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やり直し
友情夢?現パロ

飲食店で働いている。
都内にある居酒屋で、広々とした店内や駅に近いこともありよく会社員の打ち上げ等に使われている。働き始めたのは高校卒業してから。上京したくて時給のいいアルバイト先を探していたらここを見つけたのだ。
数年働いて、ここ最近正社員として雇ってもらったのだ。何事も続けるといいことがあるらしい。
俺には前世の記憶がある。しかも二つ分。一つ目は今と同じような人生、もう一つはだいぶ昔の対馬で菅笠衆の牢人として生きていた。
これは生まれて、おそらく自我ができた頃に思い出したことだったが、誰にも言わずに人生を過ごしている。
一つ目はいい人生だったのだが、二つ目が問題だった。まぁ、時代が時代であったというのもあるが、今の自分の倫理観で測ると色々と許せないことをしてしまっていたのだ。
理由もある、時代のせいだとも言える。が、おそらく天国へはいけないであろうこと。だからこうして記憶を持って人生を送っているのかとも思う。

此度の地元はど田舎であった。が、別に困窮しているわけでもなんでもなかった。地元に残って家業の農業を継げば、おそらく幸せに暮らせるであろうことはわかった。
しかし、なんとなくそんな気にもならず、都会へ行く道を選んだ。
なんでだろうなぁ、娯楽が近くにあるからか。それとも時間の流れが遅いあの土地で過ごすのに見当違いな罪悪感でも抱いたのか。
まぁ、どちらにしろ、俺は故郷を離れこうして働いていた。

「ご注文お伺いしまァ……す」
「お、まえ……」

注文を取りに、どっかの会社の集まりである座敷にやってきた時だった。
薄い塩顔、のくせにどこか男前で、スーツの上からもわかる鍛えてそうな体つき。顔の黒子が前世のままで、思わず凝視してしまった。
どうやら相手も俺の顔に見覚えがあるようで、絶句している。

「すみませーん。とりあえず生10でお願いします〜」
「……かしこまりました、生ビール10個ですね!」

俺は顔が怖いので、客を怖がらせないように努めて笑顔をいつも作っている。髭を剃れとか、束ねている髪を短くしろとか、他にも対処方法はあるだろうが、これは前世を含めて俺のアイデンティティになっているので今更無理だ。
それに、酔った悪質な客には怖いぐらいの見た目がいい。
記憶がありそうなかつての……お侍様は放っておいて、客の注文をとる。
三十人ほどの大人数だ、別の机も回らなきゃならない。

「ま、」

伸ばされる腕、それを避けるようにして俺はその場を離れた。

新年会が重なるこの時期、店は書き入れ時で、当然猫の手も借りたいぐらい多忙だ。
いくら前世の知り合いが現れたとしても、そっちに避ける時間はない。これでも正社員なのだ。わざわざこのクソ忙しい時期に出てくれているアルバイトに負担をかけてしまうのは避けたい。

だから、廊下ですれ違ったあいつとも素知らぬ顔ですれ違おうとしたのだ。
相手は俺を覚えているようだが、俺が相手を覚えているとあいつはまだ分かっていない、と思う。ならば、下手にアクションをかけてこないだろうと鷹を括っていた。

「竜三」
「……あ、の、お客さん、すみません退いてもらってもよろしいでしょうか」

なので、通り過ぎようとした瞬間、まるで瞬間移動のように目の前に現れたあいつに一瞬言葉が詰まってしまった。
他人行儀に、愛想笑いを浮かべながらそう願う。しかし相手は一歩も引かない、半歩進めばぶつかるような距離に、自然とすり足で後ろへ下がろうとして──胸ぐらを掴まれた。

「ちょっ」
「なんの真似だ、竜三」

いや、それはこっちのセリフなんだが!?
引き寄せられた先、充血したまなこがしかと見え、喋る吐息に酒の臭いを強く感じた。
おい、もしかしてこいつ酔っ払ってんのか?

