- ナノ -

純白の麗人
女装した主にグレイグくんがハマっちゃう話

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甘やかな匂いが鼻腔を擽る。普段は触れることもないような柔らかな生地が素肌を辿る。
ベールから顔を出せば、わぁと喜悦の笑みを浮かべる女性たちに苦笑いがこぼれそうになった。どうにか押しとどめ、右手から袖を通していく。
薄い桃色の生地は、寝巻きでもきたことがないような色合いだ。布も厚さも繊細なほど薄く、普段着ているものと全く違うと実感できる。パタパタと服装と髪を整えて、目線をこれを持ってきたメイドたちへと向けた。

「かっわいい〜!!」
「さすがホメロスくんっ。似合いすぎ……!」
「目も大きくて肌も白いから本当に女の子みたいね!」

きゃあきゃあと黄色い声を上げる女性方に純粋に喜ばしく、小さく微笑む。するとまた黄色い声が大きくなってステップでも踏みたい気分になった。
私の性別は歴とした男だ。胸はないし男性器もある。年齢はまだ十歳であるが、騎士見習いの身なので脱ぐと意外と筋肉だってある。だがそれは服の下の話。そのもっと奥、私の心は元女性なのだ。
同一性障害とか、そういうのとは少し違う。私は男であることに何の疑問も持っていないし、男性器があることにも特に違和感はない。ただ、生まれる前に女だった記憶があるだけだ。いわゆる前世というものを覚えている。そこでは女として平凡ながら幸福な人生を歩んでいて、成人もしていたからオシャレにもお金をかけていたし、それらが嫌いじゃなかった。だからメイドたちに「ホメロスくん、お菓子をあげるから、ちょっと着て欲しいものがあるんだけど……」と言いながらそっと差し出された可愛らしい桃色のドレスに、不審者だ……などと思うことなく、二つ返事で承諾したのだ。
シャツの上から簡単に着るだけでいいから! と言われて、どうせなら下着になるぐらいするつもりだったが、そこまで自ら進んでするのもおかしく思われるだろうと言われるがままに上から着て見せた。そうしたらはしゃいで喜んでくれたのだから、こちらの口角も上がるというものだ。
男となった今生は、近世のヨーロッパのような時代のファンタジー世界に貴族として生まれた。ワクワクドキドキの人生イージーモードかと思ったがそうでもなく、父が亡くなり、一気に貧乏貴族へと転落する。その後は母が流行病にかかり、私は国の城へと引き取られた。それからは騎士見習いとして少年たちに混じり日々を過ごしていたわけだ。
当然、そうすると女性らしいものを見たり触れたりする機会は全くと言っていいほどない。それに対して不満はなかったが、時折目が向いてしまうのは事実だった。だから、今回のメイドたちの提案は嬉しかった。

「ね、ね! くるって回ってみて!」
「こうですか?」
「きゃー! 可愛い! あー売らないでいてよかったぁ!」

ドレスを持ってきてくれた女性が祈るように手を握って興奮に目を潤ませている。
彼女が小さい頃に親に買ってもらったものだったそうで、それなりの金額はしたらしいのだが布が傷んできてしまったから売却しようかと迷っていたらしい。そんな時、私を見つけて着てほしい! と雷が落ちたそうだ。着ますと言っているのにそう説得されて、そうなんですねぇ〜と相槌を打っていた昨日のこと。
彼女たちからのポーズの指定を実行し、その度に喜びの声を聞きながら女に戻ったような心地になる。
騎士になると誓っているから、男であることは都合がいい。だが、こうして面と向かって「可愛い」と言ってもらえて「可愛い」服を着られるのはやはり女性の特権だろう。もちろん男性が着衣することに何の問題もないが、やはり「可愛い」とか「綺麗」と言ってもらいやすいのは女性だ。

「あーん、本当に可愛い……」
「ありがとうね、ホメロスくん。最高だったわ」

時間にすると一時間ほどだろうか。さすがにポーズを取るのに疲れてきたところで、メイドたちが満足げな息を吐いた。どうやら観客たちは満足したらしい。私も散々可愛い可愛いと言われて大満足だ。男になってこの方、母にしか可愛いと言われてこなかった。その母とも離れ離れになって数年。そうしてもう二度と会えないことを考えると、こういう機会を与えてくれて感謝すらしている。
メイドの一人が、あっと声を出して手を合わせる。部屋からそそくさと出て行って、少ししてから手に袋を持って戻ってきた。

「これお礼のクッキーよ!」
「え、量が多くないですか?」
「ふふ。お友達と食べて。いつも一緒にいるわよね?」

受け取ったそれはずっしりと重く、一人では一日で食べきれない量だった。その疑問を口にすれば、帰ってきた言葉に目尻が緩む。さすがは城のメイドさん、よく見ていてくれている。
私には友達が一人いる。元々、前世の記憶があり周囲に馴染めていなかった私にようやくできた初めての友達だ。
菫色の髪をしていて、大きな目には翡翠の瞳が嵌め込まれている。笑顔が晴れやかで、年相応にいたずらっ子で年相応にデリカシーのない同い年の少年だ。出会った当初はギクシャクしていたものの、去年の冬に印象的な出来事と共に友達になったのだった。
彼も私ほどではないが甘いものが好きだ。きっと喜ぶだろう。
私はお礼に、とびきりの笑みを浮かべた。

「ありがとうございます!」
「――うわ」

――と、どこからか場に似合わない唖然とした声が聞こえた。
思わず漏れ出た、というふうなそれに目線が向く。その声を聞いたことがあった。むしろ、いつも隣で聞いている。

「――グレイグ」
「ほ、ホメロス……?」

通りの良いいつもの声色と違って、戸惑いに揺れるその声が私の名を呼ぶ。
グレイグ、私の友人で、同じ騎士見習いの少年。
薄く開いた扉を押し開けて私を凝視する瞳は困惑を色濃く映している。それに、まぁ、見られてしまったものは仕方がないだろう、と「クッキーもらったから着替えたら一緒に食べよう」と声をかけた。

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bkm