- ナノ -

ぐちゃぐちゃD
数週間が経過し、ようやく自由に身動きできるようになった。身体中は色とりどりのアザだらけであるし、顔は瘡蓋(かさぶた)や腫れがまだまだあって化け物のようなのだが。その跡のせいで、包帯を取って家の外へ出てきた時、島の子供に「しょーづかばあっちゃ!」と言われ石を投げられた。しょーづかばあとは、簡単にいうと佐渡島に祀られている手の平サイズの気持ち悪い――と言ったらあれなのだが――人形のことで、ナマハゲポジションでもある。殴りつけるぞクソガキ。
しかし石を咄嗟に避けた拍子に転んでしまい、膝を擦りむいてしまった。体を鍛えてああいう奴らをボコボコにしないと……。と思っていたら、優しい基が頭を覆えるぐらいの布を渡してくれた。あまりに優しくて大喜びしてしまった。ありがたく受け取って、目の部分に穴を開けて被っている。あと石投げたクソガキは基がゲタで追い払ってくれた。強い。

「ね、基。お願いがあるんだけど……」

基にとって私は突然現れた見知らぬ子であろうに、命を助けてくれたばかりか、体が満足に動かせない時期はあのクソ野郎から守ってくれて、治療や食事など色々世話を世話を焼いてくれた。出会いが出会いだったからか余所余所しさは最初からなく、元気になってからはまるで以前から友人だったかのように接してくれる。
感謝しきりであり、もちろんその度にお礼を言ってはいるのだが、こうして元気になってしまうとつい欲が出てしまうのが人間であった。

「どした? からだいてぇさ?」
「ううん。あのですね、ほ」
「ほ?」
「ほっぺを触らせてほしいなぁ〜〜って」

い、言ってしまった!!
いや、図々しいとは分かっているんですけど、どうしても、そのっ、基のほっぺがすごく柔らかそうで、そのぉ!
だって四歳ですよ! 横を向くと、頬がふっくらしているのがわかるんですよ! ぷくって、ふわふわしてそうでぇ! 今の時期しか味わえない風情じゃないですか! 子供の成長は早いんですよ!?
仲良くしてくれてはいるが、出会って数週間ぐらいの相手に無理かな〜〜! 無理ですよね〜〜! と半ば諦めつつ手をもじもじさせていれば、キョトンとした基が「ええけど」と答える。えっ!? いいんですか!?

「いいの!?」
「……おう」
「っ、ぁ、ありがと!」

どうしよう緊張してきた。推しに触ってしまう。今までの手当とかそう言うのじゃなくて触れてしまう。
ドギマギしてとりあえず手汗を拭こうと着物の裾で手のひらを拭っていると、ガシッと手を取られる。え?

「ほれ」
「〜〜〜〜ッ!!」

押し付けられるように頬に手を当てさせられて、衝撃が走った。
や、や、やわらけぇ〜〜〜〜!! よ、四歳児のほっぺ、柔らか〜〜い!! 餅!? いやマシュマロ!? い、癒される〜〜!!
幼く柔らかい肌は少しだけカサついてはいたもののモッチモチで、人の手を吸い付けるようだった。
ハワ、ハワ……とちょっとだけ手を動かす。もにゅ、と手の中で動いた頬に、叫び声をあげそうになって慌てて口を塞いだ。

「どうした?」
「あっ、えっと、そのぉ……!」
「?」

人間とはあまりにも欲深い。一つ許されてしまえば、もっともっとと欲が出てくるのだ。
私は手を引いて、基をじっと見つめた。

「あのっ、顔が治ったら……ほっぺすりすりしていい!?」
「すりすり……?」

ああっ、すりすりの意味がわかってない基がわ゛い゛い゛ッ!
頬同士を擦り合わせることである。と無駄に大袈裟なジェスチャー――興奮でそうなってしまった――で伝える。
基はやはり口を尖らせて、よく分からないと言った顔をしていたが「別にええけど」と答えてくれた。
私は思わずガッツポーズをし、顔がしっかり治ったらほっぺすりすりしてもらうのだと誓った。


さて、欲望に走る汚い大人はここまでとして――いや、人生に癒しは必要なのだ。推しがいれば人生が何倍にも輝く。やはり推しは人生――体が良くなったのなら即行動である。短期目標である元氣になる、はほぼクリアしたので、次は秘密基地だ。
基にあまり人が来ない、木々が多い場所を聞いて、幾つか連れていってもらった。その中で、子供が長くいても危険ではなさそうな場所かつ、秘密基地が作りやすい場をピックアップし、そこに秘密基地を作ることにした。
基に説明すると「おもしぃ(面白い)な」と言って協力してくれることになった。ああ君のその笑顔を見れただけで疲労も空腹も消える……。

