「は、ぅ、ぐぅ……はぁ、うぅ……!!」
「あ、アレクセイ!」
「大丈夫!?」
「わ、私を──精神病棟へ突っ込んでくれ……!!」
ひ、ひ、ひ、ひでぇ。
側から聞くと、もう本当に頭おかしいやつの妄言にしか聞こえねぇ。
はい、二人はちゃんと教えてくれました。ええ、しっかりと。
わかったのは、本当に、思ったより多く、かなり、色々ブチまけていたらしいということでした。
この世界の道筋を知っていたことも話していたし、しかも前世の話や前世での死の間際の話も要領を得ていないが僅かに口を滑らせていたらしい。
なんでだ。ドン・ホワイトホースとフードの男、心臓魔導器、黒幕としての仕事のところだけで良かっただろ……!! なんでそこまで話してるんだ、どうしてそこまで語った!!
途中から、顔を覆っていた。脂汗が止まらないし、心臓魔導器は変な音を立てるし、息は乱れるしで死ぬかと思った。
くそ、人魔戦争に至るまでもしっかりと語り尽くしやがって。
ヘルメスとかの話もしくさりおって。エアル照射実験の資料も偽物だと言ってしまっているし、本当に必要ないところまで語っている。
本当に、人魔戦争の自暴自棄になって一人で戦場来たところとか、後に騎士団員たちが駆けつけてしまったところとか本当にどうでもいいだろう、心臓魔導器つけられて目覚めた後の事細かな経緯はどうでもいい。どうでもいいんだよ。そんなもの、どうだっていい。無価値だ。無意味だ。くそ、最低だ。
「──理想に敗れた男が見た幻覚、だとは思わないのか」
そう思ってくれて、病院で隔離された方が、幾分かマシだったかもしれない。
ああ、だから追手を出さずにいてくれたのか。もう使い物にならないと。
汗を拭いながら、そう尋ねる。人の顔を見る気にはなれなかった。
「……思いません。仲間の命を盾にされ、嘘をつくような方ではありませんから」
「僕には……思い込みとか、そういうのじゃなくて、本当のこと言ってるように見えたよ」
──くそ。
くそ、ああ、どうしてだ。
「……狂っていると思われた方がマシだ」
暗闇の中で一人呟く。
何も見えない、見たくない。
心の底で、ずっと目を背けてきたものを一番見せてはならない者たちに見せてしまった。しかも、それを受け止められて。
狂っていると、狂人だと忌避されればまだ良かった。その通りだった。私は確証のない道筋を辿るために人々を殺してきたのだと。確かに私は、そうして生きてきたのだから。
私のせいで多くが死んだ。道筋をずれたせいで、そうして次は同じ過ちを繰り返してはならぬと道を引き直した。多くの愚行、多くの憎悪を撒き散らして。
多くを、殺してきた。大勢を悲しませてきた。
それを、それを、
なら、ならせめて、私を咎人として裁いてくれ。
こんな人間を、野放しにしないでくれ。裁きを、受けさせてくれ。
罪には罰を。
かつて、家族を殺され、仇を打った少女が怨嗟の悲鳴を上げている。
どうして否と言わなかったんだ。私を野放しにするとなった時に。
私は、
「アレクセイ」
名が呼ばれる。罪深い名が。
どうして、どうして私は生まれた。
どうして私はまだのうのうと生きている。
声がする、部下の声が、裏切り者の声が、生きた声が。
「──死にたいの?」
うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい!
「聞くな……!!」
それを聞いてどうする、それを知ってどうする。
ここでそうだと、死ぬべきだといえば、お前は殺してくれるのか。お前は心臓魔導器の同期をやめてくれるのか。悲しまないでくれるのか、受け入れてくれるのか。
死ぬべきだ、殺されるべきだ、罰を受けるべきだ。
──多くの人々を殺した罪を、清算されたい、血の池の中で、この贖罪を終えたい。
許されてはならない、許してはいけない。口をから血を流して、叫んでいる、許すなと、こいつのせいで世界がめちゃくちゃになったのだと。
なぁ、ああ、くそ……!
……やめろ、違う。
そうじゃないだろ。人に当たるな。
息を沈めろ、冷静になれ。目を開けろ、汗を拭え、顔を上げろ。
平気な顔をして見せろ。
それが、アレクセイ・ディノイアだろう。
「帰ったぞ──貴様ら」
「……デューク?」
目を開ける、その直前に声が聞こえ、思考が逸れて軽くなった。
それにつられて顔を上げれば、そこにはどこでそんなに買ってきたのかと思われるほど大量の食材が入った紙袋を持っているデュークの姿。いや、本当に何をそんなに買ってきたんだ。
唖然として見ていれば、彼が紙袋を床に落とした。うわ、食材が痛む。
なにかと思えば、デュークが──腰に携えていた剣を抜いた。
「は!?」
「アレクセイに何をしている」
「え、え!? な、何もしてないよ!」
「俺たちは話を──」
「離れろ」
「ちょ、待てデューク!!」
カロル君が同様し、レイヴンが事情を話そうとするが語る前に一刀両断するデューク。
おいおいおい、話ぐらいちゃんと聞け!
暴走しているらしいデュークを止めるために、立ち上がって駆け寄れば、途中で足がもつれて倒れそうになる。
「アレクセイ!」
二人の声が被った。と、床に倒れる前に身体が停止する。
うむ……どうやら前と後ろ、どちらからも支えられているようだ。行動が早い。
「貴様……」
「……なによ」
おい私を挟んで火花を散らすな。あとデュークたぶん思ってるのと違うから。勘違いだから。別に危害加えられてないよ、私が勝手に具合悪くなってただけですからね。
しかし、このままにして事態が収束しそうもないので、声を上げる。
「あー二人とも助かった。よし、腹が減ったな。夕飯にするぞ」
「だが」
「デューク。私は腹が減ってしょうがないんだ。分かってくれるか」
「……仕方がない」
うーーーん、そのセリフ私が言いたい。
しかし、うん。デュークには助けられたな。思考が変なところに逸れていた。それに、重くなってしまった空気を入れ替えてくれた。
気を取り直し、二人に向き直る。
未だに少しデュークを警戒している二人だが、うん、大丈夫。
「さて、二人はどうする」
「へ? ぼ、ぼくたち?」
「ああ。私のことを殿下に伝えてもらえれば後は好きにしていい。当然、この後の食事もな」
「……ってことは」
「二人も四人も同じだ。君らには迷惑をかけたからな。味の保証はしないが」
味見ができない私が作るので。
そこまでは言わずに尋ねれば、二人は顔を見合わせた後に「じゃあ」と頷いた。断られるかと思ったが、食べていってくれるらしい。
久しぶりに大人数だ。何作ろうか、と思っていれば、隣でデュークが不服そうな顔をしていた。いや、勝手に決めてごめんて。