夏の大会――インターハイも迫り、部活にも熱がさらに入ってきている。
気温が上がるにつれて、皆が一つの目標に向かって突き進んでいるのがわかった。それはもちろん、インターハイでの優勝。昨年、山王バスケ部は見事インターハイ優勝を勝ち取った。もちろん、今年も優勝を目指すのは道理だ。それと同時に、バスケ部員たちにはもう一つの目標ができる。
山王バスケ部は部員が多い。強豪校であり、名もよく知られているため各地から腕に覚えのある選手たちが集まってくる。つまり、スタメンへの飽くなき挑戦が備わっていると言うわけだ。昨年までスタメンだったからと気を抜けば、後輩がその場に立っている。そんなことは日常茶飯事だ。
去年のインターハイ、俺は応援席にいた。そして秋の国体ではベンチに。ウィンターカップではスタメンとして。
試合に出るのは勿論楽しい。練習の成果を示せる達成感もあるし、チームに貢献できた時の遣り甲斐は何物にも変え難い。
一年のインターハイからスタメンに入っている深津、一年間で急激に背丈が伸びガード、フォワードを経験し隙のないセンターへと成長した河田。そして強者揃いの三年生。それから何より――一年の沢北栄治。
おそらく、今年のインターハイで俺はスタメンにはなれないだろう。
俺の立ち位置には沢北が、他のポジションでは俺以外の選手たちに軍配が上がる。彼が入ってきた時から理解していたことであるし、そうあるのがチームの望ましい姿だ。――と納得はしているが。
(だからと言って、スタメンを諦めるわけにもいかない)
敵わない未来が見えようとも、諦めることはしない。
だって――諦めたらそこで試合終了なのだから。
……ん? なんか……どっかで聞いたことがあるセリフだな、これ。
一年二年三年、混合のチーム編成で練習試合が行われた。
監督も口にはしないが、その練習試合がインターハイでのスタメンを決めるものだと皆わかっている。
当然、その勝ち負けだけで確定するわけではないだろうが、大きな評価点であることは確かだろう。
チームの力はそれぞれ均等に分けられ、相手チームには自分と同じポジション争いをしている選手が存在する。
チームは三つに分けられ、そもそもチームに入ることができない選手もいる。一年はほぼ入れていないが――当然、沢北は参加している。ポジションはガード・フォワード。俺と同じポジションであり、俺とは別チームに所属している。
一試合目は三年生が多いチームで、仲間と連携しわずかな差であるが勝利を手にした。こちらのチームには野辺がおり、ゴール下で他の選手にボールを取らせなかった。そして次は沢北と――深津のチームだ。
「深津か」
「仲間ならこれ以上頼もしいことはないが、敵だと厄介すぎるな」
「だな」
野辺の意見に一二もなく賛同する。相手チームで一番恐ろしいのは深津だろう。
沢北の鋭いドライブも技術だけで言えば厄介だが、深津のコートを支配する力は魔術でも使ってるんじゃないかと思うほどだ。
そんな深津に導かれるスーパーエース。……正直、この二人だけでも並大抵の学校では敵わないだろう。
チームメイトたちを見ると、沢北の実力を知り、深津のスタメンでの活躍を知っているからか皆顔が硬っている。
「よし、勝とう」
「松本……。そうだな。やってやろう!」
皆に声をかけて、円陣を組む。それぞれの顔に、闘志が宿る。
そうだ、俺たちは山王バスケ部なんだ。負けは許されない、勝ち続ける。それが身内相手でも。
自陣が得点を取ると、相手が取り返し、深津の最高のパスが沢北に渡り、ゴールネットを揺らす。
一之倉を思い出しながら、沢北相手に徹底的にディフェンスをする。沢北にボールが渡らなきゃいいのだ。他の選手の打ちこぼれたボールを確実に野辺が取る。沢北の得点数が伸び悩み、しかし同時に俺の得点数も少ない。徹底ディフェンスに意識が取られ、ボールを運べないでいた。
硬直状態が続き、どちらとも点数が伸びない。そうして前半が過ぎ、後半が訪れる。
前半はこちらの意図通り進んだが、後半もそうしてくれると思うのは楽観的だ。選手の合間を縫って、深津の美しいほどのパスが沢北へと渡る。
――来た。
走り抜けようとした沢北へ、道を塞ぐように立ち塞がる。
視線がかち合い、アーモンド型の瞳が俺を貫く。負けを一才考えていないその無邪気な瞳。憎たらしいほどだった。
真正面から睨み返せば、その口元がニヤリと笑みを浮かべたのがわかった。このクソッタレ、試合中に笑うんじゃねぇよ。
「フッ――」
「ッ!」
勝負は一瞬、フェイントに釣られた。その瞬間にコートを疾走する。
バッシュを響かせ、追いかけようとしたその視界に――なぜか一人の部員が目に入った。
チームメイトではない、相手選手でもない。ただコート外で俺たちの試合を見学している一年生、名前は田中だったはずだ。
なぜ意識が逸れる――。自分自身に疑問を抱いたちょうどその時、隣のコートからワッと声が響いた。
目玉がぎょろりと動く、なぜ。そっちに沢北はいないのに。
それでも動いた目玉を押し戻せない。視界に映ったのは――茶色の丸。バスケットボールだ。
なぜそこに? まだ遠くに見える、しかしその対角線上に存在するのは隣のコートの選手ではなく――。
いや、選手はいた。その選手が深津であれば、沢北であれば、俺であればそのボールは取れるだろう。だが、その球は普段よりも凶悪で、おそらく手から滑ったのであろうと言うことと、それを放ったのが河田なのであろうと言うことが知れた。
何かしらが頭を駆け巡った気がしたが、それがなんなのかは分からなかった。
ただ足はそのボールを追いかけていたし、肺にその場で出来うる限りの空気を吸い込んでいた。
「田中ァ!!」
彼が心底驚愕した顔をしてこちらを見ているが、こっちじゃない。
スローモーションだ、目を見開く彼の表情も、手を伸ばす俺の腕も。
思考が遅々とする、どうする、突き飛ばすか、壁に当たるぞ、引き寄せるか、無理だその前に頭に当たるぞ。場所が悪い、どうにもならない。死ぬわけじゃない、なら届くその手で助けないのか、打ちどころが悪かったら――ああ。
考えるのはやめよう。
耳と後頭部が、吹き飛んだんじゃないかという衝撃に、体が揺れる。
バスケットボールって意外と重いんだよな。重量があって、硬くて、その触り心地が俺は好きだ。
でも当たると結構痛くて、パスの受け取りをミスると、アザになったりなんかして。
間に合わないと飛び込んだ先、結局体は本能なのか、彼を守るように抱きしめていた。
ボールはどうやら俺に当たったようで、聴覚がバカになって、水の中にいるような音が脳裏に響く。
田中もろとも壁にぶち当たって、その場に倒れるのがスローで見えた。
「松本さん?」
無垢な沢北の声が、遠くで聞こえたような気がして、それきり何も感じなくなった。