- ナノ -

呂布ヘタレ話(対陳宮の場合)
「呂布殿! これはどういうことですか!」
「ち、陳宮。なんだ、これとはどれのことだ」
「これですよっ“これ”!」

いつも怒ってばかりの我が軍の唯一の頭脳と言っても差支えない(他は大体武が中心なので)陳宮が、いつも通りにぷんすかと怒りながら顔を見せる。
なんというか、俺に対して陳宮は怒ってばっかりだ。俺が頭が悪いのがいけないんだろうけど。頭脳明晰な人から見たら頭の回転が遅い奴というのは頭に来るらしいし。
しかし、こればっかりはどうにもならない。勘弁してほしい。あと怒鳴らないでほしい。小さいくせに怖い……。

「これです、これ! なんですか、この案は!」
「む……こちらの方が効率も良く軍の兵からの評判も悪くな――」
「こんな甘っちょろい策で軍が動くとでも思うんですか!?」

ひぃ。
思わず身を引く。鬼気迫った。というか、バカにも程がある一遍死んで来い! と言わんばかりの形相に、怯える。
竹簡に赤い墨で書いた自分の文章。あ、やっぱり陳宮の文字より俺の字汚いなぁ。なんて一瞬現実逃避すると、すぐさま陳宮の顔面が近づいてきた。

「しかも、なんなんですかこの策は! 奇想天外にもほどがあります!」
「だ、だが、悪くはないだろう」

ぷんすかされる覚えはたくさんある。
確かに、この竹簡に記した考えは、この時代では実現されるはずのない案だろう。
階級というものを重視し、民の比重を蟻程度に考えて、男尊女卑が根強く、文化の違うここでは。
それでも、理想を突き詰め、俺の見たい場所を実現させるのなら――その案は俺の倫理に当てはまる。

綺麗事だし、ありえないことだとは分かっている。有り得てもならないとも。
それでも、それが実現されればその地区――今回は軍であるが――は安泰だし、平和そのものだろう。
これでもこの時代に当てはまるように、頑張って手を加えてみたのだが。やっぱり駄目だったかぁ。

陳宮が俺の言葉を受けて、眉を捻じ曲げさせて勘弁ならない表情をしているのを見るのが我慢ならず、予想以上に育った自分の身体の背を折り曲げる。

「……すまん」
「な、なぜ謝るのですか」

なんでって、陳宮が怒ってるからに決まってるじゃないか。
真剣に落ち込み始めた俺に、目の前の髭が溜息をついた。

「……別に本気で怒ってはいません」

嘘だ――と思ったが睨まれたので頷いておいた。

「悔しいですが、貴方がこの軍の中で、いいえ。この時代で一番特出した頭脳をお持ちなのは存じております」

え、何それどういうこと。呂布わかんない。

「本当に、どこから仕入れてきたと言いたいほどの奇想天外な、しかし、確実にあなた以外には考え付かない案です」
「……陳宮」

とりあえず褒められたっぽいのは察することが出来たので、ちょっと、感動してじっと見つめる。
と、照れたのか視線を逸らして竹簡を丸める陳宮。
そのさまがなんだか微笑ましくて、思わず笑ってしまった。

「何を呑気に笑っているんですか! 実力は認めますが、この案は却下です。違う案を考えてください!」
「むっ!? 廃止なのか、しかも俺が別案を考えるのか!?」
「貴方だけに案を出させるわけがないじゃありませんか。そんなことをしたらまた可笑しな案が出来上がります。ほら、共に考えてあげますから、行きますよ」

額を竹簡でぶっ叩かれて、痛いけれど、引っ張られる腕がなんだか頼もしくて仕方がなかった。


――朝起きて、服を着替えて、書類に取り掛かったところで夢の内容を思い出した。

「……夢?」

そうそんな夢を見たんだ。

20131014


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