- ナノ -

水果12
ちゃんと受け取ってくれたかなぁ。ホウ徳さん。
ぼう、と背後の黒板を眺めながら思う。今日のお昼はオムライスにブロッコリー、それからウィンナーである。四角四面に入れられたそれらを、フォークで崩しながら口に運ぶ。うん、美味しい。文則さんは料理がうまい。というか、正確だ。レシピ通りにしっかり作るから失敗はあまりしないし−−逆にレシピが曖昧で、その曖昧に頭を悩ませて失敗をすることはあったが−−失敗したとしても、同じ過ちを犯さないので、着実に腕が上がっていっている。

「どうかなされたのですか、生江さん」
「あ、いや……なんでもないですよ、 蔡文姫さん」
「そうでしょうか。心ここにあらず、と言った様子でしたが……」

背後の黒板との間に、美しい少女が目に入る。机を向かい合わせにし、共に昼食をとっていた蔡文姫さんだった。
心配してくれる彼女に、再度「大丈夫ですよ」と声をかける。心配げな表情はそのままだったが、追及はそれ以上行われなかった。
品を持っていった文則さんとホウ徳さんのことに気がとられてしまっていたらしい。ホウ徳さんと話した感じ、彼も「じゃあありがたく」という性格ではなさそうだったので、文で色々書いてみたが、ちゃんと受け取ってくれているか不安だった。文則さんも口がうまいわけではないし、だからと言ってせっかく文則さんと共に購入した桃が戻ってきてしまうのも意味がない。そういうわけで、頭の中でモヤモヤとしていたのだが−−ダメだな。このことは今は置いておこう。考えても仕方がないことである。

「生江さん」
「あ、はい」
「眉間に皺が寄っていますよ」
「えっ」

ハッとして眉間に手をやると、確かに刻まれた皺。慌てて顔を戻すと、優しく微笑まれてしまい、なんとも言えなくなる。

「悩み事があれば、相談してくださいね。生江さんにはたくさんお世話になっていますから」
「……ありがとうございます。でも今日の夜には解決しているはずなので、解決していなかったら、相談させてもらうかもしれません」
「はい、お待ちしておりますね」

まるで、彼女の周りだけ時間がゆっくりと進んでいるかのようだ。もしくは、彼女の周りだけ花弁が散っているような。
麗しいということだけではなく、彼女のその穏やかな性格ゆえだろう。調子が狂う気になるが、彼女は私の大事な友人だった。
前世でも、何度か顔を合わせたことがある。私には詩歌の才はないため、子細を語ることはできないが、彼女の詩は素人が聞いても美しく、聞き入るものだった。詩を語ることが趣味な彼女に、付き合ったこともある。気づけば日が暮れる時間は、とても良いものだった。ただ、他の将たちはその長さに逃げたしていたようだが−−まぁ、気持ちはわからないでもない。が、それ以上に聞き応えのあるものだった。
そんな彼女は、前世を思わせる文芸部に所属している。入部の際に誘われたが、私は家で家事があるため断った。残念がっていたものの、部で作成した冊子や、作成した詩などを送ってくれるので私はそれを楽しみにしていたりする。
以前は友人などという立場ではなかったが、この平和な世で、年を同じくし、同じ性別という奇跡が起こったのだから、友人であってもいいではないかと思う。

「次は移動教室ですよ、 蔡文姫さん」
「そうでしたね。準備して行きましょう」

昼食を終え、次の授業のために準備を始める。
蔡文姫さんを待ち、人がまばらになった教室を出る。別に遅刻という時間ではないが、少し早足の方がいいかもしれない。
そう思って、 蔡文姫さんに声をかけて足を早め、そのまま角を曲がった−−ところで、壁とぶつかった。

「ッ!?」
「むっ、すまない、平気だろうか?」
「生江さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。す、すみません。平気です」

前方不注意だった。角を曲がった瞬間に、誰かとぶつかったらしい。
私の今生では、あまり背の高い方ではない。むしろ低いと言っていいだろう。背丈の伸びはまだ滞っていないので、まだ希望はあるだろうが−−そんなわけなので、ぶつかったのがこちらだとしてもダメージを受けるのは相手ではない。
倒れることは避けられたが、弾かれるように一歩後ろへ後退してしまった。かけられる心配の声にすぐに声を返し、ぶつかってしまった相手を見上げる。

「……孫権殿」
「ん?」
「あ、いえ! ぶつかってしまってすみません。前を見ずに角を曲がってしまって」
「ああ、いや。私も注意を怠っていた。鼻が赤いが、大丈夫だろうか?」
「これぐらい平気です。すぐに治ります。心配してくださってありがとうございます。お手間をおかけして申し訳ありません」
「い、いや、そこまで謝らなくても大丈夫だ」

そこにいたのは赤毛の青年−−孫権殿、ではなく、学生の孫権さんだった。
まさかよりにもよって彼にぶつかってしまうとは……。いや、誰にだってぶつかってはならないのだが、なんというか、姿形が孫権殿にそっくりな彼に無礼をしてしまったと思うと、なんかこう、結構な勢いで謝りたくなってしまう。と、自重したつもりだったのだが、それでも謝罪の勢いを言及され、またすみませんと口が動いてしまった。ちょ、これ癖かな私。元日本人だからかしら。関係ないか。
しかし、思わず漏らした彼の名は聞き取られなかったようだ。一安心だ。

「生江さん、そろそろ……」
「あ、そうでした……。あの、では私はこれで」
「ああ」

そうだ。時間が迫っているから早足にしようとしたというのに、すっかりそのことが頭から抜けていた。
蔡文姫さんに感謝しつつ、孫権さんに軽く頭を下げる。彼も鷹揚に頷いてくれ、それを視界に収めて歩き出した。
少し歩き、ふと後ろを振り返る。そこには当然彼の姿はなく、首を元の位置へと戻した。

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