- ナノ -

貴方はいったいどんな人B
にしても、私のこの時折起こる“何か”を忘れている感覚はなんなのだろう。
アレクセイの記憶が、身体を通して流れてきてでもいるのだろうか?
それにしては非科学的だ。いや、今の憑依的な状態が非科学的といってしまえばそれきりなのだが。
それにしても、以前の私とは随分と感覚が違う。
五感で感じ取ることに、こうも虚無感を覚えるのは何故なのだろうか。
どうして、死という単語に過剰なほどに反応するのだろうか。
どうして、ユーリ・ローウェル。それと彼らの負傷や死をあれほどに拒んだのだろうか。

覚えがあるのは、憑依する直前の記憶がまったくないことだけ。
ただ在りし日の思い出として存在するだけで、直前まで感じていた覚えがまったくない。

ああ、早く戻りたいな。と思う。
もう、やることなんて無いはずなのに。

「あ、あの」
「ん? あぁ……えっと、カロル君。だったかな?」
「は、はい! その、ディノイアさんは夕飯どうするのかって、ユーリが」
「夕飯、か……君たちはどうするんだい?」
「えっと、僕とユーリは宿の人が用意してくれるからそれを食べて、エステルとリタとジュディスは外の屋台で食べるみたいだよ。
 レイヴンは知らない」
「そうか。じゃあ私も外で食べてくることにするよ」

私が町で一人思考に耽っているときに話しかけてきたのはカロルという少年だった。
あの一行の中では一番年下だろう。にしてはしっかりしている子で、武器を見る分には随分と力持ちのようだった。
話を繋ぎ合わせると、凛々の明星の首領が彼で、一行はそのギルドに所属するメンバーらしい。
ギルドとかあんのか。マジ二次元。

カロル君は一応敵対していた相手であろう私の問いにこちらを窺いながらもきちんと答えてくれた。
それに嬉しく思いつつ、ローウェル君がいるなら一緒に食べるのは無理と判断して外食を願い出た。
そうすれば、カロル君はちょっと眉を下げてこちらを見る。

「それって、もしかしてユーリがいるから?」

う、うわぁ。そんなに分かり易かったかなぁ?

「そう、だね。分かり易かったかな?」
「ううん。ディノイアさんの方はそうでもなかったんだけど、ユーリが凄く怖かったから」
「そうだね……」

怖かったなー……凄く。もう最初から殺されるかと思ったし、もう色々と強制的だし、もう絶対あの人には逆らわないでおこうって思うよ。
思わず遠くを見ると、カロル君が慌てて弁解をする。

「でも、いつもは皮肉っぽいけど、優しいんだよ! そりゃあ、結構キツイときもあるし、素直じゃないときもあるし、正義のためだったら冷酷になれるところもあるけど……」
「後半がフォローになってないよ。カロル君」
「えっ!」

手を使って説明するカロル君に、微笑ましいと思う反面、ユーリ・ローウェルという青年が慕われているのだと心底分かった。
不器用なのか、フォローはできていなかったが、それでも必死で弁解する姿は大切な人を誤解されないように頑張っているのだと伝わってくる。
どうやったら伝わるだろう。とまだこちらが理解していないと思って悩む彼に、小さく笑う。
そうすると、ぱっとこちらに顔が向けられた。

「どうしたんだい?」
「いや、そんな顔、できるんだなぁって思って」

また言われた。
そう思いつつ、そうかい? と返答しておく。
そんなことを言われても、私は覚えていないので、やはり明確な答えは返せない。
それを理解したのか、あまり追及しないでくれたカロル君は気を取り直して、ニッコリと笑った。

「でも、ディノイアさんが普通の人でよかったよ。前みたいにおっかなかったら安心して旅も出来なかったし」

おっかなかったのか。曖昧に笑い返して、去っていくカロル君の背を見送る。
私は――アレクセイという人は、どんな人だったのだろうか。


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