色々詰め込み。前に書いた物と齟齬多分あり
@主の生まれから最後まで
Aザウデでの遺体探し
Bザウデでの主人公たちとの戦いの中の思考
@
外界を全身に叩き付けられた。あの“生きている”という感覚、心臓が動いている。泣き叫んでいる。そういう感覚を叩き付けられた瞬間――私はもう一度生まれたのだと、理解せざるを得なかった。
私は普通の女性だった。義務教育は終えていて、貧乏でも裕福でもなく、友達もいて、家族も健在で、社会人になることに小さな不安を感じているぐらいの、特筆すべきこともあまりない人間。その普通という幸福が侵されたのは、私が死んだあの夜――雨音と風音が煩いあの日――家に強盗が入った。凶器を持ったそいつは、私の家を赤く染めた。悲鳴は雨音に掻き消され、男は家から家族の音を全て消した。私は運よく男に見つからず、身を隠していた。赤く染められた見慣れた家具を眺めながら、一人身を縮めながら思った。
警察に連絡して男を捕まえてもらわなくては、助けてもらわなくては――いいや、違った。私が思ったのは、抱いた感情は――私の家族を殺した――私の大切なものを奪った――!
そう、一人身を固めながら考えたのだ。
――男が警察に捕まったら、死刑だろうか。死刑になれば私の家族が奪われたという事実は消えるのだろうか。私の、家族の気持ちは晴れるのだろうか。そもそも警察に通報して、この男は捕まるのだろうか。逃げるのではないだろうか。それよりも警察に通報したら、私の居場所がばれて殺されるのではないだろうか。
どうするべきか。どれぐらい考え込んでいたかは、分からない。でも、結論は出ていた。
私は運が良かった。家族よりも。強盗の男よりも。
包丁で突き刺した男の腹部は意外にも柔らかかった。骨に当たらなかったのかもしれない。入り込んだ刃に反撃する間もなく倒れ込んだ男に、思わず笑いが込み上げた。
ああ、やってしまった。頭がくらくらとして血の臭いと色に吐き気がした。これで私も人殺し、息をしていない家族が行った場所へはもう辿り着けない。あれ? でも、私は家族を殺した奴を殺しただけじゃないか。もしかしたら、受け入れてくれるかもしれない。たどり着けるかもしれない。
「今、行く」
ポッカリ開いた胸の穴に、手に持ったそれを刺し入れ――
と。思っていたのだが、どうしたことか生きていて……いや、新しく産まれていて。
ちょっと自暴自棄になって殺して自殺して、やっぱりそんな奴は天国へは受け入れてもらえないという事なのだろうか。そうやってちょっと暗くなりつつ、今の現状を考えてみれば――世界は結界魔導器の結界によって魔物から守られ、魔導器というものが生活の一部となっている。私は帝国生まれの貴族の一員で――名前はアレクセイ・ディノイア。
ってこれ思いっきりTOVじゃないですかー正義とは何かなテイルズじゃないですかーしかも私ラスボスだと皆から(勿論プレイヤーからも)思われてた中ボスさんじゃないですかー全部アレクセイの所為で片付く黒幕じゃないですかー最期には兵器だと思ってたのが星喰みを封印してた系の魔導器で、星喰みを復活させちゃって世界を変えようと思ってたのに失意の中で圧死しちゃう人じゃないですかぁぁああ! えっこれ私に死ねと?
