- ナノ -

月島幼馴染主

「好きです……ッ! 結婚を前提に付き合ってください!」

この大学の中庭の木陰には、大学創始者の銅像が隠れるようにして設置されている。
そこは人気が少なく、手入れが行き届いているため雰囲気がいいということで絶好の告白スペースとなっていた。
そんな場所で、俺の目の前で頭を下げる可愛らしい一年生。
俺が所属しているサークルに今年から入ってきた子で、一目見た時から気になっていた。自分から積極的に話しかけにいって、連絡先も交換して、大学で困ったことがあったらなんでも聞いてくれと伝えていた。彼女も新しい環境で頼れる相手が欲しかったのだろう。心を開いてくれて急激に距離が縮まった。

「……ありがとう。すごく嬉しい」
「っ、じゃあ」
「嬉しい、んだけど……」

目を星のように煌めかせて顔を上げる彼女に、胸に漬物石のような重さが落ちる。
ああ、何やってんだ俺は。二度目だぞ、しかも同じ相手に対して――。

「ごめん。ちよちゃんのことは、妹みたいにしか、見れないんだ」

本当にごめん。そう最後に告げると、彼女の星のような瞳がさらに輝きを増して、瞳に収まりきらなかった煌めきが目の淵からポロリとこぼれ落ちた。




明治時代。日清戦争。そういった単語をニュースやエンタメで見かけると、どうしても過去のことが頭を過る。
今は日本から戦火が遠のいて数十年が経ち、戦争を身をもって体験した人々も少ない。だが、ほんの百年前までは日本でも戦争は日常茶飯事だった。そして俺には、その数々の戦争の中で日清戦争の記憶が色濃くある。
軍服を着て、軍帽を被り、親友と共に戦地をかけた。凄惨な記憶なのに、どこか色鮮やかに思えるそれ。
いわゆる、前世というものが俺には存在していた。それは明治時代、日清戦争が起こった時代の記憶だ。
しかし、普通の前世じゃない。少しややこしいのだが――俺は前世の時に、その前の前世も覚えていた。つまり、今の俺は三代目。明治時代の俺は二代目だったわけだ。
そして一代目――そいつは三代目と二代目とも性別が違っていて、しかも明治よりももっと以前の人生ではなく、未来。ちょうどスマホなんかが出回っている、今頃の人生を謳歌していた。二十一世紀が現在とすると、一代目は現在、二代目は過去、三代目が現在という時間軸で生きているわけだ。
自分の人生だが、随分と紆余曲折としている。しかも更に俺の人生を複雑怪奇としているのが、一代目の人生は、二代目の人生を「フィクションとして」知っていたことだろう。

「なぁ、最近おすすめの映画とか漫画とかねぇの?」
「んー、ゴールデンカムイ」
「え? 何それ。聞いたことねぇな。有名なの?」
「いや……今俺が適当に作ったタイトル」
「おい、真面目に答えろって。サークルで紹介すんだからさ」
「そうだなぁ」

存在していたら素敵だったろうな。そう思いつつも、存在しない作品を思い浮かべる。
一代目の人生に存在していた、明治時代の北海道を舞台にした金塊争奪戦の物語。不死身と呼ばれる主人公とアイヌの少女、そして新撰組土方が率いる囚人組と、第七師団、そしてさまざまな人物の思惑が絡み合う、笑いあり涙あり変態ありの名作漫画だ。
懐かしくて今一度読みたくなるが、残念ながらこの世界には存在しない。おそらく、一代目と二代目の世界は異なる世界なのだと思う。そして二代目と三代目の世界は同じ、と思われる。歴史書を読み漁った限りでは、という前提がつくが。二代目が明治時代に体験した細々とした体験は正直当てにならない。それよりも一代目が読んでいた漫画の内容で、一致する書物がいくつか散見された。
一代目はゴールデンカムイを最終巻まで読んでいたのだ。
最後まで大満足の最高の漫画だった。たくさんの伏線が存在していて、何度でも読み返したくなる作品だった――だっただけに、もう二度と読めないと思うと口惜しい。
各サークルに与えられた部室の椅子に座り、スマホで作品を探している先ほど話しかけてきた青年は、このサークルの部長だ。俺は副部長。といってもこのサークルは「エンタメ愛好会」なんていう適当なもので、各々の部員が好きなエンタメ作品を週一の活動日にアピールするだけのサークルだ。俺も特にこれといって副部長っぽいことはしておらず、やることといえば指定されたDVDを借りてきたり、漫画を調達してきたりとかそんなものだ。

「そういえば、昨日告られたんだってな。春見ちゃんに」
「……あー、何、なんで知ってんの」
「そりゃあ春見ちゃんが部室で泣いてたからな!」
「女の子が泣いてるの覗き見たのか? サイテー」
「テメェに言われたかねぇよ! 用事があって入ったら他の女の子に慰められてたんだよ! むしろ俺の気まずさに憐れめよ!」
「あー……そりゃあ、間が悪かったネ」
「お前一発殴ってやろうか?」