「うわ、えっ、りゅ、竜三さんどうしたんですかっ」
「境井さん!? 何してるんですか!?」

同時に聞こえた年若い二つの声に、ハッとする。一つはアルバイトのにいちゃんのもので、もう一つはどうやらあいつと同じ会社の女性社員の者のようだった。

「いや、なんでもねぇよ」

穏便にすませなければと掴む手の、手首を取る。離させようとして、思ったより強い力で握られつづけるそれに眉を顰めた。多少力を込めると僅かに腕が動いたが、拮抗しているらしく離させることができない。くそ、相変わらずの馬鹿力だなぁおい。

「あ、あの、店長呼んできた方がいいですか」
「境井さんっ、どうしたんですか……?」

狼狽する若者二人に居た堪れなさを感じる。目の前の男──境井をみやっても、恨みの籠もった恐ろしい目線しかあらず、手を離す気はないらしかった。

「……分かった、分かったよ。仁」
「!」
「お前が何をしたいかしらねぇが、今はお互い無理だろ。あー、そうだな。ちょっと待ってろ」

胸ぐらを掴まれたまま、腰に下げていた注文用紙に書き記す。
一枚破いて、それを境井のポケットに捻じ込んだ。

「電話番号と、一応今日の上りの時間」
「……偽りではないだろうな」
「嘘じゃねぇよ。いい加減、若い子困らせんじゃねぇって」

ほれ、と境井の後ろにいる女性社員を顎で指し示してやれば、僅かに視線をずらして、渋々、と言った風に手を離した。
はぁ、たった数分のことなのに肩が凝った。
どうしていいか分からず狼狽ていたアルバイトに、笑って平気だと伝える。肩の力を抜いた相手に近寄れば、小さな声で耳打ちされた。

「あの、大丈夫ですか?」
「平気だ。昔の知り合いだよ」
「そう、ですか」

竜三さんのことなので、てっきり借金取りかと。
そう結構なガチトーンで言われ、なんと反応していいか悩んだ後に、適当に「なんでだよ」と突っ込んでおいた。そんなに俺って生活やばそうなイメージあるかな。

結局、あれからあの席に注文を届けに行くこともあれば、聞くこともあったが、境井はこちらに鋭い目を向けるだけでそれ以上は接触してこようとしなかった。助かった。が、面倒なことになってしまった。
仕事のシフトは午前4時まで。つまり閉店時間までだ。
まさか居ないだろう。とは思ったが、なんだか嫌な予感がしたので店長に声をかけて先に店から出させてもらった。そうしたら、店の外、冷たい壁に背をもたれさせてあの男がやっぱりいた。

「……寒くねぇのかよ」
「そうでもない」
「あっそ」

いや絶対寒いだろ。鼻赤くなってんぞ。
高そうなコートを羽織ってはいたものの、それでも冷たい外気から顔まではまもってくれない。赤くなった耳や鼻に、なんとも言えない気分になる。
仕方なく自身に巻いていたマフラーを取って、相手にかけようとして──そんな間柄ではないと思い至った。

「なぜ外した?」
「あ? あー……動いて暑くなったんだよ。持つの面倒だからお前つけろ」

嘘がヘッタクソすぎてなんとも言えない。それでも言ってしまったものは撤回できないので、そのままマフラーを差し出した。境井はじっとそのマフラーを見て、黙っていた。しかし数十秒後、そっとそれを受け取り、首に巻く。

「……暖かいな」
「そりゃよかったな」
「なぁ、竜三。記憶はあるのだな」
「……ああ」
「なぜ知らぬふりをしようとした」

場所を移動したりするのかと思ったが、そんなことはないらしい。
問いかけてきたそれに、今度はこちらが沈黙した。なぜって、そりゃあ仕事中だったし、あの場で込み入った話もできないだろうし、忙しかったし。
いや、まぁ、けれどそれは言い訳でもあった。それに、本当にそうならあの場で「また後で話をしよう」などと最初に約束を取り付けておけばよかったのだ。
だが、ならなぜ知らないふりをしたのかと聞かれれば、それはそれで困る。ただ、なんとなく、

「……怖かったから」
「怖い?」
「……嬉しくもあった、お前と今生で出会えて、記憶もありそうだったし。けど、俺はお前を裏切って殺されたし、今更出会ってお前が何言ってくるか分からねぇし。お前に謝んねぇとなぁと思う気持ちもあるが、それで許されるのも、許されないのも嫌だ。あー、順風満帆そうなお前の姿を見て、嫉妬したのもあるのか、いや、それは前世を引きずってるだけか。自分でも良くわかんねぇよ、ただ、怖くて、関わりたくねぇって思った」

そうだなぁ、怖いのかもなぁ。
前世で裏切ったのを許されてなくて、また腹刺されんのも嫌だ。前世のことだって言ってまた友人になろうなんて言われるのも絶対に嫌だ。
関わり合いになりたくない。けれど、こうして上京してきたのは今日のためであるとさえ思える。ケジメを付けたい気持ちもあったのかもしれない。

