「海に行ったっきり帰ってこなければいいのに」
明確な敵意に、月島は腹の底がヒヤリとした。
やってくるであろう父からの暴力を避けるために、二人で家から出て、何をするでもなく海辺を眺めている時のことだった。
そう苦崎が口にする少し前、初めて彼が父親を庇うようなことを口にした。明確に庇ったわけではない。ただ、そこにあの男を貶すような色合いはなかった。どちらかといえば、憐れむような、そんなもの悲しさがあった。
父へ送る感情は恨みや怒りであって、ずっとそれが正しいと月島は思っていた。だから、それに苛立ちのようなものを感じた。月島が父親へ感ずる感情は恨みや怒りばかりであったし、苦崎もそれ以外の感情をアレに持っていて欲しくなかった。そう、ざわつく胸に気付かぬふりをしながら、月島は「なんだそれ、だすけ俺やおめを殴っていいわけにゃならんやろ」と口にした。何も間違ってはいない。
そうしたら、途端苦崎は、ひどく楽しそうに「本当にそうだ!」と声を上げた。
続いた笑い声に、ようやく様子がおかしいと気づいて月島は苦崎の顔をみやった。袋を被った面持ちは目元しか見えない。ゲラゲラと笑って、そうして笑みをひそめた苦崎が、ああやって(・・・・・)囁いた。
陽に照らされた水面のように輝くことのある瞳が、今は光を失った海のようで底が見えない。彼はただ真っ直ぐに地平線を眺めている。