結局、あの後どうなったかと言うと。
「ナマエ刑事! 聞き取り調査が終わりましたッ!」
「ああ、番くん。お疲れ様。何か情報はあったかな」
「はい、それが昨夜この付近を散歩していたご婦人がいたらしく――」
戻ってきた番刑事の報告を確認する。私の隣には、捜査に参加している夕神検事がいて、共にその情報を聞いていた。
つまり、どうなったかというと、それほど変わりのない日常が待っていた。
そんなわけがあるか、というが私の感想だ。けれどそうなってしまったのだから仕方がない。いや、そうしてしまったのだから、仕方がない。
私がソファでダウンした後、亡霊であったことを彼らは信じてくれた。心音くんも含めて、ようやく。そうして番刑事と夕神検事によって亡霊として逮捕された。今度こそ、亡霊の容疑で留置所に入ったのだ。けれど、そこで夕神検事に一つ助言をされた。脅しに近かったと思う。
『あんた、司法取引をしてくんなァ。亡霊として情報提供をする代わりに、今までの役職を保持できるようになァ。なァに、俺たちも協力するさ。無理難題だってことも分かってらァ。けどなァ、あんたが一生牢屋に入って反省するとなると、心音が黙っちゃいねェだろうからなァ。あんたのために牢屋に通う日々が目に見えらァ。恩義のあるあんたが、少しでも自由に過ごせるように、あいつ基準で心が休まるように、色々と手を尽くすだろうさ。あいつの人生をあんたに付きっきりにさせねェでくれませんか』
亡霊として正しく贖罪することと、彼女の人生。天秤に掛ければいとも容易く彼女の方へと秤が傾いた。自分の理性が弱くて悲しくなる。だって私はついこないだ、お気に入りの彼らのためなら害したものを肉団子にすると自覚してしまった化物なのだ。そんな私が彼女の人生を目の前に出されて、それでも贖罪を優先します。なんてできないに決まっている。
それからは警察当局とのポーカーゲームだ。あれこれと貴重な情報を取り出して、時折警察内部の情報もチラ見せして、役ができたと見せかけて揺さぶって、カスカードをフルハウスだと思い込ませたり、逆にカスカードと思い込ませてフルハウスを隠したり。
ああ、なんでこう、こう言うのだけは上手いんだ。自分でも引く手際だった。お前本当に事情聴取されてます? 相手から情報を引き出すんじゃない。でも引き出してくれと言わんばかりのこと言ってくるから……。
また、途中で検事局長がやってきた度肝を抜かれた。だって検事局長、みっちゃんだったんだもの……。愛称みっちゃん、本名御剣怜侍。初代主人公である成歩堂龍一のライバル兼親友であるキャラクターである。
え、なんですか、なんで彼が私に……? と思っていたら、どうやら夕神検事から頭を下げられて私の対する処遇に関して協力をしてくれているとのこと。あ、頭を、下げ、そ、そうですか。はぁ、君の過去のしたことは許されざることだが、しかし君の立場だからこそ平和のための貢献できることがある、と、はぁ、そうですか……。はい……。
そんなこんなで結局、私は日本政府に協力する元スパイという立場に落ち着いた。いわゆるホワイトハッカーみたいなものだ。と言っても、やっていたことがやっていたことなので、四六時中の監視と、両手に金属の腕輪をつけられることになった。
金属の腕輪は密着型のブレスレットみたいなものなのだが、いわゆる原作で夕神検事がつけていたアレみたいなものだ。番刑事が持っているスイッチを押すと強烈な電撃が流れる。私でも数秒間は行動不能になるレベルだ。下手すりゃ燃えるぞ。
まぁでもこれは別にいい。むしろこれぐらいしてもらわないと私も困る。私が暴走した時に行動を抑制できるものは用意しておいてもらわないと。
しかし、問題は四六時中の監視である。監視役は番刑事と夕神検事。今まで住んでいたアパートは当然引き払われ、特殊な警察寮へ押し込められた。簡易牢のような部屋で、出入りは自由にできるが常に行動が記録され、内部から出られないように鍵を外部からかけられる特別仕様だ。そこまではいい。この先が問題で、なぜか隣人が番刑事で、時折監視という名目で夕飯を作って持ってきてそのまま夕飯を一緒にされる。なんで?
そして検察局からもそれほど遠くないこの寮は、なぜか夕神検事が監視という名目でよく訪れる。そしてそのまま私の部屋で寝起きしてそのまま仕事に行ったりする。え、なに?
