- ナノ -

分かるのが遅い!
ゴーストオブツシマ


二十一世紀の日本って、本当に平和だったんだなぁと生まれ変わってから心底思った。
心の底から、二十一世紀の日本に帰りたい。だが、そう願って叶うものではない。
なぜならば、私は今、過去の日本にいるからですねぇ。
おそらくだが、十三世紀あたりの日本。まだ江戸もできてないし、そもそも織田信長さえ生まれていない時代ですよ奥様。え?まじ? って感じですわね。

私は二十一世紀で暮らしている普通の一般庶民だった。戦争や戦なんて一度も経験していないし、それは全て画面越しに行われる遠い土地の出来事か、過去の出来事、フィクションだった。けれど、交通事故で死んでしまってからどうしたことか前世の記憶をそのままに生まれ変わった先、そこは日本は日本でも過去だった。

別に、過去っていうのだけなら良かった。パソコンもスマホもないけれど、そんなの生きていれば流石に慣れるし、そんな贅沢言っていられない。
親はなかなか、外れというか母が酒乱で苦しんだが、私には姉がいた。5歳ほど年上の彼女は、母が私の面倒を見てくれなかった代わりに、世話をしてくれた。
自分も辛いだろうに、弟──この生では男として生まれた──の面倒を見てくれたのだ。
そんな掛け替えの無い家族がいたから、過去がどうとかは別に良かった。ここで頑張って生きて行こうと思えたのだ。
が、時代が悪かった。もっと平穏な、平和な時期だったらよかったんだろうけど。
私が6歳の頃に母に腕を折られて、姉に助けられ、そのまま逃げ出した。
それからは地獄のようだった。あの地獄から、姉さんを助けられなかったのが唯一の心残りだ。まぁ、簡単に言うと売られて奴隷のように扱われていたわけだ。弟置いて逃げてもらってもよかったのだが、それはそれで酷よな……。力がないって嘆かわしい。

地獄からどうにか逃げ出して、私は鍛冶屋として働く事になった。
地獄から逃げ出した先で、ようやく良い人に出会えたのだ。技術を教えてもらって、どうにか姉弟で生きられるように金を稼ごうと腕を磨いた。
なにせ私が収入を得られなければ、姉さんは野盗として物を盗んだりしてお互い生きていくしかなかったから。
精神年齢だけでいえば、私の方が前世を含めると上のはずなのに、姉さんに頼り切りだった。ほんと情けない。今生では男だって言うのに。

そうした時だ。私たちのいる島──対馬に蒙古が襲来したのは。
社会の授業で学んだ、あの蒙古襲来である。
いや、もう、運悪すぎないか? そろそろ年貢の納め時か?
私は鍛冶ばっかりしてきたので、戦闘能力なんて皆無だ。対して姉は荒っぽいことをしてきたからどうにか戦える。

で、まぁ、当然ではあるが。私は一人、捕まった。
隠れてはみたものの、そりゃあまぁ、見つかるわな。
だから姉に置き手紙をした。最後の姉孝行である。
どうか探さず、生きてくれって。そりゃあ、私だって死にたくないし、唯一の家族に頼りたいさ。でも、姉は私のために色々と手放しすぎた。
彼女一人だけならちゃんと幸せを掴める。この島を抜け出して、本土で新しい生活を歩める。ずっと支えてもらって、育ててもらって、それこそ酷い話だが、私を置いていって欲しい。

そんな殊勝な想いで置き手紙を残したものの

「手を休めるな! 次の仕事をしろ!」
「う、うぅ……少し、休ませてくれ」
「さっさとしろ!」

いやーーーー超ブラック。現代のブラック企業も真っ青なブラッグ具合。
捉えられてからそれほど経ってないんですけど、すでに過労死しそうです。超消耗品扱い。人が人ではありません。
この身体は弱く、これまで姉のおかげで生きていたと言っても良い。つまりそろそろ年貢の納め時というわけか。
腕は石のように重いし、作っているのは島民を殺す武器だし、睡眠時間は削りに削られてるし。飯は食える分、他の捕虜より待遇はいいんだろうけど。
はーーーそろそろ死ぬのかぁ。できれば最後に姉さんの声が聞きたかったなぁ。
などと思いつつ重い腕を動かしていれば、背中を蹴られて地面を転がる。
え、ええーなんですか〜??
と振り向いてみれば、剣を持った蒙古兵さん。あっ、これは……

「……こ、殺すのか」

蒙古兵はにじりよるように近寄ってくる。
あーなるほどこれは、過労死よりも前に突き殺されそうですね。
あー二十数年の命。長いような短いような。いい人生だったとは、前の人生を知っている身としては易々とはいえない。戦がなく、飢えがない世界のなんと幸せなことか。
けど、この世界で姉さんと出会ったことはやはり幸運であったと思う。彼女と会えたことが、生きてこれたことが僥倖であり、幸せだった。
あ、お礼も文に書いておけばよかったなぁ。

剣を振り上げる蒙古兵に後退りながら目を瞑る──直前、血が飛び散るのが見えた。
思わず目を開けた先、振り返った蒙古兵の首元から血が迸る。

「姉さん」
「たか!」

それをしたのは、姉さんだった。
どうしてここに。というか、え、一人できたの? こんなところに? どうやって? というか、え!? 姉さん!?!? これはもしかして死ぬ間際にみる走馬灯みたいなやつ!?

「何もされなかったかい? 怖かったろう」

いや、怖かったろうというか、この状況が怖い! 私死んだ!? どっちかわからん!!
私が夢か現か分からずに戦々恐々としていれば、姉さんの後ろから人影が。

「すぐに発つぞ」

日本の男性──見た目からして、お侍だ。
闇世の中、篝火が照らすその男を見て、頭の奥で何かが迸るのを感じた。
この、分からなかったものが全て弾ける感覚、花火が散って、すべての答えを明かにしていく感触。
あ。ああ、そうだ。わ、私は、私はこの男を、この人を知っている──。

「あ、ああ、も、もしかして、あ、あなたは──」
「たか?」
「なんだ、俺を知っているのか」
「──ゴーストオブツシマの、仁、さん?」

侍は僅かに顔をしかめさせ、しかし手早く答えた。

「ごーすと、というものは知らんが。俺の名前は確かに境井仁だ」

ちょ、こ、ここ、ここって、過去じゃなくてゲームの世界かーーーい!!!!

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bkm