そこまで考えてハッと気づいた。これはきっと試練なんですね分かります。つまり、アレクセイ・ディノイアとなった私は、穏便に世界を救うまでとはいかずとも、とりまどうにかしろと。それやったら天国行けるんですね分かります。
確かアレクセイというキャラも別に最初から兵器使って世界征服まがいのことをやりたかったわけじゃない。そうだ。そのアレクセイの想いを受け継いで、ついでに人魔戦争も発生させなければいい。虚空の仮面と竜使いの沈黙ならちゃんと読みましたからね。人魔戦争の経緯だってちゃんと知ってますとも。
そうだ。あんな結果なんて必要ない。死ぬべきでない者が死に、懸命に生きたものが悔いながら死ぬような、報われない世界で在っていいわけがない。そんなの、前世のあの体験だけでお腹いっぱいだ。
そして私はそれらを目標に我武者羅に動いた。やはり目的がある人生はいい。他のことを考えないでいられるし。
ただ、目標の為に日々邁進するだけの人生かと思っていたら、その中で色々な人に出会う機会が回ってきた。
デュークにヘルメス、ヨーデル殿下にダミュロン――見たこと、聞いたことのある面々だ。デュークと共に剣の腕を磨き、ヘルメスと共に魔導器の危険性を見つけ、無害な魔導器を求め意見を交わし、泣き虫だった殿下の世話をして、騎士としての想いを高潔な少女と共有し、キャナリ隊を作成し、そこに若く希望に目を輝かせたダミュロンが加わった。変わらないようで、確かに変わっていく世界。それが見ていてとても嬉しかった。
デュークとはなぜか友を紹介してくれる仲になったし、ヘルメスからは娘を紹介されて自慢されたし(ジュディスちゃん可愛かったです)、キャナリ隊の隊員にはなんだか凄く尊敬されているみたいだったし(されてないよりはいいんだけど、なんか原作より尊敬レベルが高くて引く)、他の貴族や平民の騎士らもキャナリ隊に影響されているみたいだし。……あ、あと時折忍んで下町に行くと、クソ憎たらしい子供と礼儀正しい子供に絡まれる。見覚えが有り過ぎてびびる。それから――姫様はやっぱり可愛いです。甘えん坊万歳。
ただの目標だった道に邁進してたら、いつの間にか世界が色づいていた。天国へ行くための試練なんて気軽に考えていたものがいつの間にか己の生きている意味になって、周囲の人々に生かされていることに気付いた。
大切なものが積み重なって、天国とか、そういうものよりも、今を歩もうと思うようになっていた。
そうだ。皆を幸せにしたい。私は私の夢を叶えたい。
――そうやって思っていた。騎士団長となり騎士団は徐々にではあったが目指す形となっていき、魔導器もエアルを乱さない物として作り出す研究も進んでいた。評議会とのいざこざだけが目障りだったが、それもうまく躱せていた。お前たちがその座に座り続けられるのも今のうちだ、と。
でも、それが甘かったことに、全てが終わった後に気付いた。
気付けば部下は死んでいて、気付けば友も死んでいて、まさかまさかで自分も死んだ。
人魔戦争が起こったのだ。原因はエアルを大きく乱す魔導器が大量に生産された為。製作者はヘルメス。そしてヘルメスはその咎を引き受け死に、部下は始祖の隷長との一方的な虐殺により死に、そうして私もその虐殺によって死んだ。
私が関わらなかったヘルメス式魔導器の作成を指示したのは、帝国――いいや、評議会だった。帝国の基礎たる法も忘れ、自らの立場が危ういと焦った奴らがヘルメスの幼い二人目の娘を誘拐し、ヘルメスに新しい魔導器を作らせた。帝国が魔導器を牛耳っている今の世の中で、更に新たな魔導器を手に入れられれば盤石だと思ったのだろう。ヘルメスは私に謝罪と娘を助けてくれという手紙を送り、そのまま死ぬまで会いまみえることはなかった。娘を――リタを助け、事態の収束に動いた時には既に手遅れだった。
始祖の隷長は各地を襲い、人々は恐怖に陥っていた。約束を交わしたはずの帝国がそれを破ったのだ。始祖の隷長は、期限を与えることをしなかった。
それでも、どうにか。どうにかしなくてはと――一人の友が悔いの中で死んだ。そんなこと、この後に待っている悲惨な運命などあってはならないと奔走した。
だが――デズエール大陸に巨大な魔物が出現したと聞いて、事ここに至って私はようやく諦めた。
止められなかったのだと、理解しなければならなかった。
私は動いた。それはアレクセイ・ディノイアとは違った道だった。だが、収束する未来は同じだった。
どうにもできないと悟って、私は一人でデズエール大陸へ向かった。
何ができるわけでもない。ただ、その魔物――人類を滅ぼそうとする始祖の隷長が人々を虐殺しようと海を渡るのを、ただ待っていることだけは出来なかった。
人が叶わないことは知っていた。デュークには謝罪と救援を頼んでいた。人々を助けてくれと、そして友から目を離すなと。
戦争が、始祖の隷長による虐殺が繰り広げられるまで、ずっと考えていた。どうすればよかったんだろう。どうしていたらこうならなかったんだろう。最初はただの目標だった。それが人と関わる中で夢になった。でも駄目だった。
なんで? 覚悟が甘かった? 計画が拙かった?
