- ナノ -


グレイグが持ってきたワンピースを着たあの日から、グレイグから女性ものの服や装飾品を贈られることが何度かあった。
髪留めやネックレス。服は高いのか、あまり頻度は多くなかった。
グレイグは私が冗談で提案した時は嬉しげにしていたのに、いざ物を持ってくる時は緊張した面持ちで、若干言いづらそうに品を渡してくる。そんな顔をするなら渡さなければいいのに、と思うのだが身につけた後に拙い語彙力で褒めてくれるのでまぁいいか。という気分になってしまうのだった。
その遊びをしだした時は、当然女物のおしゃれに造詣のなかったグレイグは「これ買ってくるかぁ」という物を持ってきたりしていた。けれど、手伝い等で貯めたお金で買ってきてくれたわけなので、どうにか工夫して身につけてそれっぽく見せていた。しかし、グレイグも慣れていったのか、だんだんとそれらしい物を持ってくるようになった。

「段々センスが良くなってきてるじゃないか」
「……ホメロスに似合いそうだと思って」

そして褒め方も上手くなっていった。将来ジゴロになるんじゃないか、このグレイグ。
グレイグは数は多くないが、色々な物を買ってきた。たとえば口紅。

「この口紅新品か? 高かったんじゃないのか」
「そんなでもなかった、……そういうのは嫌?」

散々女物のあれこれを持ってきて今更何を遠慮しているのか、などと思いつつ、首を横にふる。
まさか化粧ができるなんて思いもしなかった。むしろ嬉しいぐらいだった。この色が似合うかどうかは置いておいて、似合わずともいい感じに化粧をしてやるという謎の使命感さえ生まれそうだ。
グレイグはホッとしたような顔をした後に、「じゃあつけてくれよ」と期待に瞳の奥を輝かせていて、よしきたと鏡を持って棚の後ろに身を隠した。

「――ほら、付けたぞ。どうだ、似合うか?」

口紅は大人向けの赤みの強いもので、子供の私がつけると浮いてしまうものだった。だから中心部分にだけ薄く色をつけて、少しだけ左右に伸ばして違和感のないようにした。やはり子供のお遊び感は拭えないが、子供の可愛さを強めるという意図としては上手く使えたのではないだろうか。
棚から姿を表すと、グレイグはパチクリと目を瞬かせた後に、口元をモゴモゴと動かして感想を告げた。

「に、似合う……肌が白いから、唇が目立ってて凄く、可愛い」

頬を少し染めながらいうのだから、嘘ではないのだろう。素直な物言いが胸にくる。上機嫌にならない方がおかしい。
思わず笑みを浮かべて、相手の喜びそうな案を伝えてみる。

「そうか? ならお前が前に買ってきた白のワンピースも来てやろうか」
「い、いいのか!?」
「こういうのは全身で合わせてなんぼだ。グレイグも覚えておけよ」

案の定食いついてきたグレイグに、内心で感謝までしたくなってくる。おしゃれは自分だけでしても楽しいが、やはり反応があるともっと喜ばしいものだ。こうしていると前世を思い出してつい笑みがこぼれてしまう。私の遊びに付き合わせてしまっている気がするが、グレイグも将来女の子とデートとかした時に役立つだろう。そう言うことにしておこう。「わ、分かった」と頷くグレイグに笑いかけて、ワンピースを着るためにまた棚の後ろへ戻った。

それから、買ってきたもので驚いたのはあれだろうか。

「……随分フリフリなの買ってきたな」
「ぐ、偶然売ってて」

まぁ、そうだろうなぁ。と言うスカートだった。
古着で購入したであろうそれは、フリルがふんだんに使われていた。白いヒラヒラのそれは「可愛い」の一言に尽きる。
ふわりと広がるフォルムに、少し揺れただけで可愛らしくフリフリと揺れるレース状のフリル。
可愛い子が来ていたら、可愛いに可愛いが掛け算されてまさに鬼に金棒だろう。が、しかし――流石に私は少年だしなぁ。
メイドたちにドレスを着るように願われてから、すでに数年が経過していた。あの頃だったらいざ知らず、成長し徐々に少年っぽさも見えてきたため、少しだけ躊躇が滲み出た。
チラリとグレイグを伺うと、こちらもどこか不安げに見つめてきていた。だがそれは「着てもらえるか」と言う類のもので、私の躊躇とは別だ。
自分では似合わないと思って着たいのに着られなかった服も、友人に勧められるとすんなり着れてしまうことがある。それと一緒とは言わないが、彼がわざわざ買ってきてくれたのだ。それに私はフリルも嫌いじゃない。ふりふりのスカートを受けとって棚の後ろへ足を運んだ。

なかなかフリルのスカートに合わせてもおかしくない服を考えていたら少々時間がかかってしまった。
グレイグがまだいるのを頭だけ出して確認して、ひょいと彼に全身を見せた。
すると、待ち時間が長かったせいか寄せられていた眉による眉間の皺が、ピン、と伸びた後に、顔全体が苦悶するようにクシャ、と歪んだ。それに、ダメだったか、と内心ガッカリする。

「――ッ、なんで」
「なんだ、やっぱり似合わないか? 頑張ったつもりなんだが」

自分としては、結構いい線いってると思ったんだけどな。なんて心のうちで囁いてため息を押しとどめる。
すると、グレイグは困惑しきったような顔に変化させて言った。

「ち、違う……凄く、似合ってる」

……うぅん、これはどっちだ? 本音だろうか。気遣いだったら流石に気まずいので、本当のことを聞きたいのだが。
心を決めて、人差し指を彼に突きつけて尋ねてみる。

「だったらさっきの『なんで』はなんだよ」
「……なんで、そんなかわいい服もホメロスは似合うんだって思って」

わずかな沈黙後、そう口にしたグレイグに驚いて動きが止まった。
指の先で、グレイグが下唇を噛んでじっとこっちを見つめている。互いに見つめあっていると、グレイグの顔が徐々に赤くなっていった。
……なんというか、ほんとモテそうだねグレイグ。

「ほら、これは回るとヒラヒラするから、そういうのが可愛いんだ」

沈黙に耐え切れず、そう口にしてくるりと回ってみせる。
可愛い服をくれて、嬉しいことを言ってくれたお礼だ。多分、嫌な顔はしないでくれるだろう。
フリルのスカートはまあるく広がり、フリルが蝶の羽のようにひらひらと踊る。うん、可愛い。
一回転してグレイグの様子を伺えば、雷にでも打たれたような顔をして、感嘆の色さえ浮かべて言った。

「ほ、ほんとだ……! 妖精みたいだ」

妖精。

「…………流石に照れるな」
「な、なんでだよ!」

なぜか噛みついてきた理不尽なグレイグに、しかし言い返す気力さえ浮かばなかった。

そうやって私とグレイグの密かな楽しみは互いに修行で別々の場所に行く十二の頃まで続いたのだった。

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bkm