木々が生える森に数日間通い、長い枝をかき集め、三角錐を作るように組み立てたり、枝同士を草木で縛ったり、それが風で飛ばされたり。二人で悪戦苦闘しながらも、本日ようやく木々を屋根にして固定することに成功した。そして地面に枯れた細草を引いて出来上がりだ。

「よーし、完ッ成!」
「おれらのやかた(家)っちゃ!」

私たちぐらいの子供二人がようやく入れるぐらいの大きさで、見た目も綺麗じゃない。けれど確かに私たちの新しい家だ!
小さいと言えど、小屋造りなどしたことがなかったのを、基と二人で作り上げられた達成感に胸が弾む。その衝動のままに体が跳ねた。

「やったね、基!」
「おうっ……ん?」

はしゃぐ気持ちのままに両手の手の平を基の方へと向ける。首を傾げた彼に、その手の意図が伝わっていないのだろうと口を開いた。

「両手を勢いよく合わせて、やったねってするんだよ」
「……そいもんか(そういうものなのか)?」
「ううん、私が考えたやつ!」

ハイタッチの文化はまだ明治にはないだろう。というかそもそも海外でも表現方法としてメジャーではないかもしれない。
そう知っていてもわざわざ行ったのは、私が知る親しい相手との喜びの共有の表現方法の一つがそれだったからだ。彼には親しい相手――になれているかは分からないが――との関わり合いを知ってほしかった。私の振る舞いも、そういう意図があって幼い言動をしている。
本当は時代に即したものがいいのだろうが、今生の私は生まれもあって友人はいなかったし同年代と関わったこともないため分からない。
基は目を瞬かせた後に、少し唇を突き出しながらも両手を合わせてくれた。それが手押し相撲のような勢いと圧で受けきれずに後ろへとすっ転ぶ。その拍子に被っているだけだった布がぺろりと剥がれた。

「わっ、だいじょぶか!」
「あはは! だいじょぶ!」

小屋が出来上がった直後のように、高揚感が湧き出て笑いが止まらない。
基が手を伸ばしてくれて、たまらない気持ちで手に取る。ぐい、と引っ張り上げられて、尻と背中に草木がくっいてチクチクしていたのをバシバシと払われた。

「たのしいっちゃなあ」

どうにか笑い声を押し込めていれば、優しくて可愛い子供はこちらを見た後に「そうだな」とくすぐったそうに笑った。




それから私と基は秘密基地を着々と増やしていった。避難場所は多い方がいいというのもあったが、大人が見つけて邪魔だと壊されることや、島のガキどもが何が気に食わないのかわざわざ破壊してくることがあったため、一つが使えなくなっても大丈夫なように複数作ったのだ。
その間に私も基から色々と教わった。基が見つけたらしい食べられる草や花、ワカメが邪魔されずに取れるところ、面白い形の岩がある景色、いい感じの枝がたくさんとれる穴場、クソ野郎が家にいない時刻、クソ野郎に近寄ってはいけない時の様子、漁師がいらない魚を捨てている場所などなど。基は物知りで、本当に四歳だとは思えなかった。それが活発で聡明な子供という意味だけではないことは直ぐに分かった。胸が痛かったが、感傷は押し込めてそれらを有難く学ばせてもらった。
まぁ、一つだけ何度お願いしても教えてくれないことがあるのだが……。

「みなと、なん書いてんだ?」
「あ、おかえり」

え!? 着物の天使!? あ、基だった。
秘密基地近くの砂浜で、短い枝を使って砂地をなぞっているところに基が戻ってきた。毎回顔を見るたびに新鮮な気持ちで驚いてしまう。推しってすごい。
そんな彼がどこにいっていたかというと、海辺の洞窟に作った秘密基地でお昼を食べようということで、一旦基が家に戻って食べ物を持ってきてくれていたのだ。一緒に行こうとしたが、島のガキどもはこちらの顔を見ると飽きもせずに喧嘩を売りにくるので基に待っているように言われてしまい、浜辺で大人しくしていた。
クソ野郎は朝方にふらっと外に出たため鉢合わせることはないと思っていたが。

