- ナノ -

水果2
使用人には話を通してある。
部屋に案内し、すでに用意してあった酒と食事を確認する。うん、いいんじゃなかろうか。
部屋に入ったホウ徳は、状況が飲み込めないような表情をしている。あれ、邸宅で飲むって話したよね、なんでまだそんなに驚いてるんだ……?
疑問に思いつつ、椅子に座るように促す。ホウ徳はピクリと肩を揺らした後に、のっそりと動き出した。遅いな……。
しかし、ホウ徳の好みがわからずとりあえず美味くて強い酒と、適当な食事を用意してしまった。
餃子や肉、野菜、果物を取り揃えてみたが、口に会うといいんだが。

「訓練時はすまなかったな」
「は、はぁ」
「お前が寝首をかくとは思っていない。だが、私は常に曹操殿に、この国に仇なすものがいないか警戒せねばならぬ」
「それは、わかっております。が……なら、なぜ」
「なぜ?」
「……なぜ、このような扱いを、某に?」

皮の剥かれていない桃を手に取る。よく熟しており、いい味がしそうだ。
果物の柔らかな感触を覚えながら、困惑した声の主へ振り返る。驚いていたというよりも、警戒していたのかもしれない。
けれど、なんと言っていいのやら。私も少し困ってしまって、苦い笑いを浮かべながらいう。

「信じられないだろうが。私自身はお前を悪く思っていない」
「……」
「酒盛りの僅かな時ならば、お前の労を労ってもいいだろうと思うが、どうだ」
「……良い、かと」
「そうか。なら居心地はいいか分からんが、好きに過ごせ。ああ、お前の口に合うものが分からなかったから、いくつか用意してみたが……桃はどうだ。嫌いな者は少ないだろう?」
「……はい。好ましい、果実です」

その答えに満足して目元が緩む。締まりのない顔をしていそうで、顔を元に戻した。気を緩みすぎてもいけない。無礼講と言っても、私は将軍なのだから。
ようやく近づいてきたホウ徳を椅子へと誘導し、酒を振る舞う。
互いにそれほど喋るわけではない−−いや、私は内心結構喋っているが、それを表に出すほど馬鹿ではないので喋れないだけだが−−ため、室内では静かに時が過ぎていく。しかし、それは不快なものではない。最初こそ動きの鈍かったホウ徳だが少し時間が経てば、酒盛りを純粋に楽しみ始めていたのは雰囲気でわかった。

「また」
「また?」
「はい、また、某と酒を酌み交わしてくれませぬか」

そうして、時間も過ぎていった頃。唐突に彼がそう口にした。
そんなの、願ったり叶ったりなのだが、むしろホウ徳はいいのだろうか。一応、こちらとしてはもてなしているつもりではあるが、気難しい上司との酒盛りって、正直二十一世紀の感覚だと苦痛以外の何者でもないと思うんだが。
しかし−−当然嘘をついているようには見えない。

「ああ……許可する」

許可するってなんだ。と思いながらも、口角が上がる。次、次があるのか。
楽しみだなぁ。
こんな世で、生死がとても近い場所にある時代で、こうして未来の喜びを考えることができる。
とても幸せなことだ。そうしてその先、曹操殿が形作る、戦のない中華がある。

「この世は命があまりにも軽い」
「……命、ですか」
「ああ。……我らの命も、同様だ。明日、どこかの戦場で、散るやも知れぬ命だ」
「覚悟はしております」
「私もだ。だからこそ……死するならば、誇り高く死んでゆきたいものだ」

理想を見据えてやってきた。理想を見つめる夢を与えてもらった。生きたいと願う当然の権利が与えられた。
だからこそ、私や彼が戦場で散るのは当然の循環の一つだろう。その中で、生きたいという思考で逃げる兵や将たちも。
死にたくはない。生きていたい。苦痛も、憎悪も胸に抱えたくはない。
だが、それらを切り捨てられるほど、私は殿に、この国に希望をもらった。
だから、死ぬときは。これらのために、命を張りたい。なんて、前世で戦ったこともない奴が言うのは、軽すぎる言葉だが。
瞼を閉じ、掠れた頭でそんなことを考えて、一人小さく笑った。


泊まっても良いと言ったが、邸宅に帰ると言ったホウ徳を見送り、私は一人で反省会をしていた。
いや、酒に弱いのに少し飲み過ぎた。いらんことを言った気がするが、あまり頭で考えていなかったものあって、これといってヤバい発言を覚えていない。
口にしていなければいいが、ただ忘れているだけなら最悪だ。
頭を抱えて、ため息をつく。せっかく仲良くしてくれている部下なのに……。
しかし、こう悔やんでいても仕方がない。起きた出来事は変えられないのだ。
もう一度深いため息をついて、頭を切り替える。
明日には、また職務が待っているのだ。魏の将軍、于文則。規律を厳しく守り、破ったものには処断を行う。
味方に恐れられ、そして敵にも恐れられる。
そう、それでいいのだ。
もし、本当にホウ徳へ無礼なことをしていたとしたら、平和になった世で謝罪を口にすればいい。
それに、彼の気が変わらなければまた酒盛りをする機会もあるはずだ。それを、不安に思いながら楽しみにしていよう。

ただ−−それは結局、果たされることはなかったのだが。

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