- ナノ -

水果
説明
・于禁成り代わり
・平和に生きたい主が頑張ってる
・転生順:一般女性→于禁→一般女子
・傾向はホウ徳、于禁(現代)、曹操、孫権になっていくかもしれない?
・にわか知識で書いてます。正史を入れているところもあります。



戦乱の世に生まれなくて本当によかったなぁ、と心底思った。
その思った場所は二十一世紀から千年以上前、中華の中に建国された魏という国であり、私の職業は兵士と共に戦場に身を投じる将軍というものであった。
ああ、そうだな。齟齬が生じている。現実は戦乱の世であり、敵国同士は睨み合いを続けており、どの国も中華を統一せんと、敵を屠らんと意気込んでいる。
だが、私の思いは間違っていない。何せ、戦乱の世に生まれなくて本当によかった。というのは前世の自分へ向けての言葉なのだから。
今の世は確かに戦乱だ。だが、私の前世はそうではなかった。
名を于文則。魏で将軍として生きている自分は、前世を鮮明に記憶していた。その世では私は平凡な女性であり、日々を平和に生きていた。戦乱とも遠く、時折テレビから流れてくる遠くの出来事を眺めるような人生だった。その人生が少しの不幸で終わりを告げ、そして新しく始まったのがこの人生であった。
いやぁ、嘘でしょ……と当初は思った。
自我を取り戻し、現実を見つめ、そして頭を抱えた。何せ私はただの平和ボケした女だったわけだ。それが千年以上前の世界に生まれ、そして情勢は荒れ始めており、わずかな前世の知識でこれから混沌の中に落ちていく歴史だけを知っていた。
正直海を渡って日本に逃げたしたかったが、あまりにも現実味のない願望で即諦めた。
それから、役に立つようなたたないような知識を持って、どうにか拙くこの人生を戸惑いながら、躓きながら歩んできた。
そして今はどんな巡り合わせか魏という国の将軍として生きている。
人の命が軽いこの世で、さまざまな出会いと別れを経験してきた。だが、私はきっと運が良かったのだろう。
曹操殿という国を統治し、平穏の世を開拓するという途方もない野望を実現できるだろうお方と出会い、彼に命を捧げる決意が持てた。
彼を取り巻く人々も粒揃い、頑強で誠実で、一心に先を見据えていた。その中にいれば、私はしっかりと自分の足で生きていけると理解できたのだ。
まぁ、そんなわけで私の人生も三十を過ぎた頃、ああ言ったことを思ったのだ。
きっと、これが初めての人生であったなら、私はこんなことを死ぬまで思えなかっただろう。路頭の石のように見向きもされず、虫のように息だえて、そして世を、人を呪って死んだに違いない。そうならなかったのは、一重に周囲の人々と、そして一度目の人生があったためだろう。
残念ながらこの時代の知識はあまりなかった。ただ三国が鎬をけずるのだ、というぐらいだ。それから、この時代をモチーフにしたゲームがあったな、ぐらい。その詳しい内容も知らず、だが出会う人々はそのゲームの表紙や何かでチラリとみた人々であったのには驚いた。
どこか人離れしていて、人ならざる力があるようで、しかし皆人間として生きている。知っているようで、何も知らないこの世界で、私が正気を保てていたのは一度目の人生で自我をしっかりと作れていたからだろう。苦しい境遇に心折れかけたとしても、現実逃避をしたり、気を逸らし事態の打開に動くことができた。
自分でも若干情けないような気持ちだが、生きるにはそういうのが大事なのだ。血生臭く、世知辛い現実なら尚更だ。

