- ナノ -

ぐちゃぐちゃ33
朝日が見慣れた島を照らす。この島からしばらく離れることになる。月島が無事に徴兵検査に合格し、兵士となれば長らくここへは来られない。
春見を迎えに行く日が本当に島を見る最後の日となるだろうが、それでも一つの感慨もないといえば嘘になった。
月島は昨夜、長い時間を過ごした秘密の基地で、春見と二人で過ごした。島を出る最後の日ぐらいは三人で過ごしたい、と言うのが月島と春見の意見であったが、苦崎は駆け落ちの同行を断った時と同じように――いや、そもそも月島が提案をする前に「大事な用事がある」とバッサリと切り捨てた。月島が食い下がっても「その日にしかできないからなァ」と笑って牽制された。
そうして昨日の昼には配慮に欠けた忠告をする始末だ。自分をなんだと思っているのか、と腹立たしいばかりだった。

昨日の昼、苦崎のお気に入りの場所らしい、海辺の岩屋根の下。無縁仏が埋められたその場所は、いつの季節でも涼しく、瑞々しいカンゾウが供えられている。そこに苦崎は佇んでいた。
何をしているのかと思い話しかけた月島は、結局心底いらぬ世話を焼かれることになった。いつもと変わらぬ彼に心が落ち着くような、こんな時でも共に居たいと思わない薄情なやつだと恨み言を言いたいような、そんな気がした。

月島が隣を見やると、そこにはすっかり髪のなくなった苦崎がいる。坊主頭など似合わないだろうと思っていたが、頭の形がいいからか嫌にしっくりきていて、それも気に食わない。

朝日に照らされながら、三人で歩いてゆく。春見も見送りのためにやって来ていて、無理に笑みを浮かべる姿に月島は抱きしめてやりたい気持ちになった。
苦崎の切った髪や、軍での飯の話など、取り留めもない会話をしながら進んでいく。しばらく歩いたところで、苦崎が春見に言う。

「ここへらんまででいい。見送りありがとな」

そう言って一歩距離をとる苦崎に、月島と春見の唇が尖ったのは同時だった。しかし苦崎は気づいているのか居ないのか、朝日を眺めて目を眇めている。

「基ちゃん、そっちでもしっかりね」
「おう。ちよも、無理すんなよ」
「うん」

春見の髪に光る簪を見て、月島が照れたように微笑んだ。そのまま手を握りあい、少し頭を近づけて囁き会う。

「苦崎ちゃんのこともね」
「おう」

秘密を共有するように小声で話す。分かちあった約束に、互いに手をぎゅっと握った。

そうして別れを告げて、苦崎の隣を歩いてゆく。歩幅も変わり、追いつくために彼と行動する時は早歩きが癖づいてしまった。苦崎も春見といる時はゆっくり歩くので確信犯だと月島は思っている。けれど、悪い気はしなかった。
下駄を鳴らして歩いていれば、背後から元気な声が上がった。

「じゃあね! きいはって(頑張って)な!」

離れるのが耐え難い、という顔で健気なことを言い、手を振る春見に、堪らず二人の足が止まった。
同じように音が出るほどに手を振る。少し経って、苦崎が先に手を下ろした。
未だ手を振り続ける二人に少し笑って声を出す。

「きいはってくさぁ!」

背後から聞こえた大声に月島が手を止めて振り返った。その時にはもう苦崎は二人から背を向けていて、颯爽と歩き出してしまう。
春見を見遣れば、うん、と頷く姿が見えて、同じように頷いて背を向けた。

「おいっ、畢斗!」

お前の足を引っ張るようなことはしない、だからといって、お前が先に行ってしまっても追いついてやる。
喧嘩がお前よりも強くなくなっても、身体がお前より小さくとも、俺は諦めない。
互いの間にどれほど深い亀裂があったとしても、それを飛び越えていけるのが俺たちだろう。

「もういいのか」
「十分話した」

そうか、と帰ってきた言葉に、心のうちで頷く。
登っていく朝日を眺める。そうして、バレぬように横目で彼を見た。黄色っぽい鮮やかな光に照らされて、昔からは想像もできない男前に成長した苦崎がいる。
必ず三人で島を出よう。そうしてお前の母を探すのだ。そして、見つかったあとでも、家族でいたいとお前が思えるぐらいに、立派になってやる。

自分たちの未来はこの朝焼けのように美しいのだと、根拠もなく信じた。

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bkm