- ナノ -

お話C
「まずはカロル君」
「ひゃ、ひゃい!」
「そんなに緊張しないでくれたまえ……いやなに、変な修羅場を見せてしまってすまなかったな。驚いただろう」
「お、驚いたっていうか、なにが起こるか分かんなくてすごい怖かったよ……」
「うむ……すまない」

いやまぁそうだろうなぁ……。
出逢ってゼロ秒即修羅場みたいなのが出会って、路地裏だもんな……。気が気ではなかっただろう。誠に申し訳ない。素直に謝罪するしかないですわ。

「ちょ、アレ、だん、大将。勝手に話を進めないでください」
「ちょあれだん大将……?」
「わ、分かっててやってますね!?」

そりゃあ勿論。だってレイヴン滅茶苦茶緊張してるし、固いし。
肩の荷を下ろしてあげようとしているわけですが、この厚意は伝わっていないみたいですね悲しい〜。
それはそうと、流石に路地裏でずっとコソコソ話しているわけにもいかなかったので、いったん宿に戻ってきました。デューク探しは無くなったが、この状況で外にふらふら出るほど馬鹿ではない。デューク、何事もなく戻ってくるといいのだが。
宿の部屋で二人分の椅子を用意して、私はベッドだ。広めの部屋を取ったとはいえ、必要以上に家具がある部屋ではない。デュークまでくると狭そうだな。

レイヴンの肩の荷を下ろす、という作用は見込めなかったようだが、隣で縮こまっていたカロル君は程よく力が抜けたようで、身を少し前に倒す。

「でも、アレクセイがそんな感じって思わなかったよ。なんか、気負ってない感じ」
「それは……今更君たちに殻を被っても仕方がないからな」

思わず苦虫を噛み潰した顔になる。
私だって、できれば黒幕モードで行きたかったさ。でも話しちゃいけないことまで全部話してしまって、その場に二人ともいただろう。ここで変に演技したほうが痛々しいでしょうに。
クソデカ溜息が出そうになってどうにか押し込める。クソデカ溜息は自分一人の時に出そうなーあーほんと自業自得。

「とりあえず、身体の調子もよくなったのでな。再び獄に入ろうと思い帰ってきたのだが、殿下に取り次ぐ手間が省けた」
「……捕まりにまた来たんだ」
「ん? ああ、そうだが……帝国は捜索等は検討していなかったのか?」

カロル君が呟くようにいった言葉に、首を傾げる。
騒ぎになっていなかったので、まだ私の捜索はされていないか、そろそろされる頃ぐらいかと思っていたのだが。結構のんびり帝都まで来てしまったからな。
私も、足はほぼほぼ治ったが痛みで走れないし。我慢すればいけるのだが。

「……帝国は貴方の捜索はしていません」
「それは……今はそれどころではない、と言うわけではなさそうだな」

口を挟んでこなかったレイヴンが語った言葉に返事をする。
レイヴンは少し──なぜか恨めしそうに私を見ながら報告をしてくる。──報告のつもりはないかもしれないが。

「元々、貴方が生きていると言うこと自体、極秘事項でした。私たちと旅をしていた時は素性を隠していましたし、帝都へやってきた時も一部の騎士にしか知られぬようにしていました」
「……」
「そのため、『もしアレクセイ・ディノイアが戻ってこない場合』。捜索自体を行う予定はないと、私は聞いています」

……やば、クソデカ溜息出そう。
なるほどな、そう出たか。いや、なんというか。そうか、そういう手になったのか。
ある意味で、私の予想は合っていたということか。
『事情を知った彼らが私に正しい裁きを下せるかどうか』。やはり、否だったわけだ。
まぁ、かなりの重症だったし、コアも壊れているし、そこらへんに放っておけばいつかは野垂れ死ぬだろうってなあはははいや心臓魔導器を同期させているんだからそうはならんだろ。
あーーーもうーーー大丈夫なのかそんなんでーーーそんなんで評議会とやっていけるのかーーーもーーーー。

いや、これはいい。百歩譲って、彼らはそういう判断をしたのだ。そういう判断を、一時的でもさせてしまった。私が何かを言うのはおかしい。なら次だ。
私はここザーフィアスに帰ってきた。罪人は無事帰還したわけだ。ならばどうするか。
私としては無様たらしく野垂れ死ねるのなら、それでもいいのではと、思うが──。

「そのアレクセイ・ディノイアは戻ってきてしまったからな。ならば、罪人として裁きを下すべきだろう。だがもし、裁きまで好きにしていいというのならば……私は魔導器の研究でもさせてもらうか」
「ま、魔導器? でも、魔導器は……あ……」
「大将……」

