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パンドラの箱・3
コーラはこの時代では――というか、俺たちに取っては贅沢品だ。
と言っても瓶コーラが百円しないのだが――それと同じようにお小遣いは微々たるものだ。ああ、早く自分で稼ぎたい。
そのコーラを沢北に奢ってから数週間が経過していた。体育館のフロアでは、沢北が深津相手にワンオンワンをしていた。あいつワンオンワン大好きだな。
沢北を誘っての夕食は概ね成功だった。声をかければ彼らは快く招き入れてくれ、最初はぎこちなかった沢北も途中から会話の輪に入れていた。まぁ、俺が沢北が告白されてたって話を振ったんだが……。まだ入学してから数週間なのに、早速告白されるってすごいよな、実際。確かにイケメンだけれども。
で、それに反応したのが河田で、そこからは男子学生特有の騒がしさがやってきた。以前に告白されたとつい溢したらすごい顔をしてたもんな、河田。そう言うところ、バスケの試合では見せない年相応さを感じて俺は可愛いと思うぞ。まぁ俺が告白されたのは実は男からだったわけだが……知らぬが仏というやつである。俺も別に言いたかない。
深津たちも沢北のことが気になっていたのか、それから声をかける姿をみることも多くなり、今では皆に尻尾を振って声をかけている。当然プレイにもその影響は現れていて、監督が提案した一年二年合同チームと三年とでの対戦で沢北は楽しそうに動いていた。同時に、中学の時についていけるやつがいなかったために付随してしまったであろう独断プレイスタイルを深津と河田からちょくちょく叱られていた。
今は一人で全部やらなくたって深津や河田、野辺や一之倉がいるし、先輩たちだって実力派揃いだ。彼が一人侘しくバスケをすることはもうないだろう。キラキラとした学生たちの笑みを見ていると、なんとなく取り戻せないとびきり高価な宝石をガラス越しに見つめている気分に時折なる。過ぎ去った青春を物欲しげに眺めているような、そんな感傷だ。この高校という期間がいかに美しく繊細で尊いものか、前世があるからかこれ以上ないほどに感じることがある。普段ずっとそんな気分だったらおちおちバスケもできないので時折なのだが、なんだか胸がいっぱいになってしまう。沢北がきてからはそういうことが増えて胸が苦しいぐらいだ。ああ、健やかに成長せよ、青少年。

「松本って時々変な顔してることあるよな」
「いきなりなんだよ」
「いや、なんか……親みたいな顔してないか? 特に沢北を見るとき」
「そりゃあ……親みたいな気分だからな」

深津にワンオンワンを挑んでいる光景を休憩がてら眺めていれば、隣にやってきた大男。百九十センチ代の河田よりも背が高い。確かあと少しで二メートルだったか。しかしそのあと少しが難しいらしい。体の成長なので自由が効かないのは当然といえば当然なのだが。
彼は野辺将広、センターやパワーフォワードを務める同級だった。彼もレギュラーに起用されており、話す機会も多い。いわゆる友達だ。うん、友達。いい響きだなぁ。
野辺は親気分、と言った俺に得心のいった顔をする。

「確かに。あいつへの構い具合は兄貴分っていうより親って感じだもんな」
「はは、まぁどっちでも。可愛い後輩ってことだよ」
「随分気に入ってるんだな」
「そりゃあな。野辺だって最近構ってやってるだろう」

以前食堂で沢北を呼んで以来、野辺たちも沢北を気にしてやっていると分かっていた。結局は切っ掛けが必要だったというだけだ。
いくら強豪校、日々地獄のような練習をしているといっても高校生だ。さらにそこに寮暮らしというのだから、仲が深まるのは早い。

「物怖じしないやつだし、構いたくなるタイプだよな」
「だろ?」
「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
「ははっ」

そりゃあ野辺が言った通りだ。親気分なのだから、沢北が可愛がられてるのは嬉しくなる。
気分が上がって、あれだけバスケ練をした後だというのにまた体を動かしたくなってきた。体力が無限にあるんじゃないかと内心で少々驚きつつ、野辺に顔を向ける。

「よし、俺たちもワンオンワンしようぜ」
「なんだ? 松本も沢北に影響されてるのか?」
「かもな。それで、行けそうか?」
「当然」

カゴに入っていたボールを手に取って、コートへ走り出す。次の練習開始までの時間はあと五分。今日も全力で駆け抜けて、悔いのない日々を過ごそう。

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bkm