- ナノ -

鬼ごっこ5
元チャンピオンとキバナと出会ってわちゃわちゃする話





「そうだ、今日はリーダー会議なんだ。ナマエも興味があったら一緒に行くかい?」
「リーダー会議?」

外出の身支度をしているカブに話を振られ、テレビから視線を外す。
カブのポケモンになった私であったが、なんやかんやと人間と同じ時間を過ごしている。基本的は人の姿をしているし、朝昼晩と人間の食事を食べているし、手持ちのポケモン達と話をしたり手入れをしたりなんだりしている。ポケモンボールも捕まえられた時に入れられただけで、それ以降は入ったことも入れられたこともない。
いいのかそれで。とは思いつつも、不便はしていないのでそのままにしている。
ただ、外出するときはカブに必ず連絡をすることになっている。そもそもGPS付きのスマホ型ロトムを持たされているので居場所など直ぐに分かるはずなのだが。
手持ちと言うよりも子供になった気分だな。と思いつつ今日も今日とてのんびり過ごしいたときの問いかけだった。
リーダー会議か。何かしらの仕事で、エンジンシティのジム内で、リーダー職のスタッフが集まって会議でもするのだろうか。それ私がついて行っていいやつか?
だが、ここ最近テレビを眺め続けて退屈していたところだ。あまり見ない光景を見るのもまた一興だろう。

「行こうかな」
「そうかい。じゃあ服を――」
「ああ、いいや。邪魔したくないし、変身していくよ」
「そうかい。けど、何に変身するんだい?」

そりゃあ、会議に参加できて邪魔しない物で、カブといえば一つだけだろう。



「カブさん! 今日はナナを連れてくると聞いていたんだが、どこにいるんだ?」
「ああ、着てはいるんだけど、邪魔をしたくないって言ってね」
「邪魔をするような子じゃないと思うんだが……結局俺は彼と話す機会がなかったからな」

そうカブの目の前で強請る子供のような顔をしているのは、元ガラルチャンピオンダンテだ。チャンピオンカップの際の奇抜な印象はなく、大人びたファッションをしている。今は確かポケモンリーグの委員長をしているんだったか。いきなりの出世に驚いたが、それよりもローズ委員長が大事件を起こして捕まった事の方が驚いた。私がカブに倒された後に色々あったらしい。
それはそうと、私は彼と出会ったことはない。勿論テレビ越し、スタジアム越しに目にしたことはあったがそれだけだ。チャンピオンカップでは私とは別のジムチャレンジャーの子が彼と戦い優勝したらしいし、大事件があったときは私はベッドで眠りの中だったから、しっかりと対面するタイミングがなかったのだ。
なので地味に感動。へぇ、至近距離で見るとこういう感じなんだなぁ。

「確かにそうだったね。……ナマエ、彼はそう言ってくれているけれど」

カブの声が更に至近距離から聞える。耳はないのに耳がくすぐったい気がしてきた。
まぁ、別に会っても良いのだが。一言カブに言いたいことがある。

「っていうか、リーダー会議ってジムリーダーの会議ってちゃんと言いなよ」
「そうしたら遠慮して来ないんじゃないかと思ってね」

それはまぁ、そうかもしれないけど。っていうか人の思考を読むな。
肩をすくめれば、目の前にいたチャンピオンが大声を上げていた。

「タオルが少年に……!! そうか! 君なんだな!!」
「うわ……」
「コラ、うわって言わない」

うわ、カブに普通に怒られたじゃん。
ふぅ、仕方が無い。引かないでちゃんと対応しよう。
私が変身していたのは、彼のトレードマークの一つである首元にいつもかけられていたタオルだった。ペロンと身をだらけさせていたら、辿り着いたのが嫌に立派な建物で、嫌に立派な会議室に、ジムチャレンジで見知った顔ぶれ達が並んでいたのだから無い顔が引き攣ったものだ。
ま、それはそうとして。今の私はジムチャレンジに挑んでいたナナ少年である。