その疑問はすぐに解消されることになった。
「アレクセイ団長!」
「――は」
その声は砂漠に立っていた時に、複数人から聞こえた。
騎士団長! 団長! アレクセイ様!!
それらは私を尊敬すべき騎士の鏡として慕う者たちからの声で、揺ぎ無い信頼がそこにはあった。
帝国で待機を命じていたはずの騎士たちが――しかも数百人、いや、千人は超えているか――デズエール砂漠へやってきていた。
開いた口が塞がらず、まるで幻覚を見ているようだった。そしてそれは、私を絶望へと引きずり落とそうとしてくる。
彼らは言った。私一人で魔物と戦おうとしていると聞いたと、待機と命じられてはいたが、待っていられなかったこと、そして、そして評議会から直々に許可が下りた――アレクセイ騎士団長の元へ行ってよい、と――。
目の前が暗闇に支配されて、その場に倒れそうだった。
私は――私はどうしようもなくてここへ来たのに。
ここに自分がいたっていなくたってどうしようもない。でも、ただ人が殺されるのを見るのは嫌だった。だから、だから私は。
死ぬと分かっていてもここへ来たというのに。
死地へとやってきたことを理解しつつ、それでも希望を捨てない私を慕う騎士たちを見て、ここで皆死ぬのだと、言えなかった。彼らは私の指示を待った。私の為とやってきた。ああ、ここで、ここで何が起こるかも知らないで!
その中には、やはり見知った顔があった。キャナリ隊の者たち、そして――ダミュロン。
手が震えた。
死なせたく、ない。
死なせたくない。死なせたくない。死んでほしくない。死ぬな、死ぬな!
「――私の指示で動け。そして、これは命令だ。皆、絶対に死ぬな!」
そしてその約束は、誰一人として果たされなかった。
またか。
一番初めに思ったのはそれだった。
外界を強烈に叩き付けられる感覚――二度目だった。
一度目は赤子として生まれ落ちたとき、今回は――心臓が魔導器になっていた。
語るも悍ましい経緯により、私は魔導器を装着され、生き変えさせられたらしい。語るも悍ましいので省略すると、ヘルメスから心臓魔導器を押収していたからそれを使用して、命を握れる都合のよい駒として私を生かしておくことにしたとか。
確かに、心臓を握っている相手が騎士団をまとめているなんて、どんな保障にも代えがたい。
三つの街が地図から消え、魔物たちの傷跡が多く残った世界。部下は死に絶え、ヘルメス式魔導器は今だ評議会の術中だ。
そして自分の命は評議会のもの。己は都合のよい評議会の駒。
なんだそれ。
聞けばデュークの友も帝国の裏切りにより死んだらしい。
テムザの街もなくなって、何もかもが物語のまま、元通り――いや、部下はそれよりも多く死んだし、私の心臓は魔導器だ。
なんだそれ。
なんだそれ。
意味が分からない。
これじゃあ、何の意味もない。寧ろ無意味よりも酷い。
私のやったことの意味は、目標は、夢は。
語った夢は、追い求めた希望は、私を信じた友は、部下たちは。
何もかも、無駄だった。
「は、はは」
笑いがこみ上げてきて、自分が本当にしなくてはならなかったことを漸く見つけることが出来た。
私がこの体に産まれた意味も、生きていた意味も、こうして死んだはずなのに魔導器を埋め込まれて生きている意味も。
そう。私は“アレクセイ・ディノイア”として生きるために生まれてきたのだ。そうして、生かされている。
つまり、物語通りにという事だ。世界の修正力とでもいうのか、物語通りに行くようにしなければ、無理やりにでも引き戻される。その際に、本来の筋書きよりも少し都合が悪くなる。それは筋書き通りに動かなかった所為。私の所為。
私は、“私”であってはならなかったのだ。
さて、そう思った私がどうするかと言えば、もう分かり切っている。
私は私であってはならない。ならば成ろうとも、アレクセイ・ディノイアに。
これからどうすればいいのかはよくよく分かっている。一度は世界を変えようとまでした大馬鹿者だ。物語の今後ぐらい覚えている。それをなぞればいい。
悪い方へ傾いた現状は巻き返さねばならないが、どんな手を使ってもそれは成し遂げる。
何故ならば、私は悪だからだ。物語の悪役、罪人、咎人、全ての黒幕。それが私。
本来のアレクセイ・ディノイアなら、人魔戦争後の出来事によりそうなるべきところを、私は既に“そう”なろう。
冷酷無比で、鬼畜外道。いいぞいいぞいいじゃないか! それで世界が救われるならば、筋書き通りになると思えば安いものだ!
