ペラ、ペラリ。
薄っぺらい音が、聞こえる。薄いのに、どうにも聞き心地が良くて意識がそちらに向く。
音の正体は、確かに薄かった。紙だ。
薄い紙が何十枚も重なったそれをめくっている。小説――ではないようだった。絵が書いてある。漫画だ。
ペラリ、ペラリ。
青年たちが、何かをしている。ええと……これは、バスケットボールだろうか。
時には喧嘩したり、時には負けたり、時には勝ったり、時には泣いたりしながら、青年たちが青春をコートの上で走っている。
へぇ、主人公はこのリーゼントの不良なのか。すごくふぬふぬ言ってるな。全然バスケが上手くない。そりゃあそうか、初心者だもんな。
学校は……湘北っていうのか。ああ、他のバスケ部のメンツも濃いな。漫画みたいだ。いや、漫画なんだ。
赤髪の不良に、ゴリラ顔の生真面目な主将。イケメンのエースに、遅れてやってきた飄々とした小柄なPG。そしてバスケ部へ戻ってきた中学MVP。
彼らが競い合って、助け合って、そうして全国制覇を目指して勝ち登っていく。
ああ、すごい。面白いな、めちゃくちゃ面白い漫画じゃないか。
なんで俺は今まで読んでいなかったんだろう。なんてタイトルなんだ?
漫画を閉じて、表紙を見る。
そこには――。
「……SLAM DUNK」
声が出る。
ああ、漫画に集中して息を忘れていたみたいになんだか喉に空気が通るのが久しぶりの気分だ。
ボケやる目元を擦って、気だるい上半身を押し上げようとすると、ズキリと頭に鈍い痛みが走った。思わず手を当てる。なんだろう、二日酔いかな、昨日は飲み会だったっけ……。
動かない頭で記憶を辿ろうとしていると、何かがスライドする音が響いて、人の気配を感じた。え、誰だ……? ここは私の部屋……。
「松本、起きたのか。まだあまり動くんじゃない」
「……」
低いが、どこかハリのある声にゆっくりと首を動かす。筋が傷んだが我慢できないほどじゃない。目線の先にはズボンがあり、その人物はこちらから見えやすいようにか膝をついて中腰になってくれた。
「松本、平気か」
口ひげを生やした男性が語りかけてくる。しかし、なんだろう。
「……松、本」
「? どうした」
「……ええと」
松本。その苗字をどこかで見たことがある。どこだったっけ……と濁る記憶を眺めれば、先程まで読んでいた漫画を思い出した。
そうだ、山王の……三井に振り回されていたのが、確か松本というキャラクターだったはず……。
山王……松本……。
「……あれ」
「記憶が混濁しているのか……」
眉を寄せてこちらの顔を観察する男性に、思わず声が出る。
「堂本、監督?」
「ああ。……私も分からなかったのか?」
さらに眉を寄せる様子に、いいや、違う。と痛みのために脳内だけで首を振る。
彼を知っている。若い監督で、しかし山王を二連続インターハイ優勝に導いている。それに部活でも厳しくも信頼のおける監督だ。自分の部の先生を忘れる部員もいないだろう。――ふと、明らかな記憶の食い違いに顔が歪む。山王バスケ部はインターハイに優勝した。だがそれは去年だけの話だ。一昨年は優勝していなかった。『二連続王者』の称号はまだ手に入れていない。
なのに――いや、だって、読んだじゃないか。今さっき、手にしていた漫画で――。
――漫画?
「落ち着いて思い出そう。まず、自分の名前はわかるか」
ゆっくり、静かな声色で語りかけてくる堂本監督に何か閃きかけた頭が急速に回り出す。
漫画、堂本監督、SLAM DUNK、バスケ――山王の、六番。
「――松本稔ッ!?」