スマホを置いて拳を握る部長に勘弁してくれと肩を竦める。
俺だってその件については傷心というか……振った方がそう言うのはおかしいので、罪悪感か……。そういったもので落ち込んでいるのだ。部長もそんな現場に鉢合わせて困っただろうが、多めに見てほしい。
俺が大した反応をしないのを見ると、部長は拳を下ろしてため息をついた。

「お似合いだと思ってたぜ、正直」
「……いい子だと思うけど、もっと似合いのやつがいるよ」
「なんだよそれ。男の俺が聞いても最悪なんだが」
「……だよなァ」

俺だって、二代目の記憶がなくて、親友の存在を思い出していなかったら首を縦に振っていたかもしれない。
彼女とは二代目の時とは違い、大学で初めて出会ったのだ。だから、彼女へ向ける「妹のような感覚」は二代目の記憶がなければ存在しなかっただろうし、今生ではまだ出会っていないらしいお似合いの二人を想像するなんてこともなかっただろう。

「あんな思わせぶりな態度とっておいてよぉ」
「……反省してる」
「他の男に絡まれそうになっても壁になってさ」
「……困ってそうだったから」
「へぇー、それで買い物デートもしたって?」
「……もう本当に勘弁してくれ。俺が浅はかだった」
「別に責めてるわけじゃねぇけどさ。本当にお似合いと思ってたから」

そう言って部長は頬杖をついた。
俺はといえば、座っていたソファで身を崩して、ドサリと横になる。
彼女は妹みたいなものだ。だから、前世と同じように接してしまった。彼女が困っていそうだったら助け舟を出したし、できるだけ面倒を見た。田舎から出てきておしゃれな服がないと呟いていたから、なけなしの一代目の人生の記憶を掘り返して良さげな店を探し出して連れて行った。
思い出せば出すほど、彼氏狙いの行動にしか見えない。俺も恋人はずっといないし、勘違いされても仕方がない。
泣いてたのか、彼女。
次からどうやって会えばいいのだろうか。そうぼんやりと寝転がりながら考えていたら、部長がそうだと声を上げた。

「そういえば、お前のこと探してた他大生がいたみたいだぜ」
「他大生? 誰だろ、こっちまでわざわざ来たのか?」
「そうそう。大学内で他の部員に聞いてたらしい」

どうやら部長自体は出会っておらず、また聞きらしい。
サークル同士の飲み会などから知り合った他大生の友人はいるものの、こちらの大学までやってくるような相手はなかったはず。
誰だろうな、とスマホに連絡が来ていないかとポケットから取り出した時に、コンコンと部室の扉が叩かれる音がした。
部員だったらこんな丁寧にノックはしない。部長がそれを察して、顔を上げて扉へ向かって声をかけた。

「どーぞ」

部長の声に応じて、ガチャリと扉が開かれる。
そこにはいたのは、帽子を被ったイケメンだった。シャツの上からでも分かるガッシリとした体つきをしていて、はっきりとした目元と太い眉毛が精悍さを際立てている。こんなイケメン、うちの大学にいただろうかとソファの上で上半身を少し持ち上げて眺めていたら、あ! と彼が声を上げた。

「あんた!」
「え?」

ビシ! と指を突きつけられ、どうやらこのイケメンの目当ては俺らしいと理解した。

「太崎さん、だよな」

そう。俺の名前は太崎。太崎陽彦。あったかそうな名前で、二代目から受け継いだ――訳ではないが、偶然同じ名前のままだ。

「三年の太崎だけど、俺の何か用がある感じ?」
「あ、すいません。俺、●●大学一年の杉本って言います」

ぺこり、と礼儀正しく頭を下げた青年に、しっかりしてるねぇなんて言いそうになって、ふと違和感を覚える。
すぎもと――杉本?
ソファから立ち上がり、未だ入口付近にいる彼に近寄る。ツバのある帽子を被って、ラフな服を着ている筋肉質のイケメン。身長は俺と同じぐらいで、顔に傷は――なし。
激しい違和感に胸に靄が広がる。なぜ、その顔に傷がないんだ――?
だって、そうだ。こうして目の前で確認してようやくわかった。
彼は、「彼」だ。
ゴールデンカムイという漫画の主人公。不死身と呼ばれた男。圧倒的な戦力と、不釣り合いとも思える繊細で優しい心を持った男――杉本佐一!
しかし彼は、純粋な大学生といった風貌で俺を伺うように見つめてくる。
どうしてここに、と唖然としていれば、彼は内緒話でもするようにコソコソと言葉を伝えてきた。

「あのさ、月島って名前に覚えある?」

月島。
月島基。
覚えがないわけがない。妹のような彼女と共に、記憶に深く刻まれている。
同じ島で過ごした日々と、共に戦場をかけた記憶。
忘れるはずもない。俺の親友、そして――顔の合わせづらい、やつ。


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