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不良にはなるな・前
二度目の人生を歩むにあたって、何をしようかと考えた。
正直一度目の人生でやり残したことが多くありすぎて、はいじゃあ次の人生を元気に生きましょう。という気分にはなれなかった。
なら元の人生に戻してくれ。というのが正直なところで、赤子の頃は空腹でも体の不調でも泣かずに両親を困らせたものだった。
それでも人は生き続けるもので、ただ何も考えず純粋に生を謳歌するという選択肢は前世の記憶と意識がある身としては無理なことだった。何か目標を決めなければならないと黒いランドセルを祖父母から送られ、小学校に進学した時期に、ふと目に入ったものがあった。
放課後のことだったろうか。商店街の一角で、喧嘩があったのだ。記憶では珍しいが今の時代ではよく見かけるボンタン。高校生たちの集団だった。そんな彼らが白昼堂々、高校生同士で殴り合いの喧嘩をしていた。
体が吹っ飛んで、地面に青年たちが転がり、人々が悲鳴を上げている。歯が飛んで、血が滴る様を見て――あれにしようと決めた。
そうだ。せっかく男に生まれたのだから、わがままな強さというのを目指してみようじゃないか。
愛想笑いで切り抜けるのではなく、暴力でねじ伏せる。前世はそういうのとは全く縁のない人生であった。
いいか悪いか、ではなく、初めて惹かれたものがそれだったから。それ以外の理由はなかった。
ただ惹かれたという事実だけが重要だったのだ。何が魅力的だったのか、その無粋な暴力性? 男たちが人の手によって転がっていく非日常感? 赤い血が流れることへの興奮? そのどれでもよかった。ただ興味が湧いた。それが嬉しかった。

それから、喧嘩が強くなるために色々と頑張った。
と言っても、両親にあまり迷惑をかけたくなかったので、彼らの前ではいい子でいた。
体を作るのがいいだろうと、体の成長に良いものをチョイスし始めた。朝と夜に走り込みをするようになった。両親は健康に目覚めたらしい小学生の息子にとても喜んでいた。それまで無趣味もいいところだったので、何か自主的に行い始めたことに安堵していたようであった。
同時並行で、暴力を振るうタイプのガキ大将を見つけ出して、喧嘩をふっかけた。
やはり実践形式が一番いいだろう。最初はボコボコにされた。そりゃあ喧嘩など一度もしたことがないのだ。負けるに決まっている。怪我については転んだと嘘をついて、本屋に通い喧嘩のための技術を集めた。ボクシングや空手、合気道などの記載がある書物を片っ端から読み込んだ。
それから家で体が覚えるまで反復し、改めて喧嘩をしに行った。
今度は辛勝。顔が大いに腫れたが、どうにか勝利した。またもや両親に心配されたが、階段から落ちたと嘘をついた。
しかし、数日後、負けたガキ大将が再戦をふっかけてきた。だが、その時は完勝してやった。怪我もなし。
どうして怪我を負ったのか、自己分析してカバーするために新しい知識を得て何度も練習をした。
そうしてその地域のガキ大将を潰して、それからは特出した乱暴者を殴り潰したりして小学生の高学年まで上がった。
身長も伸びて、百六十を超えたのを確認し、次は中学に目をつけた。進学してから潰しにかかるのでもよかったが、そうしたら攻略が楽になりすぎるかもしれない。一度目の襲撃は多人数相手に勝利したが、次の喧嘩は相手は一人だったのに負けた。
また色々と戦略を練り直し、体を鍛え直し。小学生最後の年で、ようやく中学の主だった不良たちを潰し終えることに成功した。
その頃にはなんだか噂も広まっていたが、私としては両親にバレなければよかったので噂とかもどうでもよかった。

中学に進学し、早速改造制服を手に入れた。と言っても倒したやつから奪い取ったものであったが。私は常は優等生だったので、普通の制服も必要だったのだ。ではなぜボンタンが必要だったかといえば、そっちの方が喧嘩をふっかけられやすいからだ。やはり外見というのは重要だ。
しかしリーゼントは整髪剤を買うお金がもったいないのと、固めるのが面倒でやらなかった。申し訳程度に髪を伸ばして、後ろで縛っていた。
中学のメンツは小学生の頃に倒したので、次の目標は高校生だ。
高校に殴り込み、時には道端で襲撃し、相手をボコボコにした。時折ボコられることもあったが、絶対に後日勝ちをもぎ取った。

そうして高校の不良たちをボコしていた時、一人の中学生を助けた。
助けたというか、偶然そんな形になっただけなのだが、ナイフを所持した不良がいたからこれはいいと喧嘩を吹っかけたのだ。
それまで鉄パイプに鉄板、ナックル、木刀、レンガなど武器を持った不良を相手にしてきたがナイフはまだ無かった。丁度学生を脅していたらしいナイフ持ちのいる不良たちに殴り込んだのだった。
腕部分を切られ、少々血が多く出たものの勝利した。切られると結構血が出るもんなんだな、と考えながら止血していれば、転がった不良たちの中から無傷の青年が姿を現した。
見た目からして、中学生。ジャージをきていて、学校名は神奈川の中学だった。
短髪にハッキリとした目元。整った顔立ち。スポーツをしている雰囲気と相まって、爽やかなイメージを持つ少年だった。