ああ、どうして、どうして私は最初からこの道を選ばなかったんだろう!
企んで、実行して、進めて、結末を迎えよう。そうしたら、そうすれば世界は救われるし、罪人という私は終わりがくる。悪は間引かれ、新たな世界が到来する。
早くその世界になってほしい、訪れてほしい、筋書き通りに進んでほしい。だってこれから目も当てられぬような悪行を積むのだ。手下を従えて人を害するのだ。結末は、早い方がいい。
「最初は、彼ら二人か」
世界は筋道通りに進むことを良しとする。私が死んでしまったせいでタイムラグがあるだろうが、あの二人はこの世界の物語には絶対に必要だ。ならばこのまま死ぬはずがない。彼らは生き返る。心臓魔導器で――私の手で。
最初の人道を外れた行為だが、まぁ大丈夫。十年もしたら二人とも、きっと死人じゃあなくなるから。
大丈夫、大丈夫――今度は間違わないから。ごめんね。
それからは物語通り。全てうまくいくように動いた。
大変だったことと言えば、評議会から私の心臓魔導器の制御装置を奪取するときぐらいだったか。と言ってもただ偽物とすり替えるだけだったが。すり替えてくれた評議会の人間はその場で殺しておいたし、ばれることはないだろう。どうやって評議会の人間を丸め込んだかは――余り思い出したくない。
ただ、その中で部下が爆発に巻き込まれ死んだのは――仕方がないが、それでも、そうならないようにと、動いたつもりだった。だが、それも無意味だった。物語以上に、悪い事にならなかったことだけが救いか。
ああ、それから、元から諦めているのに精力的なふりをするのは精神的に辛かった。ある意味ハイテンションにしなくちゃならなかったから、常にハイだった気がする。殺す気か。
シュヴァーンとイエガーを作り出し、ギルドへ送り出して、それからラゴウとキュモールを手下において、甘言で動かしてでもやり過ぎないように手出ししながら操作して、下町のユーリ・ローウェルの存在などレギュラーメンバーに目を配りながら、帝国が――評議会が馬鹿みたいに作り出すヘルメス式魔導器を壊したりでも作ったりしつつ、シュヴァーン及びレイヴンとイエガーを操ってうまく情報操作しつつ、始祖の隷長である美人秘書に色々悟られないように全力で取り繕いつつ、時折やってくるデュークに肝を冷やして……なんだこれ過労死するぞ。物語終わる前に過労死するぞおい。
それから欲深いわけであるから、どうせ物語通りになると知ってはいても犠牲者を少なくしたいと思うから更に面倒になったりならなかったりするわけで。つまり物語に大きくはずれなければいいのだ。ラゴウやキュモールの馬鹿たちの手綱をきちんと握り、馬鹿げた趣味や犠牲に走らせないようにしつつ、フレンを送って事態を収束、聖核を集めまくってヘルメスの知識を参考に(彼が残した資料を見るたびに目頭が熱くなる。歳か)宙の戒典というリゾマータの公式が記された剣がなくともザウデ不落宮が動かせるように日々研究を重ね、ついでに魔導器が使えなくなる未来の為に培った知識で新技術の為の色々を考えてみたりしつつ、更に星喰みが打倒された後に壁になるであろう老害退治のために不正の証拠の品々をしっかりと保管しておく。
そして怖かったのがパティ関連である。海精の牙を使い、人工的に満月の子を生み出すというものだったが――ぶっちゃけBOX版ではパティいなかったし、そもそも満月の子はエステリーゼ様がいるからこの実験自体意味がないにもほどがあったりする。
どうしようかと悩んで、結果的に様子見と戦々恐々としていたが――障害になりえる場合は意味がなくともこの実験をしなくてはならない――ブラックホープ号事件は発生した。
せ、世界の修正力ぱねぇ。と青ざめつつ調べてみれば、どうやらヘルメス式魔導器によってエアルが活性化し、偶然エアルが大量発生した場所に居合わせこの事件が発生したのだと判明した。
……元凶は評議会が大量に作り出したヘルメス式魔導器だ。だが――物語に弄ばれている感覚は、あまり良いものではない。しかしそれに沿えば世界は救われるのだ。文句は言うまい。
私は、その事件の真相を闇に葬った。エアルのせいだと世間に知れれば、今後大きな変化が起こってしまうかもしれない。ブラックホープ号には、そのまま汚名を被ってもらうことにした。
己が引き起こしたことではない。だが見て見ぬふりをしたもの事実。誰が悪いかと聞かれれば――。
まぁ仕方がないよね!
