ここは幸い台所を貸してくれる所なので、ささっと作らせていただく。
今日の夕飯は、白米と味噌汁、それに豚の角煮とポテトサラダです。
……うん、ささっとではないですね。ちょっと力入れすぎた。まぁ、せっかくの四人分だし、育ち盛りのカロル君がたくさん食べるの見るの好きだし、レイヴンがちゃんと食事をしっかり取ってるの見るのも好きだし。まぁ、いいやんか。
ちなみに料理を手伝ってくれたのはレイヴンだ。どうしてレイヴンなのか。わたしはカロル君がよかった。が、そうすると部屋にレイヴンとデュークを残すことになる。ただでさえ一触即発の雰囲気だったのに、二人きりなんてさせられない。
デュークとレイヴンなら、正直デュークの方が良かった。レイヴンとは色々気まずすぎる。が、今回は凝った料理をしようとしたため、味覚がない私としては味がしっかりわかる相手に来て欲しかったのだ。デュークは何を食べさせても「味がする」「うまい」しか言わないからな……。いや、美味しそうに食べてくれるのでいいんだけど、今回は客人もいるので。
「大将ー、ポテトサラダ盛り付け終わったよ」
「ありがとう。レイヴン、味噌汁と豚の角煮の味見を……ってなんだその顔は」
「い、いや、大将が、そういう事言うのあんまり聞いてなかったから……」
「記憶がなかったときは言っていただろう。いいから味見をしろ味見を」
感謝しただけでその動揺具合はいかがなものか。
ま、それぐらい騎士団長閣下は厳しかったからな。当然といえば当然だが。
指示を出すときでさえ視線は合わせませんでしたからね。徹底していましたとも。
小皿を押し付けると、受け取ったレイヴンが口に含む。ペロリと舌で唇を舐めた。
「うーん、もうちょっと醤油入れてもいいんじゃない?」
「そうか。味噌汁はどうだ?」
「ちょっと待ってね。……ちょっと薄い? かな」
言われた通りに、それぞれに調味料を追加する。このぐらいだろうか。入れすぎると薄めるのが大変なんだよな。
調整してレイヴンに渡すと、小皿を見つめて味見をしないので眉が寄る。
「どうした?」
「いや、なんで自分で味見しないのかなってさ」
「客人の好みに合わせようかと思ってな」
「……一緒に旅して、そういうの一番理解してたのあんたでしょ」
……こいつは。
こういうところばっかり鋭いんだからな。
そういえば、旅の中で彼らの好みを色々気にしていたこともあったな。純粋に気になって、誰が何を好きか嫌いか分かれば、食事も作りやすいし。味の好みも、まぁ、好きなものを作って笑顔で食べられた方が気持ちがいい。
……その気遣いがここで仇になるとは思うまい。
逃さぬように見つめられ、味噌汁をかき混ぜる手を止める。
まぁ、濃さはたぶんこれぐらいでいいだろう。
「気になるか?」
「そりゃあ、ね」
「……一時的な味覚障害だ」
「いつから……」
「デュークのところで目を覚ましてからだな。まぁ、しばらくすれば治るだろう」
「……それ、食事辛いんじゃないの」
「そうでもない。匂いと食感は感じるからな」
逆に匂いのないものは辛い。この料理で言うと、白米とポテトサラダはあまり料理を食べている感じがしない。匂いが薄いとどうしても。
嗅覚があれば、それでいくらか補える。味を思い出しながら食べると言う技術が最近身についた。良いことである。一番は味覚が戻ることだが。
「ねぇ、大将」
「なんだ」
「本当に戻るの」
どうやら話題が変わったらしい。しかし、戻るかどうか、か。
城に、牢屋にということだろうが。まぁ、そのつもりだ。
どうなるかは分からない。私という存在がもしかしたら、面倒事になるかもしれない。
けれど、だからといってのうのうと生きることは絶対に許されない。
心臓魔導器の件もある。
「……殿下の指示を仰ぐ」
「それで、大将はいいの」
「良いも悪いもないだろう。そういう立場だ」
「ッ、アレクセイ」
料理は出来上がった。部屋に運ぼうとすれば、呼び止められる。
なんだかな、レイヴンはなんて答えて欲しいんだろうか。
さっきのが私にできる精一杯の答えだ。
本当ならば、今こうして生きていることもあり得ない。殿下に処罰を乞うても、私は生き続けるかもしれない。レイヴンは、どうやら私を殺したくはないようだから。
自ら死を懇願しに行くことも、すでに剥がれた仮面を付け直して露悪的に振る舞うことにしない。
それならレイヴンだって納得だろう。
それでお前は満足なんじゃないのか。
「……俺が、こんなこと言うのは、間違ってると、分かっているけど」
レイヴンが胸を押さえながら言う。
「俺は……あなたに、幸せになって、欲しいんだ」
血反吐でも吐き出すようにそう言ったレイヴンに、なんだか喜ばしく思った。
そう、そんなことを、言えるようになったのか。
それも私に。
良いことだ。抑え込んで、溜め込んで、溺れるよりは。
しかし、しかしなぁ。
なんて答えれば良いんだ。
死ねない、殺されない、まだ、生きなければならない。
いつまでも物語の終結にしがみ付いているやつにはどうも、答えづらい。
「……私は、君たちが生きていることが幸せだよ」
大皿を持ちながらそう返す。
嘘じゃない、心の底からの本音だ。
だから──そんな悲しげな目で見ないでくれないから、レイヴン。