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愛しの平穏よさようなら
アンチャーテッド

事故で死んで生まれ変わって、人生楽しまなきゃ損だと思った。
前世では特に面白みもない人生を送っていた。よく言えば平穏だったが、刺激に欠けていた。それなのに最後はあっけなく若くして死んでしまって、ああ、一度でいいから映画みたいな冒険をしてみたかったと後悔しながら目を閉じたのだ。
だから巡ってきた第二の生にチャンスだと思った。めいいっぱい好き勝手なことして生きてやろう。そうして劇的に死ぬのなら悪くない。
そう思って生きて今や五十過ぎ。髪の毛の白髪も染めるのが面倒になるぐらいに増え、体のあちこちにガタがきていた。
そこでようやく気づいた。私が前世でのうのうと甘受していた「平穏」というものこそが、人の大半が追い求める大事なものだったのだと。
つまりまぁ、なんというか。刺激的な冒険も楽しいけどこの年になると流石に体力が追いつかんわってことよね。

「ということでネイト、俺は冒険家やめるぞ」
「は? 何言ってんだよ。面白くない冗談だな」

彼はネイサン・ドレイク。通称ネイト。フランシス・ドレイク船長の子孫らしいが、周囲はなかなか信じてくれていない。私はというと一応信じている。だってそういうこともあるだろう。なにせ前世が鮮明に残っている男もいるんだし。
とりあえず一旦信じてみる。が信条の私は、今までの人生を宝探しに注いできた。いわゆる冒険家である。これまで遺跡に侵入したり、博物館にコソ泥に入ったり、同じ冒険家同時の衝突で銃撃戦をして相手を殺したこともある。当然殺されかけたことも。うーんスリリング。
そんなこんなで怪我と仲良しな人生を送ってきて、幼い頃に冒険に必要なあれこれを叩き込んだネイトと長らくコンビを組んできたが、そろそろそれも潮時ということだ。引退の時期である。というか最近マジで腰が痛いんだよなぁ。

「冗談じゃないのよこれが。俺は心を入れ替えて平穏に暮らしたいの」
「……おい、まさか本気で言ってんのか?」

冗談と思っているネイトに変わらず主張すれば、机の上で次の盗掘計画の地図を広げて話し出そうとしていたネイトが眉を寄せた。

「そーだよ。冒険家は引退だ」
「おい、おいおいおいおい、なら俺の相棒はどうなる?」
「そりゃあ、新しい相棒を見つけりゃあいいさ。年寄りなんかより、もっといい若い相棒をな。度胸があれば女でもいい」

冒険家界幕は、意外と女性も探せばいる。みんな刺激と金と名誉欲に飢えているのだろう。わかる、私も若い頃はそうだった。もう本当にバリバリだった。失うものがない分、やりたい放題だったのだ。自分の命だって、私にとっては使い捨てだった。
けれど、今は違う。
ネイトは口をわずかに開いて、しかし言葉が出てこなかったようだった。ネイトに言えば止められるとは思ったが、彼に言わないで姿を消すことは考えられなかった。なんせ彼は私が一から鍛えたようなものだ。

「な、んだよそれ。嘘、だろ。冗談だって言ってくれよ、サリー」
「あのな、俺だってもう歳なんだ分かるだろ」
「だ、だからって、突然そりゃあないだろ。それに、新しい相棒なんて、若くても、女でもあんたじゃなきゃ意味がない!」

おおう熱烈。確かに、自分で言うのもなんだが私の腕は確かだ。だからこそこの歳までトレジャーハンターなんてやってこれている。平穏さえ求めなければ、後十年は現役でいられるだろう。けど、その通りで、もう私が求めるものは刺激じゃない。

「ダイジョーブだって、俺の技術はお前に伝えた。後は新しい相棒にお前が教えてやりゃあいい」
「サリー、なんでそんなこと言うんだよ! 今まで俺たちでうまくやってきた、楽しかっただろ?」

小さな丸テーブル越しに肩を掴まれて、切迫した表情で迫られる。
ちょ、びっくりした。そんなに引き留めてくれるのか。予想外だった。止められると予想していたと言ったが、それでも最後は送り出してくれる。そう思っていたのだが。

「それに、この後はどうすんだよ。サリーからチャレンジャー精神抜いたら何も残らないだろ?」

そこまで言う?

