- ナノ -

ぐちゃぐちゃH
自分の弱さとか同居野郎のクソさ加減が臨界点突破しているとか色々ショックなことがあったが、いつまでも落ち込んではいられない!!
それに、日々は過ぎ行き、いいことももちろん起こる。そう、実はものすごくいいことが起こったのだ! ふふ、なにせあの子の運命の人が現れたのだから!

「ええと」
「……苦崎畢斗だ」
「あっ、うん。おいは春見ちよっちゃ」
「よろしく。俺のことは苦崎でいい」
「わ、わかったさ」

か、かわいい〜〜! 布を被っている上に愛想の悪い相手に対して戸惑っているけど頑張って笑いかけてくれてる〜〜健気〜〜。

彼女とこうして顔合わせをすることになったのは、基からの提案があったためだった。
あのちょっとショックな出来事があってから、私は自衛と自身の研鑽に努めた。そもそもこの顔がいけないのだ。家でもあいつがいる時はできるだけ布袋は取らないようにした。そうは言ってもいつか布袋をとる日がくることを考え、顔も推しがすぐそばにいるからと言って腑抜けた表情ではなく、男らしさを意識するようになった。とりあえず、眉は! 下げない! 無意味に笑みを! 浮かべない! 喧嘩ももっと積極的に行って、今では袋の化け物というより、悪童としてやっかまれつつある。口調も変えた。基と接するのに子供らしい口調がいいだろうと思っていたが、それで侮られてしまっては意味がない。男らしい言葉遣いに変えて、物腰も柔らかいのはやめた。
基も戸惑っていたが、理由を説明して納得してもらった。こっちの事情で振り回してごめんね基……。

筋肉をつけるために島を走り回ったり筋トレしたりしながら過ごしていれば、以前より基と一緒にいる時間が減ったように思えた。そういえば、以前は私が一人で外に出ても、基が毎回探しに来てくれたりしていた。
そこで、ピンときた。もしかして、あの子にあったのではないか、と。
そしてそれは七歳を過ぎた頃に正解だったと分かった。基が「秘密基地に連れてきたい子がいる」と教えてくれたのだ!
ひゃ〜〜〜〜!! うわ〜〜〜〜!! どんな顔してあえばいいのかわからないよお兄ちゃんは〜〜!! と内心悶えていたら、いつの間にか約束の日になって、可愛らしい女の子が目の前に現れたわけだ。
緑青(ろくしょう)色の質の良さげな着物に、白くてふわふわとした肌。くりくりとした瞳に、クセのある髪が可愛らしい。年齢は私たちと同じぐらいなのだろう。基がつれてきた時に二人が並んでいるところを見たけれど、お似合いすぎて泣くかと思った。
き、緊張する〜〜お茶もお菓子もない場所ですけどゆっくりして行ってください〜〜。

「……他に、海辺の洞窟に一つと、ここから少し北に行ったところに一つある」
「え?」
「基に案内して行ってみたらいい。じゃあ、俺はやることあるから」
「あっ、おい、みなと!」

秘密基地は小さくて、二人入っていっぱいいっぱいだ。昔と比べて体も大きくなって、それに合わせて小屋も大きくしていたが、さすがに三人は入れずに入り口の外にいた基に名前を呼ばれ、目があった。
何か言いたげな基に、なんと言葉をかけようか悩む。ええと、あとはお若いお二人で……、とか?

「あのっ」
「なんだ?」

後ろからの声に振り向く。秘密基地の入口から顔を覗かせた少女が、大きな瞳でこちらを見上げてきていた。

「おいもここきて良いさ?」
「基が連れてきたんだ。こいつが良いって言うなら平気だろ」

そう返せば、パッと顔が明るくなる様に思わず笑みが漏れそうになって袋の中で頬を引き締める。男らしい顔!
そのままその場を去ろうとして、そうだと基に向き直る。

「今度、小屋を作り直すか」
「なんして(なんでだ)?」
「人が増えたんなら、もう少し大きい方がいいだろ?」

みんなこれから大きくなっていくだろうし、大きくなれば秘密基地ももっと使い道が出てくるだろう。
もっと中を充実させるか、天窓とかいいな……と夢想していると基が「そうじゃな!」と思ったより元気よく返してくれたので、目が丸くなる。
袋の穴から、基が嬉しげな顔をしているのが見えた。そういえば久しぶりにそんな顔を見たなと自覚して、耐えられずに頬が緩んでしまった。