部屋には監視カメラがないから確認しにきている。というのが二人の主張だったが、なら別に部屋に監視カメラつけていいよ。むしろつけるべきだろ中で何してるか分からない方が危険だろ。そう主張したが、プライベートがなんやらとか言われて却下された。本当に何。
そして、当然と言えば当然なのだが、私が彼らの元から離れるという当初の計画は白紙に戻った。番刑事を後任にして逃げ出すことはできなくなり、番刑事の上司として彼の指導をして、夕神検事の担当刑事で居続けることになった。
結局、自分の命を危険に晒して私の事実を引き摺り出した彼女の言う、守るというのはこれで達成できたのだろうか。彼女の「守る」の基準が分からないのも恐ろしい。
「あ! ナマエさん!」
「心音くん。事件の調査に来たのかな?」
「はいっ! ふふ、やっぱりナマエさんは刑事が似合ってますね!」
「……光栄だよ。ありがとう」
満開のひまわりの花のように笑う彼女に、どうも息が詰まりかける。
いや、別に彼女のことは全然嫌いじゃないしむしろ好きなんですけど、じゃなかったらそもそも刑事やってないんですけど、でもやっぱりこの全力の好意は〜〜〜〜目が焼けるというか〜〜〜〜。
そして当然、私のこの感情を彼女は知っている。ナイフの件があってから、この感情は隠さないようにしている。何せ隠すのが大変だし、隠したら隠したで彼女の後ろにいる青いスーツと赤いスーツの人が看破して来るので。
けれど、私の感情を知っていても彼女はこういうふうに接してくる。前にどうにかして欲しくてつい尋ねてしまったら、こんなふうに言われた。
『もちろん、ナマエさんが私のこと怖がっているのは分かってます。けど、それだけじゃないのも知ってます。ナマエさんが私のこと、大事に思ってくれてるのも。だから、慣れていって欲しいんです。ナマエさんは大事にされて当然の人だって、私が伝えていきます!』
そう返されて、聞かなきゃよかったと後悔した。こういう後悔、何度すれば私は気が済むんだろう。でもだって、どうにかして欲しかったから……。得られた答えはどうにもならないと分かるだけの回答だったが。
ため息も枯れる回答を思い返していれば、後ろからやってきた赤スーツと青スーツの二人組。それに気づいた番刑事と夕神検事も目を向ける。
「こんにちは! ナマエ刑事!」
「お勤めご苦労さまです。ナマエさん」
「王泥喜くん。成歩堂弁護士、お疲れ様です。ほら、弁護士くんたちがお呼びだよ番くん」
「むむっ! なんだろうか? まだ解剖記録はできていないぞ!」
「渡す前提で話すんじゃねェ。それに、あいつらはあんたをご所望みたいですぜ」
「うーん、私は心を読まれるのも勾玉のやつも腕輪のやつも苦手なんだよねぇ」
「あ! そうだ。来週の日曜日、夜に二人で食事に行きましょう、ナマエさん! 一緒にいる時間が長いほど慣れますから!」
「年上の男でしかも訳ありの人間に対して平然と二人での食事に誘うのはやめなさい」
「だなァ。それにその日はもう先約があるからな」
「ああ! その日はナマエ刑事の家で鍋パーティ……ではなく、監視パーティをする予定なのだ!」
「それってただのパーティじゃ……」
「ええ〜〜! 私も呼んでくださいよ! あ、せっかくだし成歩堂なんでも事務所のみんなでパーティに遊びに行きましょうよ!」
「いいかもね。みぬきも喜びそうだ」
「おおっ、いいじゃないか! パーティは皆でやった方がジャスティスだ!」
「まぁ、鍋に変なもん入れねェなら俺ァは問題ねェ」
「勝手に予定が組まれていくねぇ……」
一応は私のアパートなんだけどな?
いや、本当に騒がしいというか、馴れ馴れしいというか。あ、そこ、せっかくだから御剣やイトノコ刑事も誘うか……じゃない。何言ってんだとんがり頭の人。
はぁ、背筋がゾワゾワする。中身を知ってもなぜこんな態度を取れるのか。危機察知能力が低いんじゃないだろうか。呆れというよりも、赤子が勝手に家の外へハイハイし出してしまったかのような感覚がする。
どうにも慣れない。死ぬまで慣れない気しかしない。
それでも、私は彼らが望む限り、刑事をし続けるしかないんだろう。温度のある人形が、一緒に遊ぼうと、いなくなったらダメだと言ってくるように。私はその人形を引きちぎることなどできないし、大事にしないなんてもうできなくなってしまったから。
ほんっとうにいいのかなぁ、というのは常々思う。いつか何かが起こって、全てのことが私に悪果として降りかかるような気もしている。
因果応報、悪因悪果、身から出た錆。
錆がマスクの下の肌を滑って不快で仕方がない。ナイフを向けたあの瞬間までは、自分のせいだから仕方がないと思っていた。だからこそ終わりにしなければと。
でも、こんな応報なんて、どうすればいいんだ。どうしようもないし。
けど、不思議なことに、異議を申し立てる気力も湧かない。
こんなぬるま湯の地獄が死ぬまで続くんだろうか。
「……必然、か」
自分の作った意味のない怪文書が、何かの意味を持ち始める。まぁ、ああいうものって読み手が勝手に意味を作るものだしな。
彼らと関わった時から、こうなることは必然だったのだろうか。
そうしたら、私はもしあの時に戻れたとして、同じことをするだろうか。
そんなことは決まっていた。だから考えても意味のないことだった。
「じゃあ、そろそろ捜査に戻ろうか」
「そうですねェ。ナマエさん、あの証拠品についてだが……おっさん」
「おう! 資料がここにあるぞ! どうぞ、ナマエ刑事!」
「ああ、ありがとう。番くん、夕神くん」
数年間と変わらぬ、しかし少し変化した日常が流れていく。
私にできることは、それを壊さないように努力して、良心が痛まないように善行を積むことぐらいだろう。
ああ、結局、ここに永久就職かぁ。
それでも、どうにも、居心地は悪くないんだから、本当に困ってしまう。