洗濯機の回転する中身を眺めながら、蓋に映る自分の瞳と目が合う。
特に何かの感情を映すこともなく洗濯槽を見つめる自分の顔に、どこか馴染みがないような気がして前世とは顔が違うんだろうな。と一人で納得する。そもそも前世は女だったはずなので、男である時点でかなり違うのだろうとは思うのだが。
寮で暮らすのも二年目となり、すっかり寮暮らしにも慣れた。一年目は同じ空間に大人数で暮らすというのが初めてで、どう振舞ったらいいものかと色々と苦労した。苦労した、ということはきっと前世では寮暮らしではなかったんだろう。前世で体験したことがあることは、なんとなくそこまで緊張しなかったり、知識がすでにあったりする。つまり、俺に取っては寮暮らしは初めてで、バスケにこんなに打ち込むもの初めてなんだろう。
バスケも日々発見があり、痺れるような喜びがある。この人生では前世では歩んだことがない時間を味わっているのだと思う。そんな日々が楽しく、そして失い難いものになっている。しかし二年生になり、そろそろ将来のことを考える時期だ。山王工業高校という名の通り、工業系の勉強をしていて資格取得にも力を入れている。高校卒業と共に地元への就職も問題なくできるだろう。だが、バスケを続けたいというのならバスケに力を入れている大学へ進学し、そこからキャリアを積んでいくことも考えるべきだろう。
ともかくどの選択肢も親の協力が必要だろうから、里帰りの時に相談してみようか。そういえば、あの特筆すべきバスケセンスを持つ後輩は将来についてどう考えているのだろうか――。
と、ぼやっと思考をゆっくりと動かしていれば、活動を停止していた鼓膜に扉の開閉音が入り、意識が浮上する。
「……一之倉も洗濯か?」
「そうだよ。乾燥終わったのを取りに来ただけだけど」
そういえば、少し前まで動いていた乾燥機があった気がする。あれは一之倉のだったか。確かに洗濯をしに行っていた気がするな。
一之倉とは同室で、部屋に戻ればいつも顔を合わせる。彼はどちらかというと物静かなタイプで、二人して騒いだりはしないのだが、互いに邪魔をしない空間が俺としては心地よい。彼もそう思ってくれているといいのだが。ちなみに、ノリはかなりいい。よく深津に付き合っているし。
一之倉は持ってきたカゴに乾いた衣服を取り込んでいく。
「そういえば、なんかぼーっとしてたけど、どうかしたの?」
「特にどうもしてはないけど……将来のこと考えてたな」
「将来?」
「ああ。高校卒業した後のこと」
「……結構先のこと考えてたんだね」
洗濯物を取り込む手を止めた一之倉にそう言われ、そうだろうか。と彼の目を見つめ返しながら思う。
しかし彼の表情を見つめながら、確かにそうかもしれない。と一人で考えを改める。二年生とは言っても、進級してからあまり月日は経っていない。それにバスケ部に所属しているとどうしてもそちらの方が優先されてしまう。実家の跡を継ぐなどの生徒でないと、進路について考えるのはもう少し先かもしれない。
「そうかもな。なんか暇だったからさ」
「松本は卒業したらどうしたいとか、もう考えてるの?」
「うーん、バスケを続けたいから大学進学とかも考えてるが、何にしても親に相談しないとなって感じだな」
「そっか。確かに、早めに考えといた方がいいのかな」
「どうだろうなぁ。まぁ、二年のうちに考えておいたら三年の時に悩まなくていいかもな」
「なんか先生みたいなこと言うね」
「真面目すぎたか?」
「ううん、なんか教える側みたいな感じ。松本って上とかいたんだっけ?」
「いんや、一人っ子だよ」
「へぇ。上も下もいそうなのに」
一之倉の言葉に、内心でドキリとする。上がいそうに思えるのは実際に一度人生を送った経験があるからで、下もいそうなのはおそらく一年への対応の慣れゆえだろう。高校では抑えられるようになったが、中学までは周囲が自分より年下に思えてどうしても年上ムーブをかましてしまっていたから、その名残だ。
あまりつっこまれても反応しづらいので、先ほどの話へ方向転換を行う。
「そういえば、沢北はどうするんだろうな」
「なんで沢北?」
「だってあいつめちゃくちゃバスケうまいだろ。気にならないか?」
「……俺としては、ようやく最近部に馴染めてきたみたいだから一安心って感じだけど」
つまり沢北の将来よりも、部でのことを気にかけてくれていたと言うわけだ。
一之倉も沢北のことを気にしていたということが知れて、思わず笑みが浮かぶ。なんだよ、そんな素振り全然見せなかったくせに。
「優しいんだな」
「松本には言われたくないんだけど」
「なんだよ。褒めてるつもりだぞ」
「だろうね。けど、別に俺は優しくないよ。沢北が舐めた口きいたら、ちゃんと深津に告げ口してるし」
「はは、こえーな」
野辺が以前に言っていたように沢北は物怖じしないので、結構思ったことを率直に口にしてしまう。それがチームのためになることも勿論あるが、時折あまりにも不躾だったり、調子づきすぎていたりするので、そう言う時は実質二年の取りまとめ役である深津からの外周追加か河田の鉄拳が加わる。一年の教育は二年の役目なので、天才的だが一歩間違えれば問題児になりかねない沢北の躾をしていると言うわけだった。
俺はというと、酷すぎる時は流石に注意したり深津に伝えたりもするが、基本的に見逃してしまう。優しいというか、甘いんだろう。まぁ、指導してくれるメンバーは深津や河田、一之倉がいるので、俺や野辺は多少甘くてもいいだろう。多分。
「俺も気をつけないとな」「そうだよ」なんて言い合って、最近の沢北の話をしていればいつの間にか俺の洗濯物も終わっていた。