裁きを下されるのが私としては唯一絶対の第一候補であるが、それがすぐに叶わないのなら、今こうして生きている理由を探らせてもらうまでだ。
カロル君は疑問に思ったが、すぐに理由が思いついたらしい。
そして当事者は大変複雑そうな顔で私を見ている。……なんだその顔は。

「……」
「……」
「ふ、二人とも……」

無言での睨み合い。お互い、言いたいことと言えないことが多すぎて言葉が詰まる。
何を言っても悲しませる気がするし、何を言っても互いのためにならない気がする。はぁ、これだから大人になるのは面倒なのだ。大人とか関係ないかもしれないが。
……私が判断が鈍るようなことを伝えてしまったのが失敗だった。それだけか。
が、カロル君が困っているのでここまでにしよう。ごめんねカロル君、こんな争いに付き合わせてしまって。まぁ、そのついでにちょっと。

「カロル君」
「ひゃい!」
「……緊張させてすまないな。少し聞きたいことがあるのだが、いいかね?」
「ぼ、僕に?」
「ああ、こっちに来てもらえるか」

場所を部屋の隅へ移動して、カロル君を手招きする。ベッドの隅で密談である。

「ちょ、ちょっと! なんで俺様がハブられてんの!」
「お前はそこで待機だ」
「そ、そんなこと言われてもダメですからね!」

うーん。もう少し強めにすればいけそうな気がする。
のだが、カロル君が困ったように見てくる。ここは、譲歩すべきか、いや、しかし。

「大将!」
「……」
「ねぇ、レイヴンがいちゃダメなの?」
「……いや、ダメということはないんだが」
「ならいいですよね!?」

お前に言ってない。
これでも君のためを思って言ってるのだが。
まぁ、言わないと伝わらないし。とりあえず、話題だけでも共有しておこうか。
正直、私としては一切合切話したくないことなのだが、いつかちゃんと向き合わなければならないことなので。仕方がない。そういうことは早ければ早いほうがいい。

「……城の折の中で、私が何についてどう口を滑らせたかを教えてもらおうかと思ってね」
「……そ、れは」
「情けないことに、記憶が曖昧なのだ。……何をどう話したか、理解しておいたほうがいいだろう」
「あの、デュークには聞かなかったの?」
「あまり気乗りしないようであったし、私も彼から聞くのは控えたくてね」

別に、誰からも聞きたくないのだが。
彼はこう、悲しげな……後悔を伴った顔をするので。ほら、今のレイヴンみたいに。ってかいや、レイヴンの方が酷いな大丈夫か吐きそうな顔しているぞ。
だから彼に聞くのは嫌だったんだ。
カロル君は、まぁ、まだ関わりが少ない方だし、それでいて話を聞いてしまっているから、教えてもらいやすいと思ったのだが。

「……レイヴン、少し風に当たってみてはどうかね」
「いや、俺は……」

あ、ああ、ああ〜〜〜〜〜ッ。クソデカ溜息が、クソデカ溜息が出そう!!
そもそもレイヴンがいるところでこの話題をしようっていうのが良くなかったよなぁ。配慮不足だ。もう嫌になってしまう。
けど、後回しになるのも、ちょっと……。殿下にわざわざ一通り説明していただくのは難しいだろうし。
だが……今日はもう無理だろうな。

「なら、小腹が減ったな。君たちは外で食べてくるといい、殿下への伝達の話はまた後で──」
「大将ッ!」
「……どうかしたかね」

傷口に塩を塗ることもあるまい、広げるなど持っての他。
情報収集は諦めて、先ほどの話題は有耶無耶にしようかと思ったが、レイヴンに声を上げられた。君もこの話はしたくないだろう。わざわざ止めることもないと思うのだが。
視線だけを向ければ、レイヴンが眉を歪めてこちらをみていた。そこには確かに苦悩が刻まれている。無理はしない方がいい。

「大丈夫です、お話しします」
「……無理はするな」
「いいえ、いいえ。しておりません」
「……ふぅ、そうは言ってもな」

誰よりも苦しげな彼は、しかしテコでも動かなそうだ。
ならば外部から動かさねばなるまい。
チラリと視線をカロル君へ向ける。どうにか彼を外へ連れ出してもらえないだろうか。
この雰囲気じゃあ話せるものも話せないよ、という感じでいいのだが。とアイコンタクトをして見れば、カロル君は少し考え込んだ後にしっかりと頷いた。

「大丈夫。僕とレイヴンでちゃんと教えるよ」

ヴ、ヴ〜〜〜〜〜〜ン? 私そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ〜〜〜〜??
しかし、頼みの綱にそう言われて仕舞えばもう後にはひけない。
うーーーん、私、もしかしてアイコンタクト下手?

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bkm