しかし、ドンとイエガーについては生き残らせることにした。
ドンは戦士の殿堂のベリウスの件があったが、それはどうにか裏工作に裏工作を加えてどうにか自害を回避した。といっても彼のケジメは主人公たちに大きな影響を与えるため、私の知識を最大限使わせてもらった。寧ろヘルメスの、だが。
魔導器で幻覚幻聴を与え、正常な認識能力を奪いドンが死んだように思わせる――見事成功したが、寧ろ成功しなかったら私のこの時の為だけの魔導器(製作日数五年)が無用の産物になるものだった。
と言っても何が一番大変だったかっていえばドンの説得なんだけどな! 勘弁してくれ、自害は、自害だけは!! 復興に貴方がいるのといないのとでは大違いなんだ! たとえ隠居をしていようとも!! だから自害だけは!
そんでイエガーについてはもう簡単だ。命令をしなければいい。終わり。ザウデ不落宮にいたかどうかさえ知らん。
もーほんとに最後まで長かったよ。まぁ本編始まっちゃえばあっという間だったけど。
ある意味何か変なことが起こってないか、事態が悪い方向へ行っていないかそわそわして精神的に辛かったけど。
ああ、いろんな所で裏工作して、憎き評議会には媚びを売って、ヘルメス式魔導器を壊して、そして悪行を重ねて人を殺して操って企み通りに動かして。――見知った顔に、どうしてと、信じていたのにと純粋な瞳で問われて、それを鼻で笑って。
ああ、疲れた。
疲れた、本当に。
空に開いた悍ましい穴に、ああ、漸く終わりだと歓喜した。
自らを道化だと笑い、胸を切られ、そうして巨大な魔核に押しつぶされる。
降りかかるそれがまるでこの人生の四十二年間、そして人魔戦争よりの十年間へのご褒美のようにさえ思えて、手を広げる。
さぁここだよ。私はここだ。世紀の大悪党。大罪人はここにいる。
人々を苦しめ悲しませ、笑みを奪った男はここにいるぞ。さぁ死のう、とっとと死のう。
罪には罰を。家族を奪った強盗には死を。世界の道筋を乱れさせ、状況を悪化させ、そして十年間悪を行ってきた男へ無様な道化としての終わりを。
ああ。ようやく。
ようやく、死ねる。
どうしてか流れた涙と、崩れゆく音にかき消された元部下の声のようなものに疑問を抱きながら、私は――“私”は死んだ。
願わくば、次の人生ではこんな人生の記憶を、全て忘れていますように。
A
「どこ、」
どこにいるんですか。
ここに、ここにいるんでしょう。
独りきりでここまでやってきて、命を救った部下も寝返って、それでも進んでしまって。
最後まで振り返ることはせずに。
人々は貴方を傲慢であるというでしょう。しかし、私にはどうしてもそうとは思えない。
貴方は確かに人道を踏み外していた。大勢の人々を不幸に陥れたかもしれない。
でも、そのどれもが、貴方の為ではなかったような気がするのです。何者も映さなかったこの瞳は、しかし貴方の苦悩を確かに見つめていたのです。
だって貴方は、貴方はあの戦争で、部下たちが死んでいくのを、最後の部下である私が心臓を突かれて死ぬのを、絶望の面持ちで手を伸ばしていたではないですか。
そんな貴方が、理由もなしにこんなことをするとは、私には――ようやく生きることに向き合えるようになった私には、思えない。ずっと、目を背けていた。貴方が戦争のことを、何もかも忘れてしまったように前向きに生きる姿に、部下を想ったあの方はいなくなったのだと、消えたのだと思い込んで、貴方自身を見ようとしなかった。でも、そんなわけがない。貴方は誰よりも騎士団を愛し、帝国を想い、私たちを想っていてくれたというのに。
私は、私のことで埋め尽くされて、貴方が同じ想いをしたのだということを――いいや、それ以上に辛い想いをしていたのではないかという可能性を、全て見て見ぬふりをしていました。
「どこに、いらっしゃるんですか」
伸ばした手は届かなかった。
魔核に押し潰される貴方を、両手を広げ魔核を仰ぎ、どこか安らかささえ感じられる笑みを浮かべながら涙を流す貴方を見ながら、その姿が消えていくのを、ただ眺めるしかできなかった。