「ダンテに会えるなんて思ってなかったから、ちょっと驚いたんだよ。会えて嬉しい」
「嬉しいことを言ってくれるね。スタジアムで観戦していたが、君のバトルは素晴らしかった。『君自身』のものも含めて!」
「あー……そう? あれ、本当に久しぶりにバトルしたから、ちょっと恥ずかしいんだよね。最初から混乱しちゃってたしさ。全然気づけなかったし」
「自分が戦っているんだから、流石に難しいだろうな。それでも変身にキョダイマックスまでして、健闘していたのは本当に手に汗を握った!」
「いやー、叩き潰そうと思ったんだけど、やっぱり力技じゃダメだよね。ポケモン同士ならああはならなかったと思うから、カブのこと見くびってた」
「ははは! それはそうだな! カブさんは素晴らしいジムリーダーだからな!」
「そうみたいだ」

目を輝かせて、少年のように語りかけてくるダンテに同じようにこちらも嬉しいことは嬉しいので、同じように受け答える。と、しかしこれでいいのだろうか。
カブに目を向けてみると、なんだか分からないが顔を引き攣らせていた。え、何。それどんな表情なの。

「カブ? なに、これ間違ってた?」
「あ、いや。間違ってないよ」
「ならなんで変な顔してるの?」
「ん? カブさんどうしたんだ?」
「いや……楽しそうで何よりだと思ってね」

いや嘘だろ。じとっと睨め付けていたが、カブは目線を逸らす。それでも見つめていれば、横やりが入ってきた。

「久しぶりだな、ナナ」
「あれ。キバナだ。久しぶり」
「相変わらずだなお前ー」

頭の上に手を乗せられて、軽く撫でられる。すっかり子供扱いだ。まぁこの身体は子供なので間違いないのだが。

「そうだね。ジムチャレンジしてもあんまり変わらなかったかも」
「自分で言うのかよそれ」
「うーん。でも負けたし、ちょっと謙虚になったんじゃない?」
「なんで疑問形なんだよ……」
「実感はないからね」

それはそうと、またあの宝物館に入らせて貰いたいんだが。ポケモンだと露見してしまったが、カブのポケモンになったわけだし、ジムリーダー権限で入り放題なのではないだろうか。

「にしても本当にポケモンなんだな」
「まぁ、そうだね」
「しかし、どうしてトレーナーになったんだ? 色々大変だったろ」

それはまぁ、その通りだ。トレーナーではなくもっと別のことをして根無し草で歩き回っていれば、人の社会に溶け込みながらうまくやっていくことも出来ただろう。
子供になって普通の人の生活を学び、トレーナーになって、ジムチャレンジをして。どうしてその生活を選んだのと言えば。

「バトル狂が近くにいたからかなぁ」
「バトル狂?」
「ほら」

つい、と人差し指を向けた先には見慣れたタオルがない赤いジムシーダー。
指を差され、カブは目を瞬かせた。

「どうしてそこで僕が出てくるんだい?」
「どうしてって、俺が旅に出たのはカブに影響されたからだよ」
「……なんだって?」

分かっていない顔をしていたので軽く説明すれば、途端にギッと寄った眉間の皺。その様子にハッとする。カブは怒ると面倒だ。そしてあの眉間の皺はその前兆にそっくりだった。
さっと身を翻してキバナの後ろへと回る。ついでにまだ近くに居たチャンピオンをひっつかんで横に並べた。簡易盾の完成である。

「うわっ、なんだ?」
「えっ、ちょ、おいナナ! 俺様を盾にするな!」

話の流れが分かっていないダンテは驚き、カブの顔を見て察したらしいキバナからは文句が来るが、それよりもカブの説教の方が長くて面倒だ。それに今回は別に私は何もしていないし。
盾の隙間からカブをのぞき込めば、カチカチの仏頂面の眉間へ皺を寄せたままこちらへ語りかけてくる。

