- ナノ -

1話D
人間が絶望した顔って、こういう顔なんだなぁ。
目の前でベッドの上で呆然としている青年を見て、思わずそう口から吐き出しそうになる。
しかしそれを必死で押し留めて、沈痛気な面持ちでその青年を見る。
青年の名はダミュロン。目が見事に死んでいる。
己の心臓魔導器を見て、そして私に詰め寄ってきた。
これはなんだと、どうして自分は生きているのかと。魔物はどうなったのかと。
その全てに答えれば、ダミュロンは呆然としながらも、家へ帰るといった。
しかし、その家はもうない。始祖の隷長によって破壊されたのだ。一つ物語と相違点があるとすれば物語ではなくなっていたはずのペルレストという都市が生き残っていたところだろうか。ダミュロンの故郷であるファリハイドとエルカバルゼは見事になくなったそうだが。それは物語通り。しかしペルレストが残っているのも都合が悪い。物語と食い違って、物語の本編が開始するときにどのような違いが起こるか分からない。近々には無理だが、そう遠くない内に結界魔導器に不具合があるからとか適当な事を言って住民を避難させて街を人が住めない場所にするか――それとも工作員を寄越して結界魔導器を壊して結界を無くすのが一番手っ取り早いか。
そうやって今後の対応を巡らせていれば、いまだ呆然としているダミュロンが再び訪ねてきた。

「アレクセイ様は……?」

的を得ない問いに内心首を傾げてみた。
何について質問されているのだろうか。己のことについてというのは分かっているが。
ああ、そう言えばダミュロンは“私”のことをアレクセイ様などと言っていただろか。シュヴァーンなら納得もするが、彼がまだ彼である時はもっとこう……距離があったような。あと、こういう時にはもう敬語とか使えてなかった気がする。
これも無駄に騎士団と交流を深めていた弊害か。これからは適切な距離を心掛けなければ!
とりあえず、ふわっとした質問をするダミュロンに何のことだろうかと聞いてみる。一応私も衰弱している設定なので弱弱し気に行きましょう。いや、実際心臓が不慣れすぎたり死んでたせいかなんなのか身体が動かしづらいのはあるんだけどね。

「アレクセイ様は、なんとも、ないのですか」

なんとも。とは。ちょっと検索かけてくるかな。
あー、いや、分かるよ。つまりあれだよね。
あの人魔戦争真っただ中にいて、死ななかったのかとか、そういう感じだよねきっと。
私は物語と違って、人魔戦争の戦場にいた。というか、今回の人魔戦争が始まって軽く自暴自棄になった私は、全てを自分一人で片付けようとした。デュークに救援を頼んで、そして一人であのデズエール大陸を襲った人類滅亡派の始祖の隷長と戦おうとした。そうしたら、部下たちが付いてきちゃってなー。いやー人望が厚いのも考え物ですわー。そしてそれを騎士団長の許可がないくせに騎士たちが行きたがってるからって代わりに出せない許可出しちゃう評議会も様様ですわー。評議会死ね。
そして結果が全滅ですよ。丹精込めて育ててきた可愛い部下たちが全滅ですよ。ええ。そして私も死にましたよ。
起きたら心臓魔導器が埋め込まれてましたよ。ええ。そしてこれからは評議会の手駒になるそうです。心臓魔導器を埋めてくれやがったのは評議会だそうです。ええ。評議会死ね。
なぁんで私の苦労をすべて水の泡にしてくれやがった評議会の駒になんてならなきゃならんのですかねぇ! まぁ、これから物語通りになるようにどうにかこのハンデを物語に影響がないようにするがね。

そして、なんとも。だったな。
さて、なんと答えたものか。

「……ああ。私は大丈夫だ」
「……アレクセイ、様?」
「私は、生きている。そして、あの場で散った者たちの為に尽力しなければならない」

どの口がそれを言うのか。
あれを見て、どうして“あの場で散った者たちの為”等という言葉が出てくるのか。
それはきっと、ダミュロンも感じただろう。いくら沈痛そうな顔をしてみせたところで、そんな言葉を吐いた男を彼は失望することだろう。
知っている。そして、ダミュロンにそう感じてもらわなければならない。
だって彼には、死人でいてもらわなければならないのだから。
少し、これまでの騎士団長は尊敬を集めすぎていた。彼も、もしかしたらそれに汚染されているかもしれない。そうならば、目を覚まさせなければ。目の前にいるのは、人魔戦争に参加していないような、君の痛みを共有しないような、それでいて理想を目指し続けているような人なのだと錯覚させなければ。

暫く、縋るような目を見た。

私は、それを、目を瞑って視界から遮断した。


「(今ここで、彼を)」

彼を救おうとしたならば、彼は死人にはならなかっただろうか。
同じく死んだのだと告げて、心臓魔導器を見せて、それで尚、共に生きてはくれないかと言えば――。


そういうのはやめよう。
やめることにしたんだから。
もう、私にそれをやる権利はないのだから。


ダミュロンは、次に瞼を開いた時には、完全に目から光を失っていた。
ああ、死人になるとはこういうことなのだと思った。
ごめんよダミュロン。でも、でもね。

「(羨ましいと思ってしまうのは、いけないのだろうな)」

ダミュロンは死を望んだ。
私はすでに用意していた彼の心臓魔導器の制御装置を渡して、その場を出た。
勿論色々な台詞を吐いて。

扉の向こう側で低い嗚咽を聞きながら、私も泣きたいなぁなんて思ったり。
だって、彼の前の同じ境遇の人間にも同じことをしたんだから。ああまったく、神経が磨り減るとはこのことだ。

…………さぁ。俯いている暇はない。
私は私のやるべきことがある。ほらほら、暇じゃないんだ。いつまでもひよってることは出来ないのだ。
さ、行きますか。

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