- ナノ -

可愛い幼子
ここがゲームの世界だと気づいたのはつい最近のことだ。
死んだと思ったら鎌倉時代の日本で生まれていた私は、日々生きるので精一杯だった。
それでも10歳ごろには釣りの仕方や山で食べられる山菜などを学び、自分専用の寝床も見つけどうにか生きられる環境を整えることができた。
そんな時だった。ゲームの世界だと気付くきっかけと出会ったのは。

「仁、また来たのか」
「ああ。竜三に会いに来たぞ」

花のような笑みを浮かべてそう返す、決して綺麗な家が並ばないこのあたりにふさわしくない、小綺麗な格好をしている子供の名前は境井仁。
ここがゲーム世界であると分かったきっかけである。
武家の嫡子である彼は、時折こうして私の元へ遊びにくる。いくら身分が違うと言っても子供は子供だ。遊び相手は同じ子供の方が魅力的だろうし、子供だからこそ、そういった身分の違いもまだそこまで意識するものじゃない。
聞けば、彼の母は既に亡くなっており、父は彼に厳しいらしく、優しい乳母はいるもののやはり屋敷では彼の心を満たせないらしくこうして遊びに来ているらしい。まぁ、後半は私の勝手な想像だが。

「今日は何をするんだ?」
「魚釣りだな。仁もやってみるか」
「いいのか!」

うーん、嬉しそう。そんな純粋な顔されたらお姉ちゃん──ではなく、お兄ちゃんも嬉しい。
やはり幼子はどの時代でも可愛いものだ。純真で、疑うことを知らず、小さい花の蕾のようだ。
魚釣り用の竿を、ちょうどいい枝を見つけて見繕い、仁にも渡す。彼は、竿を作るところから目を輝かせていた。ふふ、可愛いねー。
一応、村の中でも兄貴分として振舞わせてもらっているが──前世もあるし、生まれも自立しないとやっていられなかったので精神年齢が高かったりやれることが多いのは当たり前なのだが──仁は子供たちの中でも一等私を慕ってくれている。
屋敷から遊びに来れば他の子たちのところへは行かず、真っ直ぐに私の元へやってくるし、何かと頼ってくれる。わからないことがあれば素直に聞いてくるし、叱ってもしっかりと反省する。育ちがいいのと元来の性格だろう。そんな彼とどうやら馬があったらしく、彼は私の後ろを親鳥についてくるようにピッタリとひっついて離れない。
いやぁー本当に可愛い。本当に可愛いんだが……ゲームの流れを知っている身としてはなんとも言えない。

「仁は他の奴とは遊ばないのか?」
「他?」

私的ナンバーワン釣りスポットで、糸を垂らしながら、仁に話題を振る。
懐いてくれるのはいいのだが、せっかく他の子供たちもいるのだし、仲良くなるのもいいんじゃないだろうか。
そう思い聞いてみると、仁は自身の糸が垂れた水面を眺めながら、温かな微笑みを浮かべていう。

「俺は、竜三と遊びたいんだ」
「……ふぅん」

いや!!!! かわッ!!!! えっこんな可愛い子いていいんですかぁ!?!?
いやもうこれ志村殿が仁くんのこと大好きなのすごくよくわかる!!! こんなあけすけに好意を伝えられたらもう可愛くて仕方がないでしょうよ!!
はーーーーもう、かわ、はーー可愛い。びっくりした。心臓縮むかと思った。

「けど、いっつも俺が遊んでやれるわけじゃねぇからなぁ」
「む……」
「他の奴らとも仲良くなってもいいんじゃねぇの?」

可愛くて脳内花畑になったが、ポーカーフェイスはお手のもの。こちとらだてに人生二度目じゃないですからね。
意地悪を言っているようだが、本当のことだ。私だっていつも暇しているわけじゃない。生きる手段を確立しているとはいえ、生きるのに必死なのだ。子供ができることも多いわけじゃない。その日の食べ物に困窮することだってままある。そんな時、こうしてのんびり魚釣りに興じていられないし、他の子どもたちと共に遊ぶことだってできない。
なら、仁が寂しくないように他の子たちとも交流を深めることもいいんじゃないかと思う。老婆心だが、間違っちゃあいないだろう。
しばらく続いた沈黙に、チラリと横目で隣を見れば、仁が子供らしい純真な目でこちらを見つめていた。

「……竜三と、仲良くなりたいんだ」
「えうわちょかわびっくりした」
「何がびっくりしたんだ?」
「いや、なんでもない」

おっと脳内のセリフが口から漏れ出ちまったな。気をつけないと。ハハハ。
うーーーん、しかしマジでめちゃくちゃ末恐ろしい男よ、境井仁。
一応、そんなことにはならないとは思うけれど、ゲーム中では敵対して君に殺される相手なんだけどな私。
首をぽりぽりとかいていれば、隣から熱視線を感じて再び視線を向ける。
そこには、何かを求める幼子の瞳が。あー、なんつーか、そうねぇ。

「俺とお前は仲良いだろ」
「そ、そうだな!」

パッと煌めく笑顔に、胸を鷲掴みにされる。
ああ、このまま健やかに成長してほしい。もう辛いこと一個も経験しないで大人になってほしい。
そうは思うが、これからの人生、山あり谷ありなんだよなこの子。
そんなことを思いつつ、頬を赤らめて喜ぶ子供に手を伸ばす。目を丸くする相手に、そのまま頭を撫でれば、少し硬直した後に顔を破顔させて頭を下げるものだから、もう心臓が爆発するかと思った。
これからどうなるかはわからないけれど、できればこの子を裏切らないで人生を歩めたらいい。

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bkm