なんと愚かな手だろうか。長年死人として生きてきたせいで、何にも使えない、なんて意味のない身体。
ただ一心に、他の何も聞こえないというように死を受け入れるその姿は、異様で、そして満足気だった。
貴方は、今まで何を考えていたのですか。
教えてください。この使えない部下に教えてください。十年前から何も変わらない阿呆に教えてください。
貴方を慕って戦場へと駆けつけた部下たちが、全て死に絶えたとき、貴方は何を思っていたのですか。私を心臓魔導器で生き返らせたとき、本当はどう考えて生き返らせたのですか。私を叱咤激励したとき、貴方は本当は何を言いたかったのですか。私に、私に心臓魔導器の制御装置を渡すときに、どうしてその手は震えていたのですか。
どうして私をシュヴァーンとしたのですか、どうして人魔戦争での記憶をなかったかのように振る舞ったのですか、手塩にかけた部下たちが爆死させられた時、どう思ったのですか。何故、何故、爆破の治療に体中を包帯に巻かれているその時に、何もかもを諦めた様な――死人のような顔をしていたのですか。
私は、何も知らない。何も知ろうとしなかった。知ろうとしていたら、何か変わっていましたか。貴方に、何かもっと明確な言葉を伝えられれば、何か変わっていましたか。貴方は、貴方は一人で命を落とすことはありませんでしたか。
「アレクセイ、様」
ザウデ不落宮の、魔核が降り注いだ場所で、手を動かす。
降り注いだ他の瓦礫や破片などで、手が切れて血が点々とついていく。瓦礫を無造作につかみ取って、後方へ投げ捨てる。まったく減らない瓦礫に、その下で埋まっている人が思い浮かんで、必死に手を動かした。
アレクセイ・ディノイア。帝国に謀反を起こし、ザウデ不落宮を起動させ、世界を我が物にしようとした大罪人。しかし、彼はザウデを兵器として扱った。だが、実際にはそれは兵器などではなく、星喰みという災厄を封印しておくための魔導器であった。そして彼は間違った知識のままに星喰みを復活させてしまい――そして、ユーリ・ローウェルに切られ、失意の中で魔核に押しつぶされ、亡くなった。道化らしい、最期であった。
それでも、その最後に納得など出来なかった。
だから、星喰みが姿を現し、動揺が広がるギルドから抜け出して、調査隊も活動を停止する夜中にこうして彼を探している。
生きているわけはなかった。だが、その体は。彼は、そこにいるはずだった。
調査隊に荒らされて、彼の身が海のもくずとなってしまう前に。
名誉も地位も、命さえも失った。だから、せめて身体だけは。
それで、何が変わるわけはない。貴方の頭の中を理解できるわけでもない。ただの自己満足でしかない。
どうして――どうしてもっと早くに。
もっと早くに貴方の事を想えなかったのだろう。
何故違和感を感じつつも、貴方の涙を見るまで確信を持てなかったのだろう。
この十年間の、貴方の本当の意図が、私たちのような矮小なものたちが思うものだけではなかったことを。
だって、そうでしょう。
貴方は最期に、あの瞬間に、あんなに安らかに微笑んでいたじゃあないですか。まるで何かから、解放でもされたように。
「帰らなきゃ……」
地平線から太陽の光が漏れてくる。
もう朝になってしまう。時期にここにも人々がやってくる。
この魔導器を我が物としようとする強欲な人間たちが。
これは、彼の努力の結晶だ。彼の夢の結果、どんな残酷なものであったとしても、彼が出現させた。彼だけのものだ。
忌々しさにザウデにやってくる全ての人間の心臓に矢を撃ちたい衝動に駆られるが、それをどうにか押さえ込む。
それに、もう時間だ。
手は血だらけで、多くの瓦礫を取り除いた。
しかし、彼はいない。そして、これ以上ユニオンを空ければ大きな支障が出るだろう。この世界は今、不安定だ。そして彼が出現させた星喰みを解決しなければならない。その作業にもユニオンという大きな組織が傾いていれば、更に困難になるだろう。
「……アレクセイ様」
ユーリ・ローウェルはいまだ見つかっていない。
青年を探すため、フレン率いる騎士たちが彼を探し回っている。
