。それを見て、私も終わるべきだと思った。この人生で、やるべきこと、精一杯のことはやり遂げた。終わりのない旅はようやく終止符打つのだ。 

「おい、置いていくのか」

「……子孫が必要としたら活用するだろう」

「そうじゃない、お前のことをいっているんだ」

「やるべきことはやった」

「だから死ぬのか。そんなもののために死ぬのか」

「ああ、そんなもののために死ぬ」

「なら、私のモノになれ、私が必要とする。私の体と心も全て与える。なんでもしてやる、なんにでも成ってやる。お前の死んだ妻にでもなんにでも。お前を愛してやる。だから死ぬな、置いていくな」

人形が嫌に必死だった。まるで生きているようだった。だが、それはいい傾向に思えた。私は結局命をたつことを選んだがこの吸血鬼は死ぬことができないために何かを欲しそして安定を得ようとしている。ならば私が死を越えたきにあるのはこれかもしれない。だが、もうよかった。その観察結果は活用されない。私は死ぬと決めたのだがら。

吸血鬼を無理矢理封印し、そして私はひっそりと死を迎えた。何人かが泣いてくれた。どうやら私は良い人間として評判がよかったらしい、簡単に涙を流す人々の浅はかさに驚いた。

生まれながらにその幸運に私は戦慄した。湯に漂っているかのような感覚をぶち壊す衝撃だった。私は、生まれた。赤子の脳内に、その赤子の思考を裂いて生まれた。それは私にとって恐ろしいほどの幸運であり、恐ろしいほどの不運であった。人生に振り回される人生は終わった。私と言う人間はここで二度目の終焉を迎えたのだ。


「インテグラ」

それが三度目の私の名前だった。呆れる。私はまた生まれたらしかった。精一杯やったから死んだのにどうしてまた生きなければならないのか。しかも、このような形で。 今回の世界は時代は近世的、そしてヘルシングがあるところから同じ世界観であると考えられた。しかし、何もかも私の時と同じというわけではないだろう。私の時代からそのまま時間が経過しただけなら簡単なのだが。

私はヘルシングの時期当主という立場だった。面倒でしかたがない。なぜそんな重荷になるようなことを行わなければならないのか。叔父に権利を譲ろうとしても私が死ななくてはならず、更に叔父は私に強烈な殺意を持っている。次いでにこの世界での父はボケが進行しているのかそれに気付かず、唯一頼れそうだった忠実そうな執事は実は吸血鬼側(しかもかなり厄介そうな奴ら)と関わっているというのだから手に終えない。この体は全く持ってただの少女の身体でありそれ以上でもそれ以下でもない。だというのにこの状況とは。

「こんなところにあったか」

死を待つ日々も面白くなく、もしやと屋敷を調査していたら発見した。しかしそれは干からびていた。ピラミッドのミイラのように、血を抜かれ体の体積が半分以下になっている。髪の色は抜け落ち真っ白になり、服装は特別な拘束具となっている。寝ているのかと目を瞑るそれを観察していると(こんなことも出来るようになったのか。私が実験したときは飽きて途中でやめてしまった)その瞼が微かに動いた。

「醜いな」

ただ真実を述べただけのそれに、その瞼が押し上げられた。薄ぼんやりとしたそれは直ぐに色を帯びた。懐かしい宝石のような目。

「……変わらんな」

変わらない。体がどのように変化したとしても変容しない。

「綺麗な目」

宝石のそれは確かな感情を広げた。もはやそれがなんだか解る。散々に研究対象として好き勝手したし、その感情などはもっとも足るものだった。その男の感情は何を差し置いても――

「ヴァ、ン」

「もうその名ではない。インテグラだ。アーカード」

幼子が親を求めるように、ああ、なんと幼稚な愛なことだ!


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