今でも心から、一度目の人生を恋しく思う。戻りたいと強く思う。だが、この世で生きていく覚悟は決まっていた。
私は軍を率いるものとして、日々兵士たちを厳しく取り締まり、規範を厳密に守っている。正直、平々凡々に生きてきた我が身としては、もうあり得ない。意味がわからない。もっと優しくしてやれよ、この人ら命かけてんだぞおい。っていうか人に厳しくするの向いてないから正直やめたい−−というのが本音だ。というか心からの叫びだ。
が、しかし。文字通り彼らはこの国を守っているのだ。ひいてはその民を、そして他でもない曹操殿を。
そう考えれば、私は前世のような生半可な気持ちでことにあたってはいけない。そうしたら死ぬのだ。羽虫のように、あっという間に。兵士の彼らもそうだ。
だから、私は自分を三尖刀で叩き潰して、味方からも恐れられる指揮官として振る舞っている。いや、正直味方からも怖がられるとか悲しさしかないけど、しょうがないんだわこれは。叩かれる陰口に内心で泣きたくなった夜もあったが−−私が姿を見せた瞬間絶望したような顔になったものたちの様子も含めて−−それでも私は頑張っている。
これも、曹操殿が中華を統一なされるまでの我慢だ。そうしたら、私は将軍職なんていう物騒なものを引退して、田舎でのんびり暮らすんだ。
そんな夢を胸に抱きながら、今日も戦乱の日々を生き延びる。
ああ、でも−−どうか、次に生まれることがあったらなら、平穏な世に生まれさせてください。神様。


「于禁殿」
「ホウ徳か。何ようだ」

城を歩いていれば背後から声をかけられ、その声に誰だかすぐに理解する。
振り向いてみると、やはり想像通りの顔があり、用を問うた。
彼の名はホウ徳。少し前に魏へ投降してきた男であり、曹操殿が気に入っているほどの腕を持つ人物だ。
確か、涼州出身であったはずだ。背丈の十分に高い私よりも背が頭一つほど高く、体格も立派な武人というものを全身で表したような姿だった。
と、いろいろ言ったが、実は私は曹操殿と同じく彼を気に入っている。さまざまなことをお考えの曹操殿と同じく、と言ってしまうと恐れ多いが、悪く思っていないことは確かだ。一応、彼は敗将ということになり、常ならば警戒されて然るべき−−その勇猛な戦歴も考えるとさらに−−というところなのだが。

「お暇であれば、訓練に付き合っていただきたく」
「私に相手をしろと?」
「はい。于禁殿が宜しければ」

これだ。
これ!! これなんですよ!!
そう、この男は味方にさえも恐れられてろくに声をかけられない私に!! こうやって!! 声をかけてくれるわけなんですわ!!
くーーッ、私こうやって気軽に声をかけてくれる同僚が欲しかったんですよ!!
いや、実際に全くいないというわけではない。戦を共にした将軍たちは顔を合わせれば声をかけてくれるし、酒にも誘ってくれることもある。だが、古くから曹操殿と共にいた将軍たちには己の自重であまり距離を詰められず、同じような地位の将軍たちはそれぞれに交友関係もあり、何より各々の仕事に忙しく、遠くの戦場へ行っていることもある。
けれど、ホウ徳は少し前に加わったばかりの将だ。そして実質私の部下のような立ち位置にいる。
あーどうせ今回も距離縮まらんのだろうな。と思っていたら−−私は下のものにはことごとく恐れられるので−−彼は己の意志でしっかりと会話をしようとしてくれたのだ!
う、嬉しい! めちゃくちゃ嬉しい! −−ということで、私は彼を気に入っている。完全な私情。なので表には一切出していないが。
表には一才出していない。ということは、逆に私は「降将である彼を見定める」立場で接しなければならないわけである。なので、基本的に私から彼への対応は厳しく冷たいものになる。なんだこのドMみたいな所業。普通に悲しい。
だがしかし! それでも彼は諦めずに食いついてきてくれる。な、なんて健気なんだ! いや、そういうわけじゃないとは思うが。
そういうわけで、私は仕方がない。みたいな顔をして、渋々OKをするなんていう馬鹿げた演技をして承諾するわけだ。一回ちゃんと謝りたいなこれ。

「ならば、貴様の実力を私が推測ってやろう。技量が衰えていたならば、研鑽を怠ったとして処罰対象だ」
「承知致した」

現代なら普通にパワハラの発言をかましても、彼は顔色を変えずに頷く。
いやぁ、もうこの誠実さ、見定める演技ももういいんじゃね? とそろそろ思う。
どうしよう。ちょっと訓練後、酒盛りにでも誘ってみようかな。へへ。−−まぁ、絶対にしないと思うけど。


