- ナノ -

相棒以上、恋人未満?
まさが自分が逆転裁判5の夕神迅として生まれるとは――などと言うつもりはない。
なぜなら私が夕神迅として生まれ出てから五年ほど後にはすでに「あれこれ逆転裁判5の夕神検事だな」と察しており、今はすでに齢二十八だからである。二十年以上経っていたら流石にもう「まさか」ではなく全面受け入れ態勢だ。前世が女だったとかも結構もうどうでもいい。
それより何より、重要なのは亡霊のこと――ではなく夕神検事の担当刑事になるはずの男、番轟三についてである。
そう! 私は逆転裁判5では何より番刑事が大好きであった。けれど既プレイ勢は知っての通り、彼は逆裁5のラスボスであり、しかも亡霊という名のスパイに成り代わられており、本当の番轟三は一年以上前に死んでいるという衝撃の事実。泣くが?
しかし! この私が夕神迅になったからにはそうはさせない。ええ、とっとと逆裁5本編前に起こったUR-1事件で亡霊をとっ捕まえました。心理学博士とロボット博士を前に人間など無力である。え? 私? 告げ口しただけですけど。いや嘘、流石にもっと仕事はした。
それはそうとして亡霊は無事に捕まり、心音も心に傷を負うことなく誰一人死亡者も出なかった。ハッピーエンドである。
つまりそれは――そう! 彼が生きていると言うことである!!

「おっさん。元気よく検事室に入ってきたと思ったら何もねェところで転けるなんざ、ガキでもしねェぜ」
「う、うぅ! ちょっと足を捻ってしまったんだ! それより書類を拾うのを手伝ってはくれないのかい!?」
「はァ、しょうがねぇなァ」

はァ、生番轟三可愛すぎやろ……なんで何もないところで転けるんだ……。
一年ほど前から担当刑事になったおっさんこと番轟三刑事は無能というわけではないのだがこういったミスを時折犯す。それが裁判で致命傷になって希月弁護士に逆転のきっかけを与えてしまったりしてほとほと困っているわけだが、これはこれで可愛いので別に減給などはしない。裁判に支障をきたすレベルの場合はしっかりと叱りはするが。
執務机から離れ、床に散らばった書類拾いに手を貸す。
番轟三はゲームで見た通り、白いスーツに赤いシャツ、そして青ネクタイ。左側に黒いホルスターがあるが、拳銃ではなく警察手帳が入っているお茶目ぶり(捜査の時は本物があるんだろうが)。左右にとんがった明るい栗色の髪に色のついたサングラス。ああ、その全てが愛おしい。
失われるはずだったものが目の前にあるってなんでこんなに愛おしいんだろう。もう食べちゃいたい。物理的に。
そんな煩悩をしまい込み、平気な顔をして書類を手早く拾い集める。ちなみに私は大体外見は同じだが、ゲームとは違い、髪の毛は黒色だ。あと目の下の黒い涙の跡もない。日々番刑事の可愛らしさに涙を抑える日々ですが、泣いてはいないのでありません。
しかし番刑事も思いっきり転んだものである。足を捻ったといっていたが大丈夫だろうか。後で湿布貼ってあげようかな、確か応急手当ての道具箱の中に入っていたはず。
拾い集めた先、番刑事の後ろにも吹っ飛んで床に張り付いた書類を見つけてそちらに回る。えーなになに、証人の証言について……うん結構大事な書類ですね。外で転げて紙をどっかに無くすのだけはやめてくれよ番刑事。
さてこちらは拾い終わった。番刑事があわあわしながら残りの書類を集めるのを背後から後方彼氏面で見守りますか……と思ったのだが、ふと邪念が沸いた。
番刑事の特徴を色々挙げていたが、もう一つ特徴がある。それは両手に嵌められた真っ白な革手袋である。
汚れないのかと心配になるが、手入れを欠かさないのかいつもスーツと同じく純白だ。それに、背後からそっと手を伸ばす。