そして、貴方を探すのは私だけ。
死んでいる人間を探すのは、無意味かもしれない。
それでも。
「また、来ます」
私は貴方を諦められない。
貴方は、死んでしまっているのに。
B
解析は終わった。けれど演出上問題があるので、終わっていないふりで中盤当たりの解析を再び始める。
いや、ほんと意味ないんだけどね。でも彼らに“終わっていない”と思ってもらわなければ困る。
早く来ないかなぁ。
と、思っていたらやってきた。
こんな海の底まではるばるご苦労様です。ご迷惑をおかけします。
「そこまでです、アレクセイ。これ以上、罪を重ねないで」
姫様。随分と凛々しくなられて。というかあんだけひどいことしたのに、よくそんなこと言えるなぁ。心が海よりも広いんではなかろうか。それとも死ななきゃ安いって感じかね? 彼女の場合本当にそんな気もするから怖い。
私はそんな優しいこと言えないなぁ。
「これはエステリーゼ様。ご機嫌麗しゅう」
とりあえず答えると面倒そうなのでむかつく挨拶をしておこう。もう殊更丁寧にね!! うざいね!!
でだ。ここは重要な場面だと分かっているんだが、一つだけ聞いておきたいことがあるんだなこれが。
いや、まぁ大丈夫だとは思ってるよ? 彼が私の命令を違反ばっかしてたの知ってるし、今回に至っては命令さえしてないから、別に彼が死ぬ要素とか絶対にないし。いや絶対にないんだけどやっぱり気になるじゃん? これでなんかあったらどうしようああ怖い聞くのやめようかないやでも。
「イエガーはどうした?」
ああああ聞いてしまったああああ。死んでないよね? 死んでないよね? だって彼も大切な子たちいるもんね? みすみす死ぬなんて絶対にないよね? ね?
「てめぇの親衛隊の相手をしてくれてるよ。良かったな、優秀な部下を持って」
「……ふん、とんだ見込み違いだったか」
うおおおおお!! よかったぁああああ! そ、そうだよね! 今までもずっと凛々の明星の手助けとか勝手にしてたもんね! そりゃあ最後まで手助けするよね。彼も私の世界征服なんて望んでいるわけでもないし。はぁああよかっ
「お前を止めてくれ、とさ」
……うん? なんかちょっと引っかかるお願いだな。普通は倒してくれとかじゃないのか? 彼は私を憎んでいると思ってたんだが。いや、言葉のあやか。深い意味もあるまい。
「ふん。大人しく従っていればよかったものを」
「そうやって他人の人生を弄んで、楽しいかしら? ……貴方は、そんな人なの?」
尋ねられた言葉に少し眉間にしわが寄る。
そんな人って……いや、まぁそんな人になるんじゃないですかね。
ただの憎しみしか向けられないかと思ったのに、ここで私の性質を問う言葉が出てくるとは。やはり――昔に会っていたのが悪かったか。やはり、余計なことをしたせいで、若干史実と違ってしまっているな。困ったものだ。
私が答えずにいれば、痺れを切らしたようにフレンが叫んだ。
「アレクセイ! かつての貴方の理想は……何が貴方を変えたんです!」
「おまえ、まだそんなこと」
あーほんとフレン君眩しい。眩しすぎて目が潰れそうです。
そんなこと聞かないでよーそんなことどうでもいいじゃんかよー君らの前には悪者アレクセイがいるってことだけでいいじゃんかよー。
答えたくないので口を閉じていれば、しかし凛々の明星の皆も戦闘態勢のままではあるが待機している。
え? なにこれ答えなきゃいけない感じなの? なにそれええええええいいから問答無用で戦闘行こうよおおおおお。
「何も変わってなどいない。やり方を変えただけだ」
まぁいいけど。考えていた台詞を口にする。
何も変わっていない――そう。何も変わっていない。
私は何も変わっていないよ。昔からこんなのだ。愚図で阿呆でどうしようもなくて、罪が罪だと気づかぬ無知な男。そうして繰り返して、しっぺ返しを受けて漸く気付く。
でも、それでも、きっとこの選択は、この十年は間違いじゃない。きっと、きっとそうだ。間違いなんかじゃない。だってこれが筋道通りなのだから。
この先に待っている未来は、きっと世界を明るくする。
