- ナノ -

パンドラの箱・2
お小遣いは、親に持たされたものを一度寮に預ける。使うときは申請をして受け取って、それをやりくりしながら過ごすわけだ。一度に申請できる金額にも上限があって、前世ではおそらく成人していた俺からすると本当に微々たるものに感じてしまう。

「また申請しないとな……」
「へへ、ご馳走様ですっ」

楽しい練習の後は汗も清々しいものだ。自販機の向こう側に消えていく十円玉をみるとなんとなく憂鬱な気分になるが、それもビンが転がり出てくるまでの間だ。冷えたそれを手に取ると、心地よさに思わず頬に押しつける。

「あー気持ちいいな」
「松本さん! 俺には!」
「はいはい」

コロコロと小銭を転がして、光ったボタンをポチりと押す。大きな音をたてて出てきた瓶のコーラを渡してやれば、大喜びで手に取るのだから、惜敗をしたワンオンワンの悔しさも幾分か紛れると言うものだ。いい練習がイコール悔しさがないわけではない。
自分と同じように頬に瓶を当てて、眩しい笑みを浮かべる沢北に自販機に備え付けられていた栓抜きで瓶の蓋を開けながら声をかける。

「で、どうだ? 仲良くなれたか?」
「仲良く……深津さんたちのことですか? 別に、話すことないですもん。深津さんは何考えてるかわかんないし、河田さんは女子と話してるとなんか見てくるし……」
「ふっ、くく……ごほん」
「何笑ってんすかー」
「いや、すぐ仲良くなれそうだと思って」
「ええー?」

まだ少し警戒をしているようだが、どちらかというとどう接していいか分からないのだろう。バスケの実力は大人気なく叩きのめした時に痛感しただろうし、本当は話してみたいんだろうな、と思う。素直な子なのだ、試合中にキラキラとした目で彼らを見つめているのを何度も見た。
だが同時に、尻込みする気持ちもわかる。何せ片方はベシベシと謎の接尾語をつけて話すし、片方は大きな背丈と恰幅の良さがある。俺は普通だから、それと比べてしまうとどうしてもキャラが濃い。

「よし、今日の夕飯誘ってやるから一緒に食べようぜ」
「えっ、それって……」
「そう。深津たちと一緒に食ってるから、話してみたら意外と喋りやすいぞ」
「嘘だぁ」

寮暮らしの俺たちは、食堂も同じ場所だ。だがやはりそれぞれ学年ごとに別れて食べている事が多い。深津たちの他に野辺や一之倉もいるが、きっと彼らも嫌がらないだろう。むしろ、新進気鋭の一年生だ。気になっていただろうから渡りに船かもしれない。
むい、と下唇を出しながら俺の言葉を訝しむ沢北の顔が愛らしく、思わずその頭を掴んで撫でる。

「うわっ」
「後輩は先輩の言うこと聞いとけ! きっと良い風に転ぶさ」
「……いいですけど、松本さんだから聞くだけっすからね」

そうむくれた顔で返す沢北に、笑みだけを返した。松本さんだから、か。きっとそれに、深津が増えて、河田が増えて、野辺や一之倉も増えていく。これからもっとバスケが楽しくなっていくのだ。
沢北の頭から手を退けて、瓶の口を唇に当てる。頭を触る青年を眺めながら、冷えたコーラを流し込んだ。

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bkm