「うわっ!? 突然何だい夕神くん!」
「いやァ? そういやあんた、いつも手袋してると思ってなァ」
「ああ、いつも欠かさず付けているぞ! って、な、何をしているんだ!」

何をって、後ろから覆いかぶさるような体勢で、番刑事の手袋と手の甲の間に指を入れているだけですけど……?
うーん、白手袋が私の指の形に歪んでなんかこう、いいですね。抵抗も少ないんでもうちょっと遊びましょうか。

「ははァ、意外と肌が綺麗なんだなァ。いつも手袋しているせいかい」
「し、知らないぞそんなこと! て、手袋が気になるなら貸すから」
「んな手間はかけさせられねェな。もう少しの辛抱だ。我慢しなァ」
「う、ううぅ! ぞ、ゾワゾワするのだが……!」
「ほれ、『待て』だ。それぐらい出来るだろ?」

うめき声を上げつつ、抵抗する気は消えたのか大人しくなった番刑事に思わず悪い笑みが浮かぶ。
番刑事は素直ないい子なので、少し言いつければこうして従ってくれる。可愛すぎる。まぁ加減は必要だが。やりすぎるとセクハラですからねははは。え? 今はどうなんだって? さぁ、知りませんね。
手袋の下に差し入れた手をさらに進ませる。覆いかぶさっているので、背筋がびくつくのがよくわかる。そのまま親指も入れて、手のひらの真ん中部分をさりさりと擦る。あ、手の皺の感じがよくわかるなぁ。いいなこれ。
そのまま指の付け根なども触っていると、弱々しい声が耳に入ってきてハッとした。

「ゆ、夕神くん……」
「おっと、すまねェ。触るのに集中しちまった。もういいぜ」
「あ、ああ……」

さっと手袋の中から手を引き抜いて、そのまま立ち上がって距離を取る。
番刑事の方を見ると、耳まで真っ赤にして残りの書類を拾っていた。か、かわいい〜〜〜〜。
しかしダメだ。今回はちょっとやりすぎましたね。私は確かに番刑事にちょっかいをかけたいけれども、セクハラで嫌な思いとか移動させたいわけではないのだ。一応様子を確認しつつヤバいラインには行かないようにしているけど、今回はちょっと行き過ぎましたね。
さっさと自分の机に手に持った書類を置いて、応急手当ての道具箱から湿布を取り出す。冷感でいいよな多分。
いまだに固い顔で執務机にやってきて書類を置いた番刑事に、湿布を差し出す。

「これは?」
「足を捻ったっつってたろ。後で貼っておきな」
「あ、あぁ。ありがとう」

受け取ってそのままポケットにしまうのを見届ける。
うん。距離がありますね。いつもはもっと元気よく「ありがとう夕神くん!!」って言ってくれるのに。
明らかにやりすぎたなぁ。現役検事がセクハラで訴えられるのは避けたい。というより番刑事に嫌われるのは防ぎたい。

「さっきはすまねェな。嫌だったろ? もうしねェよ」

そうなればするべきことは謝罪である。謝るのが一番。もうしません。手袋に指を突っ込むのは。
嫌われるのは嫌なので目を見つめて真剣に謝れば、番刑事は見るからに狼狽した後に、片手をもう一つの手で包んで擦るようにしながら言った。

「だ、大丈夫だよ。嫌じゃなくてだね、なんだか、変な感じがして……」

――は?

「い、いやすまない!! ではジブンはもう行く! また何かわかったことがあれば直ぐに持ってくるぞ!! では!!」

番刑事はそう執務室に響く大声で告げると、そのまま風のように扉を開け放ち出ていってしまった。走った時の風でひらりと書類が一枚床に落ちる。
いや、しかし……なんだあれは。
こんな都合がいい展開があっていいか分からないので、なんとも言えないが、とりあえずは。

「嫌われてはいねェってことでいいんだよなァ?」

それとも、それ以上?

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