- ナノ -

前知識プリーズ!B
本気で、前知識下さい。
憑依した体が罪を犯した犯人のもので、しかも事は終わっていないし、その事は世界滅亡だなんて、笑えないにも程がある。
前知識があれば、まだその“事”とやらを回避する方法を探せたというのに……ああ、世界はなんて世知辛いのだろうか。
その世界というのが今まさになくなろうとしているわけですが。

「……私は、そんなことを」
「ああ、全部アンタがやった。その前にも自分の立場を利用して民を痛めつけた」
「青年。もういいでしょ。この人は記憶を失ってる。そんなこと行き成り言われたって理解できるわけないでしょ」
「どうだかな」

青年は踵を返して歩を進めてしまう。
レイヴンさんは私を庇ってくれたが、確かに彼の言うとおりだ。アレクセイという人物は記憶喪失で己のことが一切分からない。そんな人物にあてつけのようにそんなことを言っても、意味がない。混乱するだけだ。

……だというのに、私のこの感覚はなんなのだろう。
それを素直に受け入れている、この感じ。憑依だと思うなら、彼の台詞に血が上っていてもいいかもしれないというのに。
レイヴンさんが言ってくれた言葉さえも、違うと否定してしまいそうになる。庇われる必要はないのではないかと自嘲さえ起こる。

記憶喪失。
二人が言ったその単語が引っかかった。

私は、憑依のはずだ。
だって、記憶がまるでない。何も、幸福だった記憶しか、持ちえていない、はずだ。


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bkm