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腐った貂蝉成り代わり(359)
華は、いつか散る。
何事も、いつか美麗さは失われ、その後の更なる美しい芽吹きのために儚く散ってしまうのだ。
でも、どうして彼は――いいや、彼らは一向に散らないのだろう。

鍛錬、といっても、一方的に兵や将軍たちを蹴散らしている我が夫を見る。
私は彼の妾で、おそらく正妻よりも深く深く愛されている。
しかしそれは仕方が無いことで、なんといっても私は彼に惚れられるために、愛されるためだけにこの身を捧げてきたのだから。
それが失敗していたら、私の身は既に破滅していただろう。
だが、だからこそ今私はここで彼の寵愛を受けている。

君主の女ともなれば、多少の武も持ち合わさなければならない。
これはただの私の持論で、普通女人は戦場に出たりしない。城で兵たちの帰りを待つか、さっさと逃げているのが定石である。
しかし、私はこれでは破滅か寵愛かの道を歩んだ一人。生半可な覚悟ではいられない。
いざとなれば、相手の胎を掻き切ったり、いざとなれば、床の場で羽交い絞めにしたり、いざとなれば情報を聞き出すために拷問を、いざとなれば敵中から逃亡しなくてはならない。
ならば、武を身に着けることも一つの役目。
それの言い訳としてあるのが、君主の女は強くあれ。
時折鋭い眼光をしている人間から、聞かれることがあるのだ。そういうときに重宝している。

だからこそ、一般の女人より、行ってしまえば一般兵より武力はあるだろう自覚はある私だが、それでも夫に稽古をつけてもらう気にはなれない。
夫は最強と呼ばれる部類の人間で、他の強者と呼ばれる者たちをことごとく打ち破ってきた。
私はそれを賞賛し、そうして誘導してきた。

私の名は貂蝉。人中の中に呂布ありと呼ばれた彼を愛や情ごときで動かすために差し出された。いわば生贄。

棒術の型を確認しながら、今日の彼の対戦相手を見やる。
そこには呂布軍の中でも跳びぬけた存在である張遼様がいた。
鬼神と恐れられる我が夫だが、きっとその座を受け渡すとしたら彼だろう。
それでも打ち勝ってという意味ではなく、夫が更なる高みに上る際に空けられた器に、だ。

やはり、そのとおりであるようで、彼はまだ立っているようだが、押されており、吹き飛ばされるのももうそろそろだろう。

「ぬぅ!」
「ぐうっ!」

思ったとおり。彼は吹き飛ばされ、疲労に身体が痛めつけられ、満足な受身も取れずに地面へ叩きつけられる。
そんな彼を、容赦もなく追撃しようとする夫の目の前に駆け出した。

「奉先様」
「っ、貂蝉か……。どうした、何かあったのか?」
「いいえ。ただ、お二人の戦いを見ていて、どうにも身体が火照ってしまって……私とも一戦交わってくださいませんか?」

はっとしたように私の名を呼ぶ奉先様に、吐息混じりに告げてみる。
どうにも、彼は戦いに目が行ってしまって、周囲に気が配れない。
だから、相手が既に力尽きていようと更に止めを刺そうとしたりするし、逆に標的よりも強い相手と戦いがったりする。
そんなときに止めるのが私の役目だ。といっても、毎回止めていたら身が持たないので時折その役目を放棄させてもらったりしているが。
奉先様は私の言葉にうろたえて、戦う決心――というか、他の邪なことも考えてしまっているのか、目元が赤い――が付かないのか、武器を持ったままそれを下ろそうか下ろすまいかで迷っているようだった。

チラリと後ろを向いて、既に立ち上がっている張遼様に視線を送る。

「張遼様には私の動きを見ていてもらいましょう。さぁ、奉先様。私を、受け止めてくださいまし」
「っ、待て!」

やはり、愛しい者に刃を向けるのは嫌なのか、明確な拒否を示す奉先様だが、お構いなしだ。
彼は私の行動を止めることは出来ないし、そこまで頭も働かないのだ。

張遼様は私の言葉に眉を顰めつつ小さく頷いて、端に避けた。
そうして、奉先様にとっては本気の出せない。痒くも煩わしい戦いが始まったのだった。

こういう戦いは、早々に決着が付く。
どちらが勝ちというわけでも、負けというわけでもない。
ただ、私の体力が持たないのだ。
奉先様は、人とは思えぬほどの力を持ち、そしてそれを振るう身体を持っている。
しかし私は当然のこと女なので、彼の能力の十分の一ほどのものもない。
だからこそ、私が疲れ、それを彼も悟り、その場で取りやめとなるのだ。

「貂蝉殿。気遣い、申し訳ない」
「いいえ、とんでもないです」
「貂蝉、あまり突然やってくるな。手加減を忘れたらどうする」
「ふふ、お優しいのですね奉先様」
「う、貂蝉にだけだ!」
「知っておりますわ」
「私も、知っております」
「そ、そうか」

張遼様から受け取った布で首に流れていた汗をふき取ると、二人が口を開く。
それに呼応して会話をすれば、殿やその妻、そして部下という関係が、曖昧になる。
私がここへやってきて、だんだんと馴染ませた光景だった。

身分の差を持って、何を区別する必要があるのだろうか。
ましては同じ軍にいる、信頼できるもの同士だ。
それだというのに、いつまでも武や血で飾るような簡素な関係では少々寂しいものだ。

ここへ来て、私は目的を果たした。
呂布と董卓との仲たがいだ。大変に苦労したが、それも成功した。
だからこそ、ここに居る意味は、もう無いとも言える。
だが、私は美しく咲いていく華を見ずに去ることなど出来ない。
いいや、美しい蕾をそのままに、水もやらずに枯れさせるなど、愚かなことは出来なかったのだ。

やっと開花しだした華は、やはりとても美しかった。
見ているだけで惚れ惚れとして、つい背中を押して、散らせてやりたくなるような美麗さ。

「呂布殿には一向に手が届きませんな」
「当たり前だ。精進しろよ、張遼」

この美しい光景を、早く満開にさせて散らしてやりたい。
華はいつか散るものなのだ。美しく咲いて、そうして散る。新たな大輪を咲かせるために。
だから、主従の情を、だから、友愛の情を、そうして愛の情を。
そうして散らせる。肉体関係という痛みさえも伴う愛の形を持って。
そうして咲かせるのだ。大輪の、美しい愛の華を――。

「貂蝉殿? いかがされたか」
「――いいえ。お二人は仲がよろしいのですね」
「何をいう」
「嬉しいのですわ」
「……そうか。なら、いい」
「仲がいいなどと! 滅相もな――がっ!」
「煩いぞ張遼」

張遼様が後ろへ大きく仰け反る。
奉先様は指でものを指しているような手つきをしており、張遼様の額に人差し指を強く打ち付けたのが分かった。
それは以前に私が教えたもので、何か不満があってもこれで我慢してください。と指導したものだ。覚えていてくれたらしい。
嬉しさに微笑むと、衝撃から立ち直った張遼様が額を赤くしながら渋々、はい。と奉先様に応えていた。
それに満足そうに鼻を鳴らす光景に、ああ、華が散るのはいつのなるだろうか。と想いを馳せた。

つまり腐女子。

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