「酷い事言うもんだな。俺はそーだな、日本に行って、田舎で暮らすさ。いい嫁さんでも捕まえてな」

実は数年前から考えていたことだ。前世で暮らしていた土地に行って、過去にできなかったことをして過ごす。かつては結婚もしていなかった。女から男になりはしたものの、そうやって家族を持って平穏に過ごすのも悪くないだろう。
この人生になってから、女の子も大好きになったし。アジアンビューティー、楽しみだな!
妄想でニタニタしていたら、襟首を思い切り掴まれて引き寄せられた。
思わず椅子から立ち上がる形になり、前につんのめる。

「お、おい! ネイト! 何すんだ!」
「そりゃあ、こっちのセリフだ!!」

ヒョ。
な、なに。声を上げたら数倍大きな怒声で返されたんですけど。
言葉通り、目と鼻の先にあるネイトの顔を見てみれば、まるで信頼していたやつから腹を撃ち抜かれたかのような顔をしていた。痛みと苦悩、そして揺れる目は悲しみを表している。

「ね、ネイト? なんだよ、そんなに俺ちゃんのこと恋しいのか?」

そんな顔するなって。
ああ、ネイトよ。私は本当にいつどこで死んでもいいと思っていた。そりゃあ死ぬなら劇的な死がいいと思っていたけれど、それでも命なんて軽い掛け金の一つだったんだよ。
けど、ネイトにトレジャーハンターとしての技を教えて、一緒に死地を駆け抜けて、笑い合って怒鳴り合って、そうしていたらこう言うのもいいなって思ったんだよ。
普通に自分にとっていい人たちと交流を深めて、刺激はなくともゆっくりとすぎる時の中で人生を謳歌する。それも幸せの一つだって思えるようになったんだ。
お前のおかげなんだよ。私が命を賭け金の一つじゃないと思えるようになったのは。またしっかりと生き直そうと思えるようになったのは。

それなのに、そのきっかけのネイトは俺が冒険家の道を逸れることに激昂している。いや、それだけじゃない、悲しんでる。
歳ってのは分かりやすくて理解しやすい理由だろう。それがわからないネイトでもないはずだ。なら、どうしてここまで感情的になっているのか。
噛み締めたネイトの口元から歯軋りの音がして、少ししてから彼の口が開いた。

「そうだよ!! 俺はあんたと、面白おかしく冒険を続けられればよかったんだよ! 死ぬまで、最後まで一緒に! そうすりゃあんたは、俺のところから離れない、そのはずだったろ!?」
「…………へ?」

──「そうだよ」?
当然、当然だが、直前の私の問いはそれこそ冗談だ。
空気を軽くしようとしただけ、激昂しているネイトを落ち着かせようとしただけ。
が、なんだ。予想外すぎる反応が返ってきた。
予想外だ、予想外にも程がある。いや、だってネイト、私が言うのもなんだか今まで彼女とかいたことあるよな。私に自慢してきたことだってあったし、そりゃあ長くは続いていなかったみたいだけど、世界中のあっちこっちを飛び回るこんな職業だしそれは当たり前だ。今まで男と付き合ったとかも聞いていない。のだが、

「ネイト、お前男もいけたのか?」
「クソが!」
「グァ!?」

石頭が猛烈な勢いで額にぶち当たった。
脳天が激しく揺れる。視界が揺れて、その場に倒れそうになったがそれを支えたのは皮肉にも掴んでいたネイトの腕だった。めまいがどうにか消え、じんじんと酷く痛む額に非難の声を上げようとすれば、視界いっぱいに──というか、視界に収まらないほどネイトが近くにいる。

「……あんたに、憧れてた。焦がれてたんだよ、ずっと」

最後の方は声が掠れていた。
どうやら、キスをされたらしい。なるほど、ネイトにこんな可愛げがあったとは。今までもこうして女を落としてきたんだろうな。確かにこれは、いわゆる「胸がときめく」言葉と動作だな。
この人生になってから、女性としか関係を持ってこなかった。身体が男になったからなのかなんなのか、男に興味があまりなかったわけだ。
のだが、なるほど、前世の部分──いや、違うな。はいはい。降参しよう、普通に胸にきた。
はーーー、本当に平穏に生きようと思っていたところだったのに。
こんなんじゃあ、安定は何年も先になりそうだ。

「流石ドレイク船長の子孫、なんでも手に入れちまうなぁ」
「は……、それって」

と言っても私もやられっぱなしではいられないので、呆けているネイトの後ろ首に手を回して引き寄せてやる。キスしたばっかりなので、当然同じことが起きて、ネイトの手が力を失ってゆっくりと服を離した。

「んじゃ、次の冒険の計画でも立てますかねぇ」

安定を求めようにも、ネイトは昔の私と同じ冒険してなきゃ生きていられないマグロみたいなやつだ。私とネイトは似ている。一緒にいたら強烈な人生は確定だろう。
まぁでも、それでもいいかもしれない。ネイトと一緒に歳を取れるなら。
椅子に座り直して未だ同じ格好をしている相手を見上げれば、焼けた肌を真っ赤に染めていた。

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bkm