- ナノ -

お父さんで変態な夫(359・夏候惇・妻)

「生江。何か不自由なことはないか」
「生江。食べたいものはあるか? 食事は不味くは無いか?」
「生江。一人で寂しくはないか? 眼帯を置いていこう」
「生江。寒くはないか。俺の服を着ていろ」
「生江――」

夏候惇様は、私に甘い。
確かに私は幼い。彼にしたら、もう、自分の子供ぐらいに幼いだろう。
私だって、彼を夫というよりはお父さんぐらいの目線で見ている気がする。
でも、それは私が恋愛などを知らないせいだけではなく、彼がそうやって父性を全身で表してくる。
簡単にいうと甘い、これ異常ないほどに甘いのだ。

「夏候惇様!」
「な、なんだ。どうした? 何か嫌なことでもあったか?」
「なぜ親に八つ当たりをする子供に対するみたいな対応をするんですか!」

ふーふーと威嚇するようににらみを利かせれば、おどおどと困ったように首をかしげる愛しの旦那様。
いつも部下や同僚、上司の前ではものすごくかっこよくて、凛々しくて勇ましい彼だというのに、私の前では本当に孫に対するおじいちゃん以上に甘いというか、対応に困られる。

困るのはこっちだ。こんないままでの印象とまったく違う旦那様とかどう対応していいのか。
むーと口を突き出していると、困惑していたかと思えば、いきなり顔を背けてぷるぷる震えだした。
え。何。どうしたの旦那様。

「か、夏候惇様? どうされたのですか、もしかして体調でも……」
「いやっ、違うんだ! た、ただ生江がな。その、ぐぐ」
「わ、私ですか?」

な、なんだろうか。私はただ不機嫌さを前面にだしていただけなんだけど。
もしかして怒ったのだろうか。でもどちらかというとなんか口元をにやけさせて嬉しそうにしているので、喜んでいるようにしか見えないのだが。
それでも心配になって、とりあえず背中を摩っていれば、更に縮こまってしまった。
え、え。どうしたんだろう。もしかして腹痛なのだろうか。

「夏候惇様っ、じ、侍女を呼びましょう! ど、どうしましょう……!」
「違う! 平気だ、だからそんな顔を――ぐっ!」
「か、夏候惇さまー!」

こんなことは初めてだったので、混乱して侍女を呼ぼうと声をかけるが、彼はこちらを一目見て、更に体調が悪くなったようだった。
床にうつ伏せになって、悶える様は将軍といえど緊急事態っぽい。
もう混乱して、頭が真っ白になるが、このままではいけないと立ち上がる。
そうだ。こんなとき私が役に立たなくては! いつもは親のように頼ってばかりだけど、こういうときこそ妻として役目を果たさなくてはいけない!

「待っていてください。夏候惇様! 直ぐに侍女を呼んでまいります!」
「え、あ。ちょ、ま、待て!」
「うわっ!」

部屋を出て行こうとすると、夏候惇様に止められた。
男性らしい強い力に引っ張られて、思わず足が絡まってその場で倒れてしまう。
慌てて手をつこうと思ったら、そのまま彼の腕の中にすっぽり入ってしまった。

暖かい体温と、たくましい身体が感じられてドキリとする。
びっくりとして離れようとすれば、逆に抱きしめられてしまった。

「か、夏候惇様。体調が、悪いのでは」
「いや、心配させてすまない。そういうわけじゃないんだ」

ぎゅ、と完全に包まれて顔を寄せられる。
こんなに近くては確認のために目を合わせることだってできやしない。
混乱していた頭が一気に爆発して、顔が真っ赤になる。
しばらく沈黙が続いたかと思えば、夏候惇様は何か耐えるように口を結んでゆっくりと口を開いた。

「俺は、老いているから、若いお前の言いたいことは分からない。だが、お前を愛しているのは確かだ。どうしようもなく、好きなんだ」

染み入るような低音で、熱の篭った口調が不思議に心に響く。
でも、恥ずかしさは抜けなくて、こういうところが幼いのかと悔しくなる。
そしてその悔しさが彼に向かっていってしまう辺り、やはり子供なのだろうと思う。

「で、でも、夏候惇様は、私をまるで、孫か何かのように接します。わ、私は、その、妻ですから、もっと、その、頼ってくださってもよろしいのですよ」

しろどもどろになって、ちゃんと伝えられたかどうかは分からない。
でも、いい終わって恥ずかしくなり、彼の胸に顔をうずめた。
大きくて、まるでお父さんのような人。でも、本当に好きなんです。男性として、ちゃんと、愛してるんです。
恋愛に疎いから、夏候惇様が親のように接すると、すぐ不安になってしまう。

小さく抱きしめ返してみると、更に腕の力が加わった。
それにちらりと彼の様子を見てみると、幸せそうに微笑んでいる夏候惇様が見えた。

「なら、しばらくこうしていてくれ」
「は、はい」

あまりにも、幸せそうだったので、いましかない! と思った。
返事をして、咄嗟にぐいっと背伸びする。
ちょうど、唇のところに当たってそのままろくに顔も見ずに顔を引っ込めた。
思わずにやける口元を隠して抱きしめ返す。
夏候惇様の体温が急に上がった気がした。


ようするに、ちっさい嫁が可愛すぎてハァハァな夫

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bkm