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ぐちゃぐちゃB
私の天使、もとい人生の推しは似合いまくっている坊主頭にチャーミングな低めの可愛らしい鼻、そして男前なゴルゴライン――所謂ほうれい線のこと――のある四歳の男の子である。
まだまだ幼い――というより幼すぎる少年であるのだが、将来的にそれはもう精悍になるであろう事が約束されているような子だ。
名前は月島基。誕生日は四月一日。好物はいごねり、白米である。本人から聞いた訳では無いがそうであると私は知っている。

あのクソ野郎に殴られまくった時、脳内に収められていた記憶の箱が壊れたのか、何故か私は前世の記憶を思い出した。その記憶の世界では年号は令和で、パソコンもスマートフォンも存在している二十一世紀であった。
そしてゴールデンカムイという漫画も存在していた。明治時代の北海道を舞台に金塊争奪戦を繰り広げる話であり、笑いあり涙あり血も殺しも美味しい食事もありの満漢全席のような漫画であった。
ゴールデンカムイは既に完結していて、私は好きで愛読していた。最近は映画化もされてどんどんコンテンツが盛り上がってくるぞと意気揚々としていたのだが――どうやらこの世界はそのゴールデンカムイの世界であるらしい。
理由は簡単で、私を助けてくれた人生の推しがその漫画に出てくる登場人物であったからだ。
漫画では日本帝国陸軍第七師団も金塊争奪戦に参戦するのだが、その第七師団の良心――と当初は言われていたキャラクターであり、主人公たちの天敵である第七師団率いる鶴見中尉の右腕として活躍する。
ゴールデンカムイは明治時代当時の北海道を舞台に繰り広げられる物語であり、時代考証もしっかりされているが、当然フィクションだ。当時の北海道にアイヌの埋蔵金である金塊など無いし、その他にも漫画的に必要な改変は行われている。
つまり、私はどうやら死んだ拍子に世界をまたいでしまったらしい。そんなこともあるのだなぁ、まぁ死んだ後のことなど誰も知りはしないのだし。
そういう訳で、私は推しのことを存じていた。しかし、ここまでくると運命のようにしか思えない。私が前世で彼の登場する漫画を知っていたことも、彼が住んでいる家にやってきたことも、母親がこの家に私を置き去りにしたことも。

「いきしとるか?」
「ぅん……」
「ぬの、けえて(かえて)やる」

彼に助けられたあと、わざわざ貴重な布を割いて包帯状にしてくれたものを推しは巻いてくれた。まだ幼い彼は布を巻く以外の治療方法がいまいち分からなかったのか、血が滲んできたら布を洗って巻き直すことを繰り返していた。十分すぎる。四歳児でここまで考えて行動できるのが素晴らしすぎて吐きそう。主に殴られて痛い頭と腹のせいなのだが。

推しがクソ野郎と住んでいる家は、かなり傷んだ平屋の家であり、畳も敷かれていないため床から直に冷たさが這い上がってくる。部屋は台所と居間の二部屋しかなく、今はクソ野郎がいない台所の床板が敷かれている場所で推しに治療を受けていた。
彼に触れられると痛みが湯船に浸かるように和らぐのだから不思議だ。本当に魔法が使えるのではないだろうか。と思うものの顔の腫れはなかなか引かない。
タコ殴りにされた当初は本当に死ぬのだと思っていた。助かるはずがないと。それは記憶を思い出して冷静に判断できたからであり、あまりの苦痛に人生を放棄していたからでもあった。
しかし、彼は私を引き上げてくれた。

「ありがと、ありがとぅ……」

小さく、おう、とだけ返事が返ってくる。微かに波の音が聞こえる部屋で、その声が陽の光のように暖かい。
怪我が治って動けるようになったら、絶対に恩返しをするのだと私は誓っていた。
私は明治のことなど何も知らない現代人であったが、幸運なことにゴールデンカムイという漫画を知っていた。その漫画には、彼についての過去も載っている。最初は第七師団の良心と公式からも呼ばれ、真面目で苦労人というイメージの軍人であった彼だが、物語が進むにつれ、過去に大きな傷を負っていることが明かされた。
彼の人生を歪ませるような出来事がこれから起こる。彼に助けられた私がするべきことはひとつだろう。彼に痛みを味合わせない。幸せな道を歩んでもらうのだ。
そのためには早く回復しなければ、と少しでも動けるようになったかを確かめるために腕を動かしてみる。関節が動いた瞬間、引き攣るような刺激を覚え、思わず呻いた。

「やむか?」
「うぅん……動かそうと、してみただけ」

今までも何度か聞かれていたから、おそらく痛むか。という意味だろう。推しの顔が歪んで、この場でやるべきでは無かったなと反省する。
彼はこちらを伺いつつ、布を巻き続けてくれた。そして布の端をきゅっと縛って固定してくれた後に、じ、とこちらを見ながら言う。

「おれがまもってやる」

痛覚というものが、全て吹き飛んで、視界が光に照らされたように明るくなる。絵画のように静止した空間で、まるで木漏れ日のさす海の中にいるような感覚に陥った。
――あ、息が止まっていた。なんという、男前な四歳児であろうか。惚れてしまう。四歳児に惚れることはないのだが。
こんな推しの過剰供給があっていいのだろうか。しかし、厚意を受け取ってばかりではいけない。私の見た目は重症な子供であるが、なんて言ったって中身は成人済み大人なのだから。
気持ちだけをありがたく受け取って、そっと「なら、私は基を幸せにする」と海誓山盟(かいせいさんめい)の言葉を返した。

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