- ナノ -

0話D
私の過ちは、まず、生まれたこと。
だがしかし、残念ながらそれはどう足掻いても修正することの出来ない事柄だ。
生まれる前に返ることなどできない。私がアレクセイ・ディノイアとして産まれ出てしまった事は覆せない。

ならば、その後。
産まれた後の過ち。
一つ、己がとある物語に登場するアレクセイ・ディノイアという人物だと知り、その世界で起こる出来事を考え、そしてそこで発生する物語に至るまでの犠牲、それを食い止めようとしたこと。
二つ、ヘルメスやデュークと交友を測り、エアルを乱さない魔導器を製作しようとしたこと。
三つ、己の力を見余り、騎士団の改革などに乗り出し、必要以上に騎士たちを焚き付けたこと。
四つ、帝国の腐敗の実態を見誤ったこと。
五つ、人魔戦争で、不必要な犠牲を強いたこと。

一つ目は、全ての発端だ。この傲慢さが不必要な犠牲を生み出した。
二つ目は、彼らを巻き込んだことだった。ヘルメスは順調にエアルを出来るだけ乱さないようにする魔導器を作ろうと尽力していた。私が知識を利用して様々な事を吹き込み、始祖の隷長と分かり合える道があるなどと誑し込んだ。彼はそれを信じて、その有能な知能を使い、その道を探した。人間と始祖の隷長が理解しあえる未来へと。
デュークも、全面的にではないが頼み込めば協力してくれた。お前にならばと彼の友と出会ったこともあった。災厄について話し合い、急速な手段ではなく時と共に災厄を打ち払う術を、世界の成長を望もうと話した。手段を講じようとも、きっとそれは多くの犠牲の上に成るものだろうからと。
そうしてヘルメスは愛しの娘を危険に晒し、デュークは友を失った。
三つ目は、帝国騎士団の団長の座を受け取り、直ぐに騎士団の改革を行った。何よりもスムーズに、何よりも徹底的にと。前しか見ない視野の狭い理想を掲げ、貴族や平民までを巻き込み騎士たちを理想の騎士たらんと焚き付けた。彼らは成長した。まるで卵から雛が孵るのを見ているような気分に酔った。親心というものを都合よく当て嵌めた。そして、彼らを死地へ追いやった。
四つ目は、腐った部分を侮った。腐臭を放ち吐き気を催す部分を退けるだけで、それを打倒しようとしなかった。まだその時ではないと高を括り、全てにおいて後手に回った。情報収集も実行力も、負けた。そして、それらが表に出て、全てを壊すまで気付けなかった。それらが我が友の娘に手を伸ばし、その為に友が苦しみそして過ちを起こすのを気付くことが出来なかった。それを元凶とし戦争が始まり、雛達が無惨に死に行って、自らも死に、目覚めて、我が友が死に、同じく友を失った者を見て、ようやく己の力を見誤っていたのだと気づいた。
五つ目、私の過ちの集積場だ。死んだ。何もかも。ヘルメスもデュークの友も、雛達も。そして、私も。
本来、死ぬべきではなかった者たちも死んだ。私の理想に焦がれた哀れな騎士達は、本来死ぬべきではなかった者も大勢いた。
死んだ。私の責任だ。

――以前の生は、幸せな人生だった。
だが、最期に絶望が訪れた。
家族が見知らぬ男に惨殺され、そうして私が一人残された。
強盗というもので、運よくその魔の手を伸ばし忘れられた私は、その男を殺した。
そうして、私も死んだ。
気が動転していたのかもしれない。絶望に狂ったのかもしれない。
ただ、狂気と死が渦巻く中で、私は家族の後を追うことを選んだ。

そして訪れた人生に、家族のもとへ行けないのかと失望し、しかし覚えのある世界に、自らの価値を見い出した。
そうして間違いを犯した。
そもそもの過ちは、私が私として産まれ出てしまったこと。
そして過ちを重ねていき、惨憺な結果を生み出した。

私の三十二年間は。
無駄を通り越して不必要だった。
あってはならないものだった。

その代償は、目に見える形で身体に植え付けられる事になった。
私は死んだ。それは事実だ。そうして生き返った。友の作った魔導器によって。
それは、彼と共に作った魔導器。人を救う為の、死ぬ運命にあるものを引き留めるための。
決して、腐った塊によって道具として使われていいはずのない神聖なものだった。
それが、今や己の心臓に植えられ、脈動している。
紅い光を放ち、心臓の代わりを果たしている。そして、その制御装置は腐肉の中心に。
己の命はもはや自らのものではなく、そして騎士団長という名ももはやそれらの良い手駒でしかない。
恨みの結晶に、駒として利用されるのは、こういう気分なのか。

全ての色が失われ、全ての記憶が凍り付く。
何もかもが過ちだと結果を突きつけられ、理解せざるを得ない。
出ないと、そうでないとまた過ちを繰り返す。


私は、誤った。
だから、その修正を、清算をしなくてはならない。
何をする――それは、そう。全てをそのままに正す。
私が歩んできてしまった道を、物語を元へ戻すのだ。
今までのものは全て不必要だった。それを清算し、そして改めて道を敷く。
全ては物語通りに進めなくては、そうでなくては、犠牲は増える。過ちは過ちを産み、そして最後は破滅が待つ。
失敗は出来ない。なぜならこれからは――世界が天平にかかっている。
誤れば即ち世界が終わる。言葉通りに。
それは、駄目だ。駄目だ。駄目だ。

受け入れられない。
もう、これ以上の犠牲は――無理だ。
私の所為で失われるべきではなかった者たちが死んだ。
これ以上、何かを、大切なものを、人を、失うのは、死なせるのは、出来ない。
私が道を外れることが原因で生きるべきだった人々が死ぬのなら、私は喜んで行おう。悪行を、不義を、悪事を、汚行を、悪逆非道と罵られ、鬼畜外道と謗られ様とも、かつての友と目指した未来を裏切ろうとも。

当て嵌めていけ、私が私として振る舞えるように。
絶望に砕け散った身体を補強しろ。死人でいる間はないのだ。
目の前で消えた命を記憶の奥へと封印しろ。そうでないとお前は動けないだろう。
己を演じろ。思い出せ、物語を進めるためだけにこの身を動かせ。
過ちに起こった綻びを、どうやってでも直して行け。どんな手を使っても。
彼らが、躓かないように。

産まれたことが過ちというのなら、その過ちを清算できるまで生きなくてはならない。
生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ。
生きているように生きろ。理想に燃えろ野望に身を焦がせそうして絶望しろ。
そうしてようやく私の最大の過ちを清算できる。
産まれたことを、過ちを言うのなら。
その死が唯一の償いだ。

さぁ死ねさぁ死のうそれでしか償えはしないそれしか正解はないそれであるべきでそうでなければならない。
それ以外は、要らない。在ってはならない。


「手始めに、さぁ、生き返ろう。レイヴン、イエガー」


愛しい名を呼ぼう。
死人として出来上がり、そうして後につけられる新しい名を。
君たちが生者として生きる名を。
道具として生きる十年を、死人が生きるまでの道のりを見つけるまでの十年を。

罪だと思う。死んだものを生き返らせる。それはきっと、良くない事かもしれない。
でも、大丈夫。君らは十年後、きっと生き返る。
そうなるよう、私は絶対に道を違えない。きっと、きっとだ。
愛しい雛の生き残り、生き返り。

ごめんね。私の我儘に付き合わせてしまって。
赦してくれとは言わない。これから私が虐げ、殺す人々。
絶対に私は赦さない。私を。

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bkm