「竜三……」
「……分かってるよ。全部俺のわがままだ。……裏切って、すまなかったな」

視線を向けて、謝罪を口にした。
さっきのは、何もかもを抑え込んで、プライドで身を覆ってしまった前世での間違いを教訓にしたものだった。要するに、こいつ相手に隠し事は良くない。境井は鈍感なのだ、口にしないと分からない。だが、口にすれば少しは伝わる。
謝罪と共に頭を下げた。ああ、死んだというのに、二つの前世を思い出したというのに、まだプライドが邪魔をする。嫌なもんだ。
白い吐息が口元から溢れる。数秒して、頭を上げた。

「お前に頭を下げさせようという気はなかった。あれは既に終わったことだ。お前は裏切り、そして死んだ」
「……だろうな」

そう言うと思った。良くも悪くもこざっぱりした男だ。
ならば、俺がシラを切ろうとしてあれほど怒っていた理由はなんなのか。

「俺は、お前を友だと思っている」
「……」
「お前は違うのか」

真っ直ぐな目で見てくる。なんだよ、怒ったのは友人なのに知らんぷりしたからか? なんだそれ、笑えないぞ。

「違う」

簡潔に答えを返す。友情なんて、前世のあの日あの時に終わったんだ。
お前も言っていただろう。『お前以上の友はいなかった』と。
あの日あの時、お前の友である竜三は死んだのだ。

見つめる瞳が、縋るような色を見せるのにあきれ返りそうだった。遠い昔、遠い遠い昔に見たその目。まだお互いが幼く、何も知らなかった頃。

「……俺はもう帰るよ」

それだけ言って、踵を返す。本当は境井が立っている方が帰り道だが、遠回りすればいい。あいつの顔を見てしまったら、放っておけなくなってしまう気がした。
マフラーはやるよ。と後ろ手を振りながら言う。簡潔な別離の言葉だった。

「待ってくれ!」

待ってくれ、と来たか。
掴まれた手首に、足を止める。走った気配がした時に同じく走り出せばよかったか。いや、おそらく追いつかれるだろう。今生でも足が速そうだ。

「どうしたよ」

後ろを振り返らずに問いかける。
なぁ、俺たちの縁は前世で終わったんだ。それでいいだろ。
裏切りも、死も、友情も。全てケリがついていた。それが分かったんだ。お互い、気にしなくていいんだよ。
手首が強く掴まれる。アザができそうだった。

「なら、なら、俺と、もう一度、友となってくれ」
「……」
「竜三……頼む」

あー、こんな健気な声、初めて聞いたかもしれない。
なぜ、一度は裏切った友人に、そんなに固執するのだろう。
絞り出すような言葉に、その顔が見たくなった。どんな顔で頼み込んでいるのか、見てやりたい。でも、そうしたら多分、

「また、裏切るぞ」
「……もう裏切るな、それに、そんなことはさせん」
「お前を、今度こそ殺すかもな」
「させんと言っている。それに、お前に俺は殺せん」

その言葉に僅かに泡が浮き立つように苛立って、ほぼ無意識に背後を振り向いてしまった。
やってしまった、と思った時には境井の顔が目に入った。
そこには、じっと俺を見つめる冥人の瞳があった。
俺が想像していたような、健気なもんじゃ全くなかった。むしろ、断れば殺されるような、頑固どころではない、恐ろしい目つきだ。

「……お友達、ね」
「ああ」
「まぁ、いいさ。お前が満足するまでやれば」

そう肩をくすめると、境井の顔がパッと明るくなった。
冥人の瞳は霧が晴れるようにさっぱりと消えて無くなり、そこにはかつて、共に野原をかけた時の仁がいた。
健気な声にやられたわけでも、冥人が恐ろしかったわけでもない。結局、俺もこいつと友人に戻りたかったとか、そう言うわけなのだろうか。それとも、罪悪感か、もしくは、なんだろう。

「また、連絡をする」
「ああ」
「必ず電話には出ろ」
「出られたらな。無理だったらかけ直すから安心しろ」
「そうか。マフラーは、次にあった時に返す」
「ああ。それしかないから頼むわ」

幾つか会話をして、しかしすぐに打ち止めになる。
今は、互いにそれ以上の言葉が出てこなかった。そもそも寒すぎるし、冬の朝方に外で長話をするのがおかしいのだ。仁はポケットに手を突っ込みながら言う。ポケットからカサリと紙が擦れる音がした。

「また、近いうちに」
「おー。待ってるぞ」

それに、仁が僅かに笑った。
あーあ、笑うの下手になったな、お前。

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bkm