- ナノ -

怪人になった女(ワンパンマン・サイタマ)

 彼と出会ったのは偶然だった。いや、もしかしたら必然だったのかもしれない。
 運命の会場は、近所のスーパーだった。この怪人の出没する物騒な世の中で、唯一の楽園ともいえるエアコンの効いた全国展開しているスーパーだ。
 だが、エアコンが程よく効いていることがすのスーパーを楽園足らしめているのではない。
 そう、そのスーパーが楽園なのは――大セールを頻繁に発生させているからだ。

「くっ、おばさんたちが厚い壁が……!」

 しかしそこは楽園とともに戦場と化す。
 そう、セールを待ち望んでいるのは私だけではないのだ。
 食材に飢えた主婦たちが、まるで自分たちが怪人だと主張するように商品に群る……!

 だが、私も引き下がるわけにはいかない。
 私はバイトの身。そんな私がここで特売セール品を買わずに一週間満足な食事をできるはずがないのだ!
 退け、BBAども、それは私の夕飯の食材だぁあああ!

「「うぉおおお!」」

 雄叫びがあちらこちらから響き渡る中、聞きなれた声が耳に入る。
 私は既に最前列に居た。私の怪力にかかれば、怪人もどきである主婦たちの猛攻などアリの行進に過ぎない。
 だが、その声の主だけは違った。
 
 商品に手を伸ばす。200円で売り出されている魚の切り身。しかも5本入りだ! なんという破格! 一匹が40円だぞ! そんなんで店が経営できるのか!

 だが、それを掻っ攫おうと伸ばす輩がいる。
 キラリと光るその後光を背負ったような頭。その人物は、毛根が消滅しているのではないだろうかと思えるほどに禿ていた。毛の一本すら見当たらない。その光が私の視界を一瞬だけ遮る。

「くっ!」
「もらった!」

 勝利の雄叫びが聞こえる。もちろん私の声ではなかった。
 私は唇を噛みながら、隣に置いてある同じ商品を手に取った。だが、この商品は禿が取った商品よりも、身が小さい!

 ああ、負けた!


 怪人になったとしても、世は非情だ。
 私の家族と家は怪人に壊滅させられた。よくある話である。
 その時はまだ高校生で、なぜか高校は破壊されずに残っていたので、支援金でどうにか高校は卒業できた。
 だが、家族のいない日々は辛かった。みなからの同情と、しかし今やどこにでも存在する身の上話に対する無関心に打ちのめされていた。
 高校を卒業し、大学に行くお金もなく、バイトに励む日々。
 つらかった。家に帰っても待っていてくれる人がいない。悩みを聞いてくれる人がいない。友達もいなくなった。
 苦しかった。どうして自分だけがこんな目に合うのかと、なぜ私だけがこんなに虐げられるのかと苦悩した。
 そうして、思った。力があれば。そうだ、怪人のような、あのバカげた力さえあれば私は一人にならなくて済んだ。弱者であることが腹立たしくてしかたなくなった。

 そうして、次の日起きたら怪人になっていた。
 と言っても、頭から日本のヒツジのような角が生え、腰と尻の間に黒い尻尾が生えただけなのだが。よくある悪魔みたいな。
 しかし、力は手に入れた。私の力は怪人並になり、ビルを破壊できるぐらいの力を得た。
 だが、何も変わらなかった。

 異変に気づいて、バカみたいな力を発見して、鬱憤した感情を発散させようと外に出た。そしたら丁度違う怪人が居て、町を破壊していて、ついでに私の住んでいるアパートも破壊しようとしていたので、なにしてくれてんだゴラ。ぐらいの気持ちで同じ怪人仲間として注意してやろうとビルぐらいの身長があった怪人の足をつついた。
 その瞬間、怪人は倒れた。意味が分からなかった。
 へ? と眺めていると、そのまま怪人が私の住んでいたアパートを下敷きにして倒れこんだ。
 ぽけっとしてしまって、そうして自分の住んでいた家がなくなってしまったので文句を言おうと怪人の顔まで走って行って、思ったよりすごく早くついてしまった後に、顔の部分からいろんな液を出して気絶しているらしかったので顔をぺちっ、と叩いてみたら顔が吹き飛んでいた。グロくて吐いた。

 その時から、もう怪人なんてなるんじゃなかったと後悔した。
 それから、どうにか力の押さえ方を覚えて、人間のころと同じ日常を歩んだ。
 角は小さかったから帽子で隠して、尻尾は丸くしてズボンの中に仕舞って。
 そう、何も変わらなかったのだ。人であるときと同じで、私はお金をもらう側で、バイト員で、居てもいなくてもいいぐらいのちっぽけな奴で。

 人間のころに感じていた感情が、すっかり抜け落ちたようだった。人であった頃は自分が弱者であるという強い劣等感から怒りや悲しみ、そうして少しの虚無感を感じていたが、今や虚無感しか私の心を占めていない。
 日々ぼーっとすることが多くなったし、無意味にテレビだけを付けて過ごす時間が大体だ。

 しかし、生きていかなくてはならない。
 別に死ぬ理由があると言う訳ではないので、私はバイトをしながら、日々を過ごしていた。
 そんな折だ、スーパーの特売セールでその男と出会ったのは。

「負けました」
「おう、勝った」

 誇らしげにスーパーの袋を掲げるその男は、成人した男性で、まだ若いがハゲだ。
 残念すぎて初回はそれに目を奪われて敗北(特売品を奪われた)。二度目は意識して挑んで、私が品物を頂戴した。その次は少し本気になったのか、私が負けて、その次は私が本気になって勝ち……そんな繰り返しをして、今日初めて会話をした。

 何度か目線を合わせることはあったが、こうして話すのは初めてだった。
 丁度私も買い物を終えたところで彼も店を出て、どちらともなく近づいて、なんとなく声をかけた。
 何か、感じるものがあったのだろう。お互いに。
 得意げになっている彼に、くすりと笑った。久しぶりに笑った気がした。
 男もちょっと笑った。

「名前は?」
「生江と言います」
「そっか、俺はサイタマってんだ」
「サイタマさんですか」

 それから、少し話をして別れた。
 この日から、彼とは買い物仲間としてちょっとした知り合いとなるのだった。
 
 彼が、一応は私(怪人)の敵であるヒーローをしていると知るのはまだ先のことだった。 

prev next
bkm