「な、なぁ、あんた」

そう声をかけてきた少年の腕にはバスケットボールが抱えられていた。バスケ少年なのだろうか。そういえば、喧嘩の最中もボールだけは離していなかった気がする。そんなに大事なものだろうか、たかがボールが。

それはともかく、話しかけられている。しかし、こういう場面には時折遭遇していて、こうなると変に感謝した相手がお礼を!とうるさく付きまとわれるか、逆に怖がられて警察を呼ばれかけるかなのでどちらにしろさっさと退散した方が吉だ。

「別にお前のこと助けようとしたわけでも、襲おうとしてるわけでもねぇから、じゃ」
「あ! おい、待ってくれ!」

この感じ、恐らく前者っぽい。
別に粘着されないならいいんだが、下手に噂を流されてもやりにくい。
歩きだた後ろから、腕を掴まれて眉がはねた。
後ろを振り返ると茶色のボールを脇に抱えた少年が近くにいて、目を煌めかせている。

「なぁ、あんた、もしかして――一匹狼のブラックウルフか!?」

体に雷が落ちたような衝撃が走り、言うべき言葉を失った。
『一匹狼のブラックウルフ』……?
な、なんだその……クソほどダサいネーミングは!!!

私の衝撃とは裏腹に、キラキラと星を纏った少年は必要以上に顔を近づけてくる。

「やっぱりそうだよな! 最近学校で噂になってたんだよ! 他県から来てる滅茶苦茶強いやつが、悪い不良たちを成敗してるって!」

そんなわけないだろう私はただ喧嘩がしたくて来てるだけだ。成敗なんてこれまたクソダサい理由を勝手に付けるんじゃない。
一から十まで否定してやりたい気分に陥りつつ、どうにか脳を再起動する。もう本当にクソな気分だ。
もうここには居られない。ダサいあだ名も、間違った喧嘩の理由も聞いてられない。

「俺の家、ここの近くなんだ、良かったら礼に――」
「ボール」
「え?」
「そのボール、そんなに大事なのか」

面倒な話が振られる前にどうにか頭に残っていたことを口に出す。
茶色の頭大のボール。喧嘩中も守るように抱えていたが、相手の頭にでも食らわせてやれば逃げることぐらいできたかもしれない。
同じぐらいの身長の相手をただじっと見つめていれば、戸惑ったような顔をした後に少年はしっかりと答えた。

「もちろん。ボールがないとバスケは出来ないし、バスケ選手にとっては大事なものだ」

へぇ、と気のない返事が出た。
その後に、手を前に差し出す。首を傾げる少年に、顎でボールを指し示した。
合点が行ったのか、明るくなった面持ちでボールを渡してくる相手に、片手でポイと少年の後ろへボールを放る。

「――あ!?」
「ほら、どっか行っちまうぞ」
「なにすんだよ! あーもう! あんたそこで待ってろよ!」

悪態を付きながら転がるボールへ走りよる少年よ背中を眺めてから、さっさとその場を後にした。ああ、最低な気分だ……。



バスケットボール。
前世でも聞き覚えがあるし、今生でも体育の授業でやったことがある。だがそれぐらいだ。
少年は自分と同じぐらいの歳のようだった。キラキラとしていて、やりたいことが出来ている煌めきがあった。私とは違った。
自分もしたいことをしているはずなのにな。
止血はしたものの、流石に母親に気づかれて病院へ連れていかれてしまった。この頃になると流石に不良になっているとは薄々バレていて、何度か家族会議を開催されそうになってどうにかくぐり抜けていた。
しかし、問題が発生した。クソダサいあだ名と喧嘩の意味不明な理由である。
不良なのが知れるのはまだいい。だがあんなアホみたいなあだ名を自分でつけて、馬鹿みたいな理由で喧嘩をしているなんて思われたら私は爆発四散する。
厨二病どころではない。あまりにも痛々しすぎる。黒歴史確定だ。というか既に黒歴史になりつつある。
色んな意味で、不良というものへの魅力が激減してしまった。そもそもナイフを持った相手にも勝てたし、これ以上行くと本格的に訓練でもしなくてはならなくなりそうだ。
別に将来的にそっちを商売にする気はサラサラない。恐ろしいあだ名などのこともあるし、喧嘩からはここらで足を洗った方がいいだろう。

しかし、喧嘩を辞めるとなると、人生がやることが無さすぎて暇になる。
どうしたもんかと考えた時に、思い浮かんだのはあの少年だった。
バスケットボール。
面白いかどうかは分からないが、スポーツはハマる人がやれば熱中するイメージがある。
自分がそうなるかは分からないが、バスケならば両親から心配されないし、いいのでは無いだろうか。
そうして、私は喧嘩からは足を洗い、両親に相談してミニバスに入ることとなった。
両親が泣いて喜んでいたので、もしかしたら厨二病のあだ名などを知られていたのかもしれない。絶望したが自業自得なので深くは聞かず、黒歴史として封印することにしたのだった。

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