- ナノ -

嘘吐きの正直(op レイリー 転生主♂)
俺は正直者だった。
だった、ってわけだから、もちろん過去系だ。
俺は正直なせいで、いろいろ失った。

例えば友人とか、例えば金とか、例えば命とか。
傍から見て、直ぐに裏切るような軽薄な奴と友達になったのが運のつきだったってわけだ。
それから連帯保証人になってくれなんて話が来て、真面目になってきちんと正社員になるからと誠実にしていたから、俺以外に頼るあてがないというから、それならばと署名と印鑑を押したのが間違い。
そうして、案の定正社員なんて嘘で、ただ借金をして逃げたそいつの払う金の行方は保証人のこちらへやってきて。
一人で暮らしていたアパートに借金取りが来て、そいつらが暴力までふるって金目の物を盗っていこうとしたから抵抗したら、その拳が顔面にあたって、運悪く机の角に頭をぶつけ。そのまま。

そうして正直者だった俺の人生は終わった。

今は、というと。俺は転生などというものをした。
特別仏教に所属していたというわけでもないのだが、仏様をきちんと見舞っていたのが良かったのか、こうした僥倖にありつけたわけだった。

でも、その代わりに俺は捻くれ者になった。
正直者なんて、馬鹿を見るだけだ。人を早々に信じるなんて、阿保のすることだ。
そんな考えを持つようになって、そんな考えで学を積んで、そんな考えて就職したら、いつの間にかカジノのディーラーなんて職業についていた。
いっつもニコニコ笑っている。そうして優男のような言葉遣いで巧みに客を騙して金を巻き上げていく。そんな。

そういえば。
この世界には海賊とか、海軍とか、悪魔の実とか、そんなファンタジーチックなものがあるらしいが、俺には縁のないものだ。
まぁ、海賊が俺がいる店を利用するのはよくあることなんだが、面倒事を起こすのが面倒っちゃ面倒か。


だが、そんな海賊の中でも少しだけ好感が持てる奴がいる。
と言っても、本人が海賊だと口に出したことはないし、彼が言葉にするのは決まって余裕ぶった負け犬の遠吠えか、最近の近況や、どの店が美味しいとか、最近の海賊がとか、再戦の約束だとかそんなのだ。
大体パターンは決まっていて、最初は『また懲りずにやってきてしまったよ』で、終わりが『また一文無しになってしまった。やめようやめようとは思うんだが、どうにもやめられない。また来るよ』だ。
口ではギャンブルは毒だ。と言っているくせに、その口調、表情は面白くて仕方がないと主張しているようで、どうにも余裕ぶった爺さんだった。
白い髪に、皺の入った顔。丸い眼鏡。衰えているようで、まったく老化を感じられない動き。
滑らかな話しに、トーンやテンポを変えることでこちらを引き込む口調。

厄介な客だというのはなんとなくわかった。
毎回、身を売りかけるほどに一文無しになるのに、毎日のようにギャンブルにやってくるのだから、底がしれない。
確か、名前は、名前は、なんだっけか。

「また、懲りずにやってきてしまったよ」
「……ええ、そのようですねレイリーさん」

ああ、そうだったそうだった。レイリーという名前だったんだ。
そう脳内で納得していると、少し気の抜けたような顔をして彼がこちらを見た。

「また私の名前を忘れていたね」
「……ばれましたか」

ふふ。と笑って誤魔化せば。そんな顔をされちゃ適わない。と微笑みながら言葉を振られる。
適わないのはこちら側だ。ディーラーとして心を読まれるなんて、失格もいいところだ。
こうやって誤魔化してはいるけれど、完全に見透かされている。
といっても、この会話も恒例なので、一向に覚えない俺も悪いのだが。

ディーラーの俺の前には丸い机。目の前に座るレイリー。
彼はあまり身だしなみを整えないのか、高級ギャンブル店であるここにいるには、少し場違いな人物のような気がするが、なんだか似合っているような気さえして、変な人だ。

「さて、今日はどこまでしますか?」

そうして、最近追加された俺の彼への問いかけの台詞。
彼は少しずつ賭ける。そうして俺にとことん負けてそうして一文無しで帰っていく。
でもそうすると、俺が神経を使って疲れるので(彼の相手だと尚更だ)近頃は失礼に値するようなこんな言葉まで出てきた。
初めてこのセリフを使ったときは、さすがに驚いた様子で『そうした方がいいのかい?』と聞いてきた気がする。
俺はもちろん頷いた。たぶんいい笑顔だったと思う。

そうしたら確か、確か……なぜか少し残念そうな顔をして、じゃあ一気に賭けよう。と一変して意気揚々と畳みかけてきた、はずだ。

「じゃあ、全部一気に賭けよう」

と、帰ってきた言葉に俺が度肝を抜かれる。
大丈夫か、この人。
ギャンブルとは、ただ金を払って、そうして巻き上げられたら終わり、ではない。
こちら側(店側)が多額の金を払う必要性があるのに、相手側の元金からさらに巻き上げられないなんて原則ありはしない。
だから、1を賭け、負けたら2を客側も払う。

どこの店もそうじゃないが、ここはそうだ。
だが、それを承知したうえでこの人は言っているのか。

「……負けたら身を売ることになりますよ?」
「おや、心配してくれるのかい?」
「まさか。ああ、いえ、でも常連様がいなくなるのは困りますね」

ニコリ、と笑うと相手もにこやかに確かに所持しているすべての物を出してくる。
ああ、だめだ。
この人本気だ。

ああ、俺は、なんでこんな人の名前すら覚えられないんだろう。

理由は簡単だ。

「レイリーさん。貴方の負け、ですね」
「ああっ、またやってしまった」

頭に片手を当てて、降参。というようなポーズをとる彼を見ながら、納得する。
そうだ。こんな人を長々と覚えていたら、いつか“本当に”忘れられなくなる。
この人がこの店を利用しなくなっても、いつかどこかでポックリ死んでしまっても、俺は彼を覚え続けていなくてはなくなる。

店にいるボディーガード2人がレイリーさんを囲んで、そのまま何処かへ連れて行こうとする。
しかし彼はこんな事態になっても余裕そうに、2人の手を有難く断って、囲まれながら去ろうとする。

その姿に、声をかけた。

「レイリーさん」
「なんだい?」
「また、来ていただけたら今度こそ名前を覚えますよ。私は、貴方のようなお客様は好きですから」

正直なのはもう捨てたのに、それでも口をついて出てしまうのは、彼だからだろうか。

「一文無しより酷いことになってしまったよ。毎回、やめようやめようとは思うんだが、君がいるせいでどうにもやめられない。
 ……また来るよ」

少しだけ、感情が込められたそれは、確かに胸に響いてきて。
ああ、正直なのも、時々、ほんの少し、僅かだけならいいかもしれないと思ってしまった。


嘘吐きの正直。

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