- ナノ -

#5
「木暮お疲れ様」
「マネじゃないか! 今までどこに行ってたんだよ。大変だったんだぞ」
「知ってるよ。だから労りにきたんじゃないか」

多くの観衆が見守っていた勝負は、大番狂わせが起き、桜木が赤木ごとスラムダンクを決めて桜木の勝利となった。
その後、バスケ部キャプテンが晴子の兄であるとようやく知った桜木が赤木に媚を売ろうとしたら時すでに遅し。散々馬鹿にされた赤木が桜木に拳をみまったりと騒ぎは続いた。そんな中、部活に来ない部員や騒ぎを聞きつけた先生がやってきてこのイベントは強制的に解散させられた。ちゃっかりとかけられた金を持って退散しようとしていた不良たちもいたが、間根山は抜け目なく勝ち金を回収し、少々懐が暖かかった。

「それで赤木は?」
「晴子ちゃんに回収されていったよ。今日は部活もなしだ」
「もう少しでインハイだっていうのに、練習時間が潰れちゃったね」
「はぁ、赤木はカンカンだよ。間根山は何か用事があったのか? いなかったみたいだけど」
「んーん。観戦してたよ。二人の勝負」
「何!? だったら止めてくれよ!」

木暮――バスケ部の副キャプテンであるメガネをかけた青年の抗議を笑ってスルーした間根山は壁に立てかけられていたモップを手にする。大量に人がやってきたので、それなりに砂や埃も舞い込んできた。部活時間がなくなった代わりに掃除をしていた二年に間根山が声を掛ける。

「今日は私たちが鍵の戸締まりするから、帰っていいよ! お疲れ!」
「え」
「いいんですか?」
「いいよー。今日は大変だったでしょ。しばらくは騒がしくなると思うから、帰ってゆっくりしてね」
「わ、わかりました! ありがとうございます、マネさん、木暮先輩!」
「マネちゃんでいいのになー」

伺う二年に軽く手を振って答え、着替えに体育館から去る三人を見送る。それに黙っていた木暮が口を出した。恨めしそうにちょっと歪んだ顔で。

「勝負も止めてくれないし、二年も勝手に帰らせるし」
「ふふ、そんな顔するなよー。掃除、私が全部やっておくよ」
「そんなことさせられるわけないだろ。それより、明日からどうするか一緒に考えてくれよ。実は、入部届に桜木花道っていうのがあったんだ。彼も桜木っていう苗字だっただろう? そんなわけないと思うけど、もしかして――」
「そうだよ。あの子、桜木花道って名前」
「なんだって!? って、まさか、今年の犠牲者が彼とか……」
「犠牲者っていうな! 違うよ、晴子ちゃんが見つけた逸材だよ。誘ったら入部してくれたって感じだと思うよ」
「お前がやったんじゃないのか?」
「だからそれやめてって……。あの子は純粋に晴子ちゃんへの恋心故に入ってくれたんだよ」
「バスケがしたいからってわけじゃない時点でなぁ……」
「珍しい、木暮が弱気だ。どうしたの一体」
「どうしたのって、そりゃああの勝負を見せられたらね」
「でも、逸材だったでしょ」
「……確かに、それは……」

喋りながらも手と足を動かし、汚れた床にモップをかけていく。輝きが取り戻されていく床を見るのが間根山は好きだった。だから掃除も好きで、別にマネージャーがする必要もない掃除にも混ざることがよくある。きれいになっていくものを見るのは、気分がよかった。それで仲間たちが気持ちよくバスケができるならなおさらだ。
言葉を止めた木暮をそのままにして、黙々とモップをかけていく。明日の部活練で必要なものを頭の中にピックアップしていって、買い出しが必要なものがないかを頭のメモに書き留める。ああ、桜木が来るから飲み物は多めに作らなきゃ――。
ふと顔を上げれば、体育館の隅にたどり着いていた間根山はそのままモップを振って、箒を取りに歩き出した。その最中、少し気難しそうな顔をしている木暮を見つけて、その背を叩く。

「木暮ってなんでバスケ始めたの?」
「……体力をつけたいから、だったよ」
「じゃあ平気だよ。桜木もすぐバスケを好きになってくれる。スポーツってそういうもんでしょ」

始めた動機が崇高であっても降らなくても、結局やっているうちに好きになってしまう。才能があればなおさらだ。そういうものなのだ、スポーツとは――バスケとは。
そうでしょ? と間根山が笑いかければ、ふ、と笑みをこぼし、木暮がそうだな、と頷いた。

「うん。いつもの副キャプテンだ。頑張って、明日からはもっと大変になるぞー」
「今日よりもか!?」
「そりゃあ部活中ずっと彼がいるんだから、そうでしょ」
「先が思いやられるな……。そもそも、赤木が桜木を認めるかどうか」
「それは……桜木くんのやる気に期待するしかないなぁ」

会話をしながらチリトリでゴミを片付け、そのままゴミを捨て、チリトリとモップを掃除用具入れへと戻す。
木暮も話をしながら掃除をし終えたようで、体育館の床には元来のテカリが戻っていた。
それを二人で眺めた後に、間根山が上で縛っていた髪留めを解いた。髪留めの後もついていない滑らかな髪が、サラリと肩を撫でる。

「髪、長くなったな」
「そうだね。えっと、中三の頃から切ってないから……三年ぐらいほっぽってる」
「切らないのか?」
「うーん、願掛けしてるから」
「願掛け?」
「そう。……湘北が全国制覇できるようにって」
「中三から切ってないんだろ? まだ湘北入ってないじゃないか」
「私には自分が湘北に入って赤木や木暮に出会って、全国制覇を目指すってところまで中三の時点で見えてたからね」

手を筒にして目に当てる間根山と、その筒の先にある瞳と視線がぶつかった木暮がカラカラと笑う。

「また未来人みたいなこと言ってる」
「ふふ。……それで、この時代の人間である木暮くんはこの後時間はある?」
「何かあるのか?」
「ちょっと臨時収入があってね。よかったら小腹を満たしに行かない?」
「だから二年を先に帰らせたのか……」
「流石にみんなの分を出すほど勝てなかったからさぁ」
「勝つ?」
「まぁ、それはいいから。じゃあどこ行こうか」
「俺はポテト食べたいかも」
「いいねぇ」

それぞれのバッグを持って、体育館の電気を消していく。
真っ暗になったアリーナが月の光を窓から浴びて、わずかに光っている。
それを眩しそうに見つめて、間根山は木暮と共に体育館の扉を閉めた。

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bkm