- ナノ -

#1
県立湘北高等学校のバスケットボール部にはマネージャーが二人存在する。
この春に二年になる、姉御肌なパーマが似合う美人マネージャーの彩子。そしてもう一人、今年で三年になる間根山だ。
共に入学当初からバスケ部のマネージャーとして入部し、一年先輩の間根山が彩子に教える形でマネージャー業を回していたが、一年も経てば、要領も良く中学でもバスケ部だった彩子は一人前となり、二人は共に湘北バスケ部を陰ながら支えていた。
しかし、湘北バスケ部は去年も一昨年もインターハイ予選敗退。実力としてはなぜマネージャーが二人もいるのかと思わざるを得ない状況であった。しかも彩子は誰からみても高嶺の花であったし、何より間根山という三年生は――とある異名がつくほどの人物だった。

「間根山さ――」
「マネちゃん」
「ま、マネちゃん」
「んー? 声が小さいなぁ」
「マネちゃん!」
「はーい」
「もー!」
「はいはい。六組までは、目を惹くような子はいなかったねぇ」

むぅ、と唇を尖らせながらも、晴子も首を上下に動かして同意を示す。
二人が探しているのはバスケ部に入ってくれそうな男子生徒だった。間根山がマネージャーとして所属している湘北バスケ部は、キャプテンの赤木剛憲が全国制覇という目標を掲げてはいるものの、弱小バスケ部である以前に三年がキャプテンの赤木と副キャプテンの木暮だけであり――もう一人存在するが、幽霊部員である――二年生も四人のみ。そもそも今年に部員が入らないと後進の育成という意味では存続が危ぶまれるような有様であった。
その状況をマネージャーの身として当然知っている間根山と、他ならぬキャプテン赤木剛憲の妹である晴子。二人はバスケ部存続のため、部を救う新入部員を探しているのだった。
しかし、二人は目当てのまだ見ぬ新入部員を見つけ出すことができていない。
残りのクラスも三クラス、となったところでちょうど七組から男子生徒が姿を表した。
身長は扉に届きそうなほど高い。タッパもあって運動も得意そうだ。そして何より――髪が赤い。

「……彼、どうかな」
「え?」
「ほら、七組から出てきたあの赤髪の子」
「ほんとだ。背も大きいし、体力もありそう!」

晴子が声を弾ませながら、声をかけましょ! と間根山の手をひく。
それにおとなしくついて行って、近づいていく赤髪を間根山は視界に収めた。両手をズボンのポケットに突っ込んで、前を蹴るようにする歩き方。肩で風を切る動きといい――完全に不良である。
それを全く意に介さず、というより不良などということは考えついていないのだろう。晴子は嬉々として彼に近づいていき――声がかけられる距離になったところで、間根山の背を押した。

「ほら、マネちゃん!」
「え!? なんで私?」
「だって、マネちゃんが見つけた人じゃないですか」
「何その早い者勝ちみたいな……。誘う先は一緒なんだから、晴子ちゃん言ってよ。可愛い子に誘われた方が彼も嬉しいでしょ」
「その理屈で言ったら私じゃないですよ……」
「ええー……もう。じゃあ声をかけるのは私やるから、その先は頼んだよ?」
「はい、一緒に誘いましょ!」

後ろでキャイキャイと盛り上がる二人に、しかし赤髪の青年は一切気付かず歩みを進める。
間根山はんん、と声の調子を整えて、さっと彼の後ろに近づくと先ほどよりも声色を高くして声をかけた。

「そこの赤髪の君、ちょっといいかな」

当然聞こえるであろう声を出したのに、しかし青年はピクリとも反応を示さずに――ブツブツと独り言を言っているようで、どうやら考え事をしているようだ――足を進める。
小さく眉を寄せた後に、息を吐いて、それからキリリと眉を引き締めた間根山は、もう一段階大きな声を出す。

「そこの君。バスケットは、お好きかな」

今度こそ届いた声は、目の前の青年の肩をピクリと振るわせ――勢いよく怒りに激った瞳を振り向かせた。
赤髪と同じように燃える瞳が、間根山を貫く――寸前に、パッと消火された。
赤髪の青年は、まるで時が止まったようにその場に立ち尽くす。間根山は相手を伺うように下から覗き込むが、やはり石像のように動かぬまま。
その光景を、付き合いの長いバスケ部の部員がもし目撃していたのであれば、頭を抱えてこう言ったであろう。

『間根山の異名の餌食になった』と。
県立湘北高等学校、バスケットボール部三年マネージャー間根山は『問答無用の初恋泥棒』として名高い人物であった。

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bkm