- ナノ -

水果5
二度あることは三度ある。しかし信じてもおらぬ神に祈ったことは叶ったようだった。
時は二十一世紀。私は一介の女子として生まれた。はい、戻ってまいりました。まさしく現代に。
車もパソコンもスマホもある世界。見知った世界に、死ぬ前に見る願望の夢なのかと思ったが、数年も経つと流石に理解した。
地は中華。金に困るわけでもない平穏な家に生まれ、平和に日々を生きている。
しかし、驚くべきこともあった。私の母は于浩然という女性で、于家の長女だ。その苗字を知った時は驚いた。前世と同じ、そんな偶然があるものなのだと。
そして赤子として過ごすこと少し、我が家に母の弟という人物が訪ねてきた。そして私は驚きのあまり息を止めて、母とその人物に大いに心配されることとなる。
その人物は−−前世の私にそっくりだった。まるで生写し。
もちろん、死ぬ前よりもだいぶ若かった。まだ年若い彼はしかし、どう見ても私だったのだ。
おそらく、なのだが−−私はかつての于家の子孫として生まれてしまったらしい。なんたることだ。
こんなことが本当に起こるのか。と呆然としつつも、なんやかんやと母の弟−−于文則との交流も続いた。
というか名前も名は字だがそのまんまではないか。大丈夫か? その名前晩成を汚した男と同じだぞ。縁起が悪いぞいいのか。え? あの時代を記した三国志や三国志演義は有名でも、于禁という存在はそこまで有名でない……寧ろモブキャラ……あ、はい。なるほど、理解しました。

そうして生きて、いつの間にか学生となっていた。
中学を卒業し、高校へと進学する際に私の成績を考慮し、地元を離れ都会の進学校へ行かないかという話が出た。
正直、私はどちらでも良かった。だがその話を伝えたところ、両親と于文則さんが応援してくれたため、そちらに決めたのだ。
于文則さんは赤子の頃にあった時から順調にキャリアを積み、今では大手企業の部長をしているらしい。そんな彼は、何かの節目に必ず顔を見せにきてくれる。母は「初めての姪っ子が可愛いのよ」と言っていたが、実は私も同じ気分だった。私の方が小さくずいぶん年下だが、精神年齢はそうではない。
だから、彼がどうにも弟のように思えて仕方がないのだ。私の様子に一喜一憂し、戸惑い、しかし笑みを向けようとする姿に家族と同じ慈しみを持った。
そんな彼にも当然、進学校へ決めたことは報告した。その際に、住む場所はどうするのかと聞かれ、一人暮らしをすると説明した。マンモス高であるその高校は、独自でアパートも所持しており、学生寮というわけではないが生徒たちに貸し出している。そこに住もうと計画していた。
だが、それに文則さんが待ったをかけた。中学を卒業したばかりの女子が、都内で一人暮らしなど言語道断だ、と。
これには困った。進学校は家から通うには遠すぎる、文則さん曰く、もっとセキュリティがしっかりしている場所ならばいい、と言っていたが、ただの学生にそんなアパートが借りられるわけがない。困ってしまい、母に相談したところ「じゃあ、文則のところに住ませて貰えばいいじゃない」とあっけらかんと言われた。
もちろん父は反対した。いくら叔父だとはいえ、異性の家だぞ、と。そして文則さんも反対した。いくら叔父とはいえ、男の家なのだぞ、と。まぁほぼ同じ意見だ。
だが、言い出した母も、私も、案外いい案なのではないか、と思っていた。
懐に痛い家賃は必要がないし、あのお堅い文則さんのことだ、もしものことなんて天変地異が起こったとてありえない。何度か遊びに行かせていただいているため、アパートが広く、そして使われていない部屋が一つあるのも知っている。そしてセキュリティもしっかりとしていて、さらに学校からも遠くない。
と言っても、文則さんに否定されて仕舞えばそれで終わりだ。そもそも、彼もプライベートがある。姪だとしても家に住まわせるのは異性云々の前にいやだろう。

「とりあえず、絶対にダメだ。お父さんは許さないからな!」
『ええ、当然です。別の場所を探していただきましょう』

スマホ越しに文則さんの声が聞こえる。スピーカーに切り替えられており、厳しい声が電子音に変換され、彼の声に近しくされて発せられる。
母が、お茶を啜った後に、はぁとため息をこぼした。

「でも、セキュリティが心配って言ったのは文則でしょ。別のところを探すったって、出せるお金には限度があるのよ」
『なら私がその分受け持とう』
「いや、大丈夫ですよ。アパートは学校が所有しているものですし、何も問題ありませんって」

アパートに転がり込む、というのも大概だが金を援助させる、というのも大概だ。

「そうだよねぇ。けど、お母さんもちょっと心配かも」
「え? そんなこと前は−−」
「だって生徒たちがたくさんいるアパートでしょ? 性別は当然分けられてないんだろうし、生江ちゃんが襲われちゃったら、お母さんどうしよう」
『なっ』
「ちょ、お母さん何言ってるの?」
「はぁーお母さん泣いちゃうなぁ。久しぶりに帰ってきた生江が、できちゃったから学校退学します、なんて言い出したら」

いやありえんだろ。セキュリティに難があると言っても、そう言っているのは文則さんだけだし、駐在の管理者もいる。
そりゃあアパートで男女に区切りがあるわけではないが、防犯上、女生徒は上の階層へ配置されるのが通常だとも聞いた。そしてそれらは当然、母も知っているはずなのに。

「生江が、そ、そんなことになるわけないだろ」

いいぞもっといってくれお父さん。けどなんで声が震えてるんですか?
っていうかこの話題、中学卒業間近の女子の前でする話かな。まぁ私が子供っぽさが皆無なのが悪いとは思うんですけど。

「じゃあお父さんはいいの? そんな生江が連れてきた相手を、夫って認められる?」
「み、認められるわけがないだろ!!」
「あーあ、でもこれ以上出せるお金もないし、生江も文則にお金出してもらうなんて嫌でしょ?」
『な、なぜだ! 私が出せば全て解決するだろう!』

男二人の震えた声が聞こえる。もっとしっかりしてくれ。
けれど、母の思惑もわかった。こういう利用の仕方はどうかと思うが、交わした視線に確かに子への心配が見て取れて、内心ため息をついて流れに乗ることとした。

「何もしていないのにお金を借りるのは、さすがに気が咎めますし、学業に集中できないので遠慮させてください」
『生江、しかし……!』
「……これは私のわがままになりますが、私は文則さんのことを信頼しています。家族だと、思わせてもらっています。だから、一緒に住むのに全く忌避はありませんし、寧ろ少し楽しそうだなと。家事もある程度ならできますし、文則さんの負担を減らす代わりに、一緒に住まわせてもらえたら嬉しいなって、思っちゃいます」

最後は、あはは。と笑って少し誤魔化した。
コホン、と笑いを咳で収めて、最後に一言。

「それに、私が危ない目にあっても、文則さんが近くにいてくれたら、心強いです」

チラ。と父を見遣る。父の顔は渋かったが、何も言わなかった。
電話越しからも、しばらく声は聞こえなかった。しかし、たっぷり数十秒後に、音が発せられる。

『そこまでいうなら、承知した。卒業までの三年間、私が責任を持って面倒を見よう』

重々しく、まるで刑の執行を命じるかのような声色に、もしかして私も前世はこんな感じだったのだろうか。となんとなしに思った。

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bkm