色々収まった後小ネタ。
(二つ目はたぶん城で職務しながら償い中)
「どうして君は、私を助けた」
放っておけば、勝手に死んだだろう。
「真実とやらを知りたかったからか」
彼らがそう呼んでいる、あるのかないのか分からないそれ。
イエガーの行動に踊らされ、ベラベラと喋ってしまった事柄。
それを知りたかったから、生かしたのか。
レイヴンは唇を噛みしめるように、口を噤んでいた。
言いたくないなら、無理に聞くことでもないか。
「それも、あります」
沈黙の後に聞こえた言葉に、それだけではないのだと知る。
なら、なんだろうか。
私を生かす、その理由。
「……貴方に、置いていかれたくなかった」
よく、分からない。
私は、ザウデで死ぬはずだった。
それならば、置いていくのは彼ではないのか。
新しい仲間と、新たな門出。祝福されるべき人生。
私と言う害を払い、ようやく旅立てるその瞬間。
「貴方に、捨てられるのが、嫌だった」
捨てるはずがない。だって君は、もう道具などではない。
そもそも、最初から道具などではなかった。
君は君と言う人間だった。ただ、君がそう気づいていなかっただけで。
「一人で、行かないでください。遠くに、行ってしまわないでください」
そんな風に言われても、どう返せばいいのか。
一人で進むべきは君だ、遠くに旅立つべきも君だ。
大空に羽ばたいて、そしてその先で支えてくれてる仲間と共に生を謳歌する。
それが、多く苦しんだ君が受け入れるべき未来だろう。
なぜ、私に固執するのか。
「いえ……すみません」
自嘲の笑みが溢れ、彼の暗い瞳が私を見やる。
「もう、俺は、貴方を、離さない。──離せない」
なぜ。君はもう、解放されたはずなのに。
――――
ペンの先、衣服の帯、大きな固形物。
時折──本当に時折、そう言ったものを見ると死を連想する。
人は、案外簡単に死ぬ。
徹底的に刃物が撤去されている部屋であっても、日常的なものさえあれば人は殺され、また自殺することが可能だ。
だから時折、そんなものが目に入る。
自分に死ぬ権利はなく、あったとしてもこの心臓である限り叶わないと分かっているのに、それでも吸い寄せられ、手にしてしまうことがある。
どうしようもない衝動に駆られる時さえも。
自分で制御できずに、すべてを放りなげベッドに逃げても脳裏を這いずる。
手足を縛り付けて、動けないようにしてほしい。何もできない人形にしてもらえれば、こんな衝動に悩まされることもない。
どうにもできない、ベッドのシーツさえも凶器に見えてしまう。口を覆って、空気を遮断すれば人は死ぬのだ。
どうしようもない、恐ろしい魅力となってそれは迫ってくる。
「あれ、大将。手、どうしたの」
「少し不注意でな、怪我をした」
「そうなの? 俺様が治してあげましょうか?」
「ああ、頼んでいいか」
「え、あっはい! お安い御用ってね!」
包帯をつけた手を、城での仕事終わりだと言うレイヴンが目ざとく見つけた。
厚意に素直に甘えれば、驚いて飛び跳ねたが快諾してくれた。
包帯越しに治癒術をかけられれば、手に感じていた鈍い痛みが消えていく。
レイヴンが包帯を取っていく。元から小さな傷だったそれは、きれいさっぱり消えていた。
「ありがとう」
「いえいえ。これぐらいならいくらでも。でも、不注意なんて珍しい」
「ああ、少しぼうっとしてしまって」
「ええッ、珍しい……」
「……私とて、それぐらいはある」
「仕事のしすぎなんじゃない?」
「むしろ少ないぐらいだ」
「ええ……」
騎士団長時代に比べれば本当に少ない。寝る時間がしっかり確保されている時点で仕事が少なすぎる。個人的にはもっと、寝る間も惜しむほど、いや、多ければ多いほどいい。
と、そんなことをいっても心配させるだけなので口には出さないが。
「まぁでも、気をつけてよ」
「ああ」
手の状態を確かめるように撫でたレイヴンに一つ頷く。
こんなこと、何度もしていられない。
衝動を紛らわすために自傷行為など。もっと他の対処法を見つけなければ。
足に二つ、腕に一つ。すでに治っているものを含めると追加で三つ。
こんな調子では、自傷行為が、しかも常習であることがバレるのも時間の問題だ。
それとも、バレる前に伝えたほうがいいのだろうか。
「大将? どうかした?」
「……いや、なんでもない」
「そお? ……隠し事はやぁよ」
隠し事、か。
それほど大きなことではないが、隠し事ではある。
少し考えていれば、レイヴンの顔が一気に厳しくなって驚いた。
「何かあったんですか」
「……いや」
「もしかして、さっきの傷は誰かに」
「いや、違う。落ち着け、そうではない」
口調が変わり、早口になったレイヴンの言葉に被せるように否定する。
ぐっと言葉を止めたレイヴンだが、耐えるように口元が締められていた。
「そういうことではない」
「……なら、なんですか。隠さないでください」
先ほどと同じことをいっているはずなのに、こうも違くなるとは。
しかし、ここで素直に話すと少しややこしくなりそうだ。私も、あまり話したくはない。
自己管理がなっていないということだし。もう少し、時間が欲しい。
「……次、君がここに来たときに、必要ならば伝えよう」
「なっ、それでは意味が──」
「その時に、必要と思ったら直ぐに伝える。少し時間が欲しい」
「っ……今じゃあ、ダメなんですか」
「ああ。といっても、私のわがままだ。言えというなら言おう」
卑怯な言い方をした。
案の定、レイヴンは恨みがましげに私を見つめた。それを真正面から受け流す。
しばらくそうしていれば、彼はため息をついた。終わりの合図だ。
「分かりました。けど、次来た時は」
「ああ。必要だと思ったら直ぐに」
「……言っておくけど、俺様、あんたの事は全部知りたいんだからね」
……それはなんというか。そんな情報多いと大変じゃないか……?
最後のは冗談なのか本気なのかは分からなかったが、その後に直ぐに話題を変えてきたのでどちらかは分からなかった。たぶん理解しなくていい部類のやつだろう。うん。
そんな会話があった次の日。早速やってきたレイヴンに、治ったはずの手に傷があるのを目ざとく見つかり、結局すべて白状することにあった。
滅茶苦茶辛そうな顔と悲しそうな顔をさせてしまった。
うーーーーん、最初から言っときゃよかった。