訓練場での激しい撃ち合い。そしてわかったのは、彼の腕が全くもって落ちておらず、むしろ洗練されているという事実だった。恐るべし、ホウ徳。

「如何でございましょう」
「……悪くはない。これからも研鑽に励め」
「承知致した」

くーーッ、いい返事だ。
満足し、三尖頭の構を解く。今日はいい日だった。やはり、戦乱の世にもこういった心休まる日というのは大事である。正直いつなんどきでもそうあって欲しいが。
ホウ徳との訓練は終わりを告げた。ならここに長らくいても仕方がない。本当ならば、中身のない世間話でもしたいが、そう言っていられないのが私の規律を守る方針だ。
誰よりも厳しいからこそ、自身に対しても厳しくならねばならない。あと、いうて別にホウ徳も愛想のない恐怖政治上司と必要以上に一緒にいたくないだろう。
内心涙を堪えて去ろうとすれば、背後から二度目の声がかかる。

「于禁殿」
「……なんだ」
「お時間がれば、この後、酒を共に飲みませぬか」

−−なん、だと?
空耳、か? いや、違う違う。流石にまだ耳は遠くなっていない。
ということは−−やはり、彼が言ったのか。私と酒盛りがしたい、などと。
な、何それ−−めっちゃ、嬉しいんだが……!!
嬉しい。嬉しい、けども……!! でも私は味方さえも恐る将軍なんですわ……! そんな……降りたての降将と……酒盛りなんて……!

「酔わせた隙に首を取るつもりか?」

葛藤する頭の中で、しかし何か言わねばと開かれた口からはそんな憎まれ口が飛び出す。おい、タチの悪い御局様か私は!
と、その言葉に常に固い表情を崩さぬホウ徳の目元がわずかに痙攣した。
あ、これはほんとにダメなこと言ったな私。

「そんなわけは」
「いいだろう」
「……よい、とは」
「その提案、受けよう。場所は決まっているのか」
「いえ、あまり酒場には詳しくなく……これから決めようかと」
「なら、夜に西の門へ来い」
「西の門、ですか」
「そうだ」

そう言ってホウ徳を見つめれば、数秒後に承諾の言葉を口にする。口を噤んだ数秒は、困惑などの葛藤だろう。
悪いことしたなぁ、と思いつつそのまま踵を返しその場を去った。


日も暮れた夜。平服に着替え、私は都の西の門で彼を待っていた。
人工的な光のない、火による光源だけが広がる店々が広がる街中で、空を見上げる。
空には星々が瞬いており、下界の光に全く邪魔されずに空を占領している。美しい光景に、やはりここが遠い過去であるのだと再度理解した。
得難い経験も、尊い使命もこの人生で得たものだった。だが、それでも戦のない世というのは、誰もが追い求めるように、とても魅力的で、抗い難い。

「于禁殿」
「……来たか」
「待たせてしまい、申し訳ござらん」
「詳細な時間を指定していなかったのはこちらだ。ではいくぞ」

やってきたホウ徳は珍しく平服だった。というか初めて見る。
やはり鎧で身を固めているよりも随分と威圧感が少なく思える。私はこちらの方がいい。だって大の男が鎧を着ていたら怖いやん。私という存在も当然怖いですけどね。
彼の謝罪を聞き流し、そのまま歩み始める。困惑の色をわずかに浮かべながら後ろについてくるホウ徳を足音で確認しつつ、周囲の目を気にしながら歩を進めた。一応、兵や同僚にバレないための集合場所なんで。
そのまま数十分歩き−−ようやく目当ての場所へと辿り着いた。
そこは、将軍用に用意された邸宅の一つ−−この地の私の邸宅だった。
門をくぐり、そのまま邸宅内に入ろうとしたところで、声がかかった。

「う、于禁殿」
「なんだ。入らんのか」
「いえ……しかし、ここは」
「私の邸だ」
「なぜ……」
「私は外で飲むのは得意ではない。気が休まらぬなら、場所を変えるが」
「い、いえ。于禁殿が良いのであれば」

その反応。よくわかる。普通そこまで仲の良いわけでもない相手との酒盛りに邸宅は選ばないわな。
しかし、正直私は酒に強い方ではない。外で飲んで醜態を晒すわけにはいかないし、何よりもてなすならば邸宅がいいに決まっている。

「なら、入ってくれ」

そう言って目を向けると、ホウ徳は呆然としたようにこちらを見つめていた。

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bkm