「何してるんだい。二人に迷惑がかかるだろう」
「小言はその顔を収めてからにしてもらえるかな。言われもない怒りは買いたくないよ」

ひらひらと手を振れば、更に眉間に皺が寄る。
キバナの「おい謝った方がいいんじゃねぇか」という焦った声は聞き流し、様子を見ていれば、彼は固かった顔を崩すと、そのまま深いため息をついた。

「いや、すまない。君には怒っていないよ。二人も巻き込んですまないね」
「俺は何も問題はないぞ」
「俺様は二度目は勘弁して欲しいけどな」
「ん。ありがと」

二人の隙間から抜け出してカブの前に戻る。しかし、相変わらず繊細な男である。変わっていると思えば変わっていない。年月は人を変えるが、変わらぬ部分はそのままらしい。

「それで、何怒ってたの?」
「いや……」
「言いなよ。ため込むの悪い癖だよ」
「ため込んでいるわけじゃあ……いや、なんというか、怒っているのは自分にだよ」
「自分に?」

はて、先ほどまでの事でカブが自分自身に怒りを覚えるような要素はあっただろうか。うーん、なかった。

「的外れでは?」
「……あっさり言ってくれるね。どうせ僕が何に怒っていたかも分かっていないんだろう?」
「カブは繊細だからね。俺に分かるわけないでしょ」
「……相変わらずだなァ」

再びため息がこぼれ出たが、先ほどとは異なり軽いものだ。本当にもう怒ってはいないらしい。何に怒っていたか未だに分からないが、とりあえずは一安心と言ったところだろうか。
しかし何に対して――と追撃しようとすれば、ダンテが物珍しそうな目線でこちらを眺めていて、思わずそちらに意識が向く。

「なに?」
「いや、カブさんと仲が良いんだな! まるで昔からの友人みたいだ」
「俺様も、カブさんにそんな口きく若いやつ初めてだぜ」
「まぁ、昔からの知り合いだし、実際若くないし」
「「そうなのか!?」」

うーん、認識の差。大げさに驚いてみせた二人に、ワイルドエリアでの出来事を語ろうか迷う。話すと長くなるような気もするし、面倒な気もする。腰に手を置いて考えていれば、後ろからカブの声が。

「今は少年の姿だけど、昔は成人女性の姿だったんだ。そのときに出会ってね。色々お世話になっていたんだよ」
「カブさんが……ってことか?」
「ああ。本当に色々と世話になってね。だから、突然もう会えないと言われたときは驚いたものだよ。昔からこんな様子だから、理由も手短にしか教えて貰えなかったし」
「そんなことないでしょ。ちゃんと伝えたよ」
「僕にとってはあれは『ちゃんと』ではなかったし、自分が原因だっていうのもさっき気付いたんだけどね……」

説明はカブが簡潔にしてくれたが、なぜか頭を抱えてしまった。なんだよ、何度でも言うが私はしっかりと伝えたぞ。というか、別にカブが理由の一端だってことは伝えても伝えなくてもどちらでもいいことだろうに。
よく分からないな、と首を傾げれば、同じように首を傾げているダンテと、苦い笑いを浮かべているキバナが目に映った。

「なるほどなぁ」
「何がなるほど?」
「いや……お前はもっと人の気持ちを――って、ポケモンだったか」
「失礼な。ポケモンだけど、どっちの気持ちも分かるよ」
「……あー、なら、親しいやつと別れる時は、しっかり話し合った方がいいって分かるよな?」
「……例えば?」
「例えばって、ほら、飲みに一緒に言って腹を割って話してとか……」
「つまりテントを張ってカレーを食べろってこと……?」

キバナの物言いがふわふわとしていて理解しづらいが、つまり……カブと次に別れる時はカレーを食べながら話をしろってことか? 私は酒を飲んだことはないし、話をするのならテントでカレーが一番だろう。
何もなるほど、ではないが、なるほど。と言いながらカブの方を見てみれば、先ほどよりも硬度の高いしかめっ面が出来ており思わず「うわっ」と声が出た。

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