私の所為で闇に飲まれても、希望の星が空を明るくする。
続けた綺麗事に、フレンが苦しそうに黙り込む。そうだね。彼も平民だから、きっと大変な思いをして、そして理想を持っていたから、現状に苦しみ、こんな馬鹿げた暴論に耳を傾けてしまうのかもしれないね。
でも、彼の仲間たちが私の言葉を切り捨てる。
そうだ。このやり方は、許されざる悪だ。
許されるわけもない。許されていいわけもない。
知っている。知っているから――私は最期を望んでる。
「こいつの言葉は、何もかも嘘っぱちじゃ!」
嘘で塗り固められて、本心は十年前に置いてきた。
虚実の鎧を身にまとい、騎士達を先導した。
何もかも、何もかも嘘だ。
嘘でしかない。世界を解放する? ああ、バカバカしい。
全て戯言だ。私は、私はただ――
「……どうしてこんな笑顔を奪うようなやり方しかできなかったんです? あなたほどの人ならもっと他に方法が……」
……姫様。
……あったのかなぁ、そんなもの。
そんなもの、そんなもの、そんなもの、そんなもの、そんな手段、私の夢が理想が全てが報われるような方法があったのかあったのかそんなもの、犠牲を出さずに笑顔を奪わずにできるやり方が、誰も泣かないですむやり方が、誰も死なずにすむやり方が誰も誰も誰も誰も誰も誰も――ああ……姫様。
私は、私は間違っているとでも言うのですか。
これが、この最善が、間違っているというのですか。
これしかないでしょう。これしかない。これしか。こうするしか。これが、間違っているというのなら、私は。
「私は一体、どうすれば――」
アレクセイ・ディノイアは、どうすればよかったのだ。
―――違う。違う違う違う違う違う。
私は間違ってなんかいない。間違ってない間違ってない間違ってない! 死んだ! たくさんの人が! 私の所為で、私のしたことで! だが間違ってなどいない! 私が無知ゆえに動き何が起こったか分かるか、この世界が更に腐敗する道を辿りかけさえした、あの選択の間違いを思い出せ! 私は間違ってなどいない。間違ってなどいないッ!!
「理想のためには敢えて罪人の烙印を背負わねばならぬ時もある。ならば私は喜んでそれを受けよう。
私は世界の開放を約束する! 始祖の隷長から、エアルから、ちっぽけな箱庭の帝国から!
世界は生まれ変わるのだ!!」
戯言綺麗事。
「世の為だろうかなんだろうが、それで誰かを泣かせてりゃ世話ねえぜ。てめえを倒す理由はこれで十分だ!」
「もう……引き返す気はないのですね」
そうだ。もう引き返せない。
引き返さない。絶対に。
失ってきた命を、行ってきた行為を、無駄にしないために。
全てが――間違いだと言われたとしても。
そうして私は断罪を受ける。彼らの口にした言葉よりも、重く深く、命でしか償えない罪において。
魔導器を作動させ、地面の一角が宙に浮く。
それに凛々の明星たちも乗り込み、動く床の中で対峙する。
一度は目を通した解析に、彼らに背を向け眺めていれば、聞きなれた声が背後から聞こえた。
「なあ大将……どうあっても、やめる気はねえの? ……俺らの、望んだものがこれだっていうのか?」
……レイヴン。それは誰の言葉なんだ?
レイヴンだよな? なら、“俺ら”とは?
なぁ、どうして?
どうして今更――
「お前までが、そんなことを言うのか」
「……目的は手段を正当化しない。そんなこと、貴方が一番分かってるでしょう」
分かってる。分かっているとも。
だからこそ、私は突き進む。そうすることが最善だから。
……でも、その言葉を君から聞けて良かった。そして……もっと前に聞きたかった。
聞けたとしても、意味がない。寧ろ、物語通りに進ませるには都合が悪いだろう。それでも……聞きたかったなぁ。
黙っていれば、凛々の明星のメンバーたちから有り難いお言葉をもらう。しかし“勝手な夢”か……確かにその通りだ。
でも、でも私は、
制御盤での解析中と思わせることにも成功した。
後、もう少し。
「新世界の生贄にしてくれる。……来い!!」
さあ戦おう。剣を交えよう。
決して交合わぬ、悪と正義として。
私の役目を、終えるため。