- ナノ -

まずいC
そもそもの話なのだが。
彼らが私の話を聞いた上で、しっかりと世界を危機に陥れた罪人として罰を与えるという選択をしてくれさえすればいいのではないだろうか。
同期をしたのはリタ・モルディオだろう。ならば、解除の方法も知っているはず。
罰を与える上で、その枷は解く必要がある。あとか先か、それは分からないが、そうしてくれれば万事解決。何もかも元どおり。

なのだが、なのだが──なのだが〜〜人情深い彼らが話を聞いて〜〜そのまま処刑一択にするとは、なんというか〜〜思えないのだよなぁ〜〜。
だから強情に話さないでいたのだし。全て知らぬ存ぜぬを貫いていたのだし。
はぁ〜〜〜。
まぁ、まだ年若い彼らに、政のため、理のため、世界のために冷徹になれっていうのが、そもそも間違いなのかもしれないなぁ。
でも、どうにか、分かって欲しい。どんな事情や過去があったとしても、生きてはいけない人間もいるのだと。そもそも、私の場合は事情も過去もひっどいもんだが。

というか、本当にダークホースだったな、イエガー。
裏切られて、そのまま一生目にすることはないかと思っていたのに。颯爽と現れおって。
イエガーという姿を全て脱ぎ去って──いや、あれもまたイエガーとしての一部なのか──自らの心臓魔導器の制御装置まで持ってきた。
ああ、本当に。本当に、私のことをよくわかっていたんだな。

私は弱い。もう、それはもう弱い。
目的のための犠牲は、もう割り切った。全て見捨てた。全部。
けれど、そうでない命は、どうしたって割り切れない。
目の前で死にそうになっていたら、何も考えられなくなる。
それが、彼なら尚更だ。
せっかく生き残った雛たちの一人、生かせたと思っていた駒。それが、目の前で消え失せる。私のせいで、あの日、あの時と同じ理由で。
彼にしか、できない芸当だ。
彼女のことまで口にして。
ああ、最悪だ。そんなことをさせてしまった私が。

はーーーもう、どんな顔して彼らに会えばいいんだ。
相変わらず全ての黒幕、心は一切開いてませんモードか。いや、今更それやって何になるんだ? もう痛々しさしかない。
じゃあどうすればいいんだ。昔色々あって辛かったんですぅ、同情してくださいモードか? は? 死ね。却下。
最終手段はまた記憶がなくなりました無垢モード。とかか。いやーーーもうその手は無理だろう。というか、私が無理だ。記憶がなかったからこそスルーできていたものが一切できなくなっているからな。あれは記憶がないからできた無知蒙昧だからな。

「顔色が悪い、休憩にするか」
「いや、問題ない。気にしないでくれ」
「いいや、休むぞ」
「……ふぅ、分かった」

デュークに手を引かれ、木々の木陰に腰を下ろす。
子供のように引率されなくてもちゃんと進むから大丈夫だよデューク。
まぁ、確かに、気力か何かが抜けたせいか、それともずっと身を起こしていなかったせいか身体がふらつくことはそうなのだが。

なんというか、デュークも私に対して色々思うところがあったようだ。
でなければ私を生かしたりしないものな。そもそも、彼とは人魔戦争以前は世界をより良くしようと協力をしていたこともある仲なのだ。昔からの馴染みでもあるし、何か裏があると察せられるのもやむなし、か。いいや、爪が甘かったという話だろうが。
けれど、彼に違和感を抱かせてしまったのが全ての発端。今こうして私が存在している理由だ。
だが彼は、私の意見を尊重してくれていた。記憶がない時も、そして記憶が戻った後も。正直、どうしてそこまでしてくれるかが分からない。確かに、古ぼけた記憶の中では親交は深かったが、それまでだ。私は彼と道を違えた。
と、まぁ。彼の気持ちなど私が理解できるものではない。彼は人情深かった。そう考えよう。

「食べろ」
「……食材を渡してくれ、何か作る」
「む……そうか」

デュークがトマトをそのまま差し出してきたので、そっとそれを受け取って他の食材を見せるように促す。まぁ、別にこれでもいいんだけど。
しかし、材料があるなら何か作れるだろう。せっかく私もいることだし、普通の食事を食べるものいいんじゃないかな、デュークよ。
そんなこんなで、簡単なサンドイッチを作った。食材自体は新鮮であるし、美味しいんじゃなかろうか。

「いろいろな味がするな」
「……それは良かった」

それは褒めているのか、貶しているのか。
けれど表情は悪くなかったので、褒めていると受け取っておこう。味見ができなかったので不安だったが、良かった。
一応、味見はしたのだが、味が感じられなかった。
気力が抜けすぎたのか、おそらく味覚障害だろう。しばらくしたら戻る、のだろうか。戻ってもらったほうが報告することが少なくて済むので、治ってほしいものだが。味見もできないし。
だが、騎士団長時代も食事の味を気にしてなんていなかったので、ある意味変わらないといえば変わらないかもしれない。栄養さえ取れればよかった。倒れて時間を浪費することだけを避けていた。いくら時間があっても足りなかった。

無味乾燥なものが、口の中で弾ける、絡み、噛み潰され、飲み込まれる。
あーあ、だれか食材みたいに、私を飲み込んじゃあくれないだろうか。

「……こうしていると、昔を思い出す」
「昔、か」

デュークの言葉に、過去を思う。
まだ私たちが幼子だったころ。貴族同士の私たちは交流を持っていた。といっても、子供同士の戯れだ。

「お前は、私の友だ」
「……」
「それは、変わらない」

そうか。私はお前の友だったか。
そうか、そうだな。そう、だったな。
かつて、犠牲をゼロにしようと燃えていた過去の私は、そうだったかもしれない。
けれど、お前は、今の私を理解しても、そう言ってくれるのか。

「……」

返す言葉が、見つからない。
なんと答えていいか、分からない。

私はお前に苦難を強いた。
もし、もし私が、
私が、強ければ。
お前に、助けを求められていたら。
協力を仰いで、犠牲の上に、更に犠牲を生ませないように努力できたなら。
お前は十年間、苦悩の中にいることはなかったかもしれないのに。
お前は星喰みを見たときに、人間を犠牲にする方法を決断せずにすんだかもしれないのに。
こんな醜い男を友などと言わずにすんだかもしれないのに。

ああ、もう。
こんなまずいサンドイッチは初めてだ。

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bkm