「……顔に傷ついてるね」
「ケンカした」

どこか誇らしげな面持ちは、悪ガキのようで上がっていた肩が降りる。どうやらガキどもの喧嘩を買ったらしい。

「勝った?」
「おう!」
「すごい! 強い! かっこいい!」
「おおげさっちゃ!」

手を叩いて褒めちぎれば、大袈裟と言いつつも嬉しげに頬に笑みを浮かべる。
この時代において、強いことは正義だ。順調に喧嘩慣れしていく基が喜ばしい。本当は守ってあげられればいいのだが、残念ながらこの体はまだまだ頑丈さも筋肉も足りない。

「私も早く喧嘩で勝てるようになりたぁい」
「なんゆってんだ。ケンカすんな」
「喧嘩するよ。私だって喧嘩売られるもん」
「おれがやっとるじゃろ」
「それじゃダメなんだよ。私も強くなりたい」
「ならんでいいっちゃ」
「強くなるってば、だからケンカもする」
「だすけんケンカすんな」
「する」
「すんな」
「する」
「すんな」

あ、これループするやつだ。
どうやら基にとって私はなんとも貧相な紙切れに見えているらしい。まぁ、自分で見ても紙切れに見えるから仕方ないことではあるのだが。
そして彼から教えて貰えないことと言うのが「喧嘩の仕方」であった。教えて貰えないのはいいとしても、強くなることは譲れないので話を逸らすことにする。ループも基の顔がどんどん梅干しみたいになって行くのが見れてキュンキュンするのだが、ここで口論になってしまったら困ってしまう。

「そういえばこれ、私の名前だよ」
「なまえ?」
「そう、苦崎畢斗(くざきみなと)」

戸籍の方は母親がしっかりとクソ野郎のところの養子にしてしまったので、本当は月島畢斗なのであるが。母方の姓を気に入っているし、そもそも私を苗字で呼ぶ人などいないので瑣末だろう。もちろん基と同じ苗字なのは最高だが、あのクソ野郎と同じなのがなぁ。
変わった話題に興味が逸れた基が、まじまじと文字を見つめている。

「ぜんぜん分からん」
「だよねぇ」

漢字で書かれたそれが読めたら逆にすごい。
畢斗の上に「みなと」と平仮名を書く。書いた後に四歳には平仮名もまだ早いと気づいた。

「み、な、と。って読むんだよ」
「さかしい(頭がいい)な」
「んー」

ただの前世からの引き継ぎだ。
しかし、やはり識字はできた方がいいだろうとは思う。幼い今は必要ないだろうが、文字が分かるのと分からないことでは出来ることが大きく違ってくる。けれど、同時に漫画で基は恋人と文通をしていた。つまり読み書きが出来るというわけだ。元からできていたのか、ちよから教わったのか、それとも徴兵後の兵学校の中で学んだのか。この佐渡島には小学校があるが、それなりの身なりの子が通っているようだったので恐らく金がなければ行けないのだろう。なので小学校で習った訳では無いと思うのだが。

「……必要になったら教えてあげるね」
「なるんか?」
「うーん、いつかなるかも」

六、七歳ぐらいから勉強をしてみようか。私の知識も現代のものだし、この時代で通用するものを学びたい。
文字は扱えるが、それも現代基準であるし、細かい部分が異なるかもしれない。歴史や数学に関しても学べれば、鶴見にも目をつけられる可能性が高くなりそうだ。彼は優秀な兵士が好きだろう。
標準語と佐渡弁については、基と話している中で言葉が通じなかったら互いに教え合うようにしている。私も佐渡島出身であるが、母親としか話してこず口数が少ない子供だったため知ってる単語が少ない。また、そもそも前世の人生の方が長いため標準語が佐渡弁をかき消してしまっている。それに伴って、口から出てくるのは標準語だった。
さて、勉強については後でやるということで、今は背に腹が着きそうな腹を慰めてあげなければ。

「そろそろお昼食べよう! お腹すいちゃった」
「んだな。けんどそん前に」
「なに?」
「ケンカすなよ」

どうやら誤魔化されてはくれなかったらしい。
私の分の昼飯を差し出しながら告げてくる基に、これはうんと言うまで貰えないやつな気がして布の奥で眉尻が下がる。

「さかしい(賢い)なぁ」

でも昼飯なしは困るので、頭に被っていた布を基に被せてその隙に昼飯の芋を手に入れたのだった。

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