基地の作り直しはそれなりに大変だった。しばらくは建て替えが不要なようにしたいと気合を入れすぎてしまった。基とちよに手伝ってもらい、協力して作ったがうまくいかず崩れてしまったこともあった。それでも知恵を出し合いどうにか完成させ、今までよりも頑丈なものを完成させることができた。ちよという新しい仲間が加わり、今まで二人では思いつかなかったようなことも教えてもらって、基地はより良いものになった。文殊の知恵とはよく言ったものだ。
基からちよを紹介してもらってからしばらく経ったが、私の生活は特に変わっていない。基地の建て直しの最中はずっと二人と顔を合わせていたが、それが終わったあとは相変わらず喧嘩と体づくりの日々だ。ちよと顔を合わせるのは――顔と言っても私は布袋を被っているのだが――秘密基地で偶然かちあった時ぐらい。基とは家に戻れば顔を合わせるが、以前と比べるとともにいる時間はぐっと減った。
一人で島を駆け回っている時、無意味に思える喧嘩をしている時、時折自分は何をしているんだろうと思うことがある。正直、本当に、滅茶苦茶に寂しかった。
けれど、全力で我慢している。基ももうすぐ数え年で八歳になるのだから、構いすぎてはいけない。
数え年というのは生まれた時から一歳なのだそうだ。徴兵も数え年で行われるらしく――本を読んでいたら気づいた――私たちは満年齢だと七歳だが、数え年だと八歳。ということになる。ややこしいが、こちらが今の時代の正なのだから数え年で覚えた方がいいだろう。
ああ、満年齢だと七歳……? じゃあ親がもっとちゃんと近くにいなきゃいけないんじゃないかな……我が家は家庭崩壊しているのでつまりその役目は私ということで、ということは私が基のそばにいればいいという――いや何を考えている。ダメだ。いつまでもべったりしていてはいけない。

体づくりに熱中している理由も、健全な肉体は健全な精神から、という考えと、二人の邪魔をしないようにという、結構切実な訳のためである。
ただ、出来るだけ勉強は教えるようにしている。民話が書かれた本はとっくに読み終わり、今はちよの家にある本を借りて三人で読んだりしている。勉強を教えるという免罪符があるので、二人と一緒にいても問題がない。その時間が私の癒しであった。

生活が以前と変わったからと言って、時間の流れが変わるわけではない。
私たちは成長し、まだまだ幼いけれど徐々に力を蓄えている。

「くざきちゃん、来とったんやね」

その日は『基が不機嫌になった時の梅干しみたいになる顔を見たい』という煩悩を海で泳ぐことで発散していたのだが、思ったより疲弊してしまった。なので海近くの洞窟に作った秘密基地で休んでいたのだが、そこにちよがやってきた。
彼女も慣れたもので、手にしていた藁を地面に引いて、それを簡易クッションにして腰を下ろす。ふふ、基地の使い方を私たちに教えてもらっていた頃とは大違いだ。

「ああ、ちょっと休憩してた」
「基ちゃんが気にしとったよ。どこ行っとんのかわからんって」
「元気にしてるって伝えておいてくれ」

ああ、私のこと心配してくれてるのだろうか。優しさが疲れた体に染みる。それを伝えてくれる彼女も優しい。
なんだかホッとして、疲労した体が脳からリソースを削り始めてしまった。眠い。

「疲れとるの? 基ちゃんに頼れんの?」

意識をひっぱり上げるような問いかけに、話の脈が見えずに内心首を傾げる。
どうしてそこで基に頼るという選択が出てくるのだろう。自分が今疲れているのは自分の都合だし、そもそも他の理由だとしても基に頼ったりはしたくない。今は二人の絆を深める大事な時期であるし、むしろ何かあったら頼ってほしい。勉強ぐらいしか私のしてあげられることが今の所ないのだし。
しかしそれをストレートに話すわけにもいかないので、思考の電源を落としてこようとする脳を阻止しつつ、真っ当に聞こえる理由を話す。

「兄弟っていうのは、見栄を張りたくなるもんなんだ」
「……そういうのんか(そういうものなの)?」

うーん。多分!
前世では兄弟がいなかったのでなんとも言えないが、よくそういう話を聞く気がする。エンタメで。
うんうんと力なく頷いて、漣の音しか聞こえなくなってきた頃に、聞き慣れた声が脳裏に響いた。ああ、会いたすぎて夢に出てきたのだろうか。

「ちよ、待たせた……て、みなと! こんなとこいたんか。ここじゃ休めんってのに」
「疲れとるようやったよ、くざきちゃん」
「そうけえ。寝とるんか? また喧嘩してきたんか、こいつは」

また喧嘩してきたんかって、基に言われたくないかもなぁ。
ふと、顎から涼しい風が入ってくる。
四六時中袋をかぶっていると袋が蒸れてしょうがない。特に暑い時期は地獄だ。今日はそこまででもなかったが、それでも涼しい空気は心地よい。

「基ちゃん、怒られねえっちゃ?」
「あ(え)? ……こいつの顔のことか。うちじゃ袋を脱いどるさけ(から)、気にしとらんかった」
「そうけえ。おいはまだ一回も見た事ないっちゃ」
「そか……うん……みなとのこれは昔からさけ(だから)」

涼しかった顔に、今度は何か暖かなものが触れた。何か、覚えがあるような気がする、と思った時にそれが頬を掴んだ。

「まぁ、すぐに見せるやろ。気にせんでええっちゃ」
「そか。基ちゃんがそう言うならそうかもしれん」

ふに、ふに、と餅でもこねるように頬肉が動いて、思い出した。頬をつねられている。痛くない程度に。
一気に意識が覚醒して、夢の中の二人の会話が現実だったと理解した。すると可愛らしい会話と頬を掴む指に、胸がジワジワと擽られるようになってしまい、口角がへにゃりと情けなく上がった。こんな顔誰にも見せられない。
基の手がピタリと止まって、それからちょっとだけ強めに頬を引っ張られる。痛くはなかった。

「おい! おめ起きとるじゃろ!」

今起きた。が、もう少し二人の会話を盗み聞きしていたい気持ちでつい言葉が溢れでた。

「起きてない」
「おめぇ!」
「あはは」

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bkm