「わぁ、髪がないっちゃ!」
「スッキリしたろ」
「やくと(やっと)剃ったんか」
「まぁな。涼しいもんだ」
「ちくっと(ちょこっと)寂しかねぇ」
風通しが良すぎるほどさっぱりした後頭部を撫でながら「また生えてくるさ」と唇をツンとしているちよに言う。
徴兵検査に行くのに長髪では喧嘩を売りにきていると思われてしまう。ただでさえこの顔で目立つのだから、これ以上目立ちたくはない。
顔はすっかり女臭さが抜けた――と言うわけでは全然なく、男っぽい骨格になったものの、女顔が抜けることはなかった。結果的に男女どちらにも見える中性的な面持ちとなり、椿の香りが漂ってくるような美丈夫となってしまった。何それバグ?
もちろん体つきは成人の男であり、月島より頭一つ分大きいほどだ。日々の鍛錬の成果もあり、四肢も胴体も張っている。自分で言うのもなんだが、いい筋肉をしている。のだが、なぜかこの顔と体が調和して逆に西洋絵画のような精密な美が生み出されている。いや自分で言っていて笑えてきた。なんだ精密な美って。しかし普通ムキムキの上にこんな顔が乗っていたら雑コラみたいになると思うんだが、これぞ人体の神秘というものか。いやちょっとよくわからん。
三人で日が昇ったばかりの砂利道を歩く。徴兵へゆく私たちを、ちよは見送りに来てくれたわけだった。
必要最低限の荷物だけ持って、私と基は兵士への道を進んでいく。下駄を履いていた足が、軍靴を履く。なんだか想像がつかない。
「じゃあね! きいはって(頑張って)な!」
ここまでていい、とちよと別れて、背後からかかった声に基と共に振り返る。
両手をぶんぶんと振って、どっちかというと彼女の方が今まさに頑張って耐えている表情をしてこちらを見つめていた。
その姿に、負けじと私たちも腕を目一杯に振る。
しばらく振っていて、手を下ろそうとしても、二人は子供のように手を振っていて、思わず吹き出してしまった。
「きいはってくさぁ!」
周囲に響くでかい声をあげて、拳をあげて基を置いて歩き出す。
そう、私にとってはここからまでも、そしてここからもずっと本番だ。
失敗できない大舞台に足を踏み入れる。軍役、二度の戦争、そして――金塊争奪戦。
もう後戻りはできないし、するつもりもない。ただ後ろを振り向かずに進む。
「待て、先いくなやっ!」
隣に追いついてきた基に、もういいのかと声をかけられば「十分話した」とすっかり男らしくなった顔で返ってきて、そうか。と返す。
その鼻の低い、大人になっても愛らしい横顔をこっそりと覗く。
キラキラ輝く若者に、柔らかく暖かな布団で眠って、美味しいものを腹一杯食べてほしい。好きな人と結ばれて、二人で望む道を駆けてほしい。それが私の幸せだから。死にかけていたところを救われて、勝手に恩を抱いて、何よりも君が大切になった人間のたった一つの願いだ。
私は進む、ずっとずっと、多分、狂ったように。
だからきっと、
――私がこの足を止めるのは、君が死んでしまったときだ。