何を口にしたか、しているのか、分からない。
ただ、過去が脳でトグロを巻いて、ただそれが口からまろび出る。
私の犯した罪、亡くなった命、怠慢、傲慢、そして全てが転落する。
覚えのある世界、知識、赤い部屋、ヘルメス、騎士団、評議会、己の心臓魔導器、包丁、星喰み、フードの男、始祖の隷長、キャナリ、精霊、前世、全ての結末、ドン・ホワイトホース、ベリウス、バルボス、ラゴウ、宙の戒典、満月の子、凛々の明星──。
一体、何を話しているんだろう。何を語っているんだろう。
分からない、ただ彼らが知りたい事を話さなければいけなかった。
そうしないと、そうしないと、また、
「アレクセイ……!」
──……後、あとは、騎士団本部の、爆破だ、評議会からの包みが、中身は魔導器、内部を爆破する、知っていたのに、防げなかった。死んだのは、クオマレ、シムンデル、リアゴン──
「アレクセイ!」
肩を揺さぶられて、視界が戻る。
暗闇にいた気がしたのに、目の前にはフレン・シーフォがいた。
なぜ、止められたのだろうか。欲しい情報はこれではなかったのだろうか。嘘はついていない、本当のことしか言っていない。何がダメだった。どうすればいい。何を告げればいい。何を求めている?
「他に、何が知りたい」
分からない。君たちが最も欲しいものはなんだ。
分からないんだ。自分のことしか考えてこなかったから。
真実ってなんだ。
私の主観か、君たちの主観か、世界の人々の意見か。
「分からないんだ、おしえてくれ」
全ての罪を並べればいいのか。全ての過ちを語ればいいのか。
殺したものたちの名を、滅した街を、計画の名を挙げていけばいいのか。
「わたしはこれ以上、どうすればいい」
どうすれば、誰も死ななくて済む。
分からない。もう、これ以上は分からないんだ。
生きているはずではなかった。ここにいるはずではなかった。
「どうすれば、死なせずにすむんだ」
教えてくれ。教えてください。
私はむざむざと生きている。息をしている、心臓魔導器を動かしている。
この世界にいるだけで害なのに、どうしてここにいる。これ以上、どうすればこの世界に迷惑をかけない。被害を与えないでいられる。
「……もう、十分です」
重い声が耳に落ちる。殿下の声だろうか、体が動かない。
何もかもが崩れてしまって、身体さえも砕けてしまったような、うまく動かない。
ガラスの壁に背を置いて、白い髪の間から世界が見える。
私が生きている世界。私が、愛した世界。私が、滅茶苦茶にした世界。
伝わったのか。
何が?
何を、私は語ったのだろうか。
分からない、ただ全てを吐き出さなければとひたすらに口を動かしていた気がする。
舌がうまく回っていない。どれぐらいの時間が経った。
伝わったのか。真実というものが、そんなものが。
彼は、彼は、死なないでくれるのか。
助け、られたのか。
「イエガー……」
名を呼べば、小さく返事が聞こえた。か細かったが、確かにいる。生きている。
ああ、生きている。死んでいない、魔導器は止まっていない。
なら、これは。
これは、間違いではなかったのだろうか。
それとも、目の前の命につられ、また、大きな間違いを犯してしまったのだろうか。
分からない。なにも、分からない。
どうすればよかったのか、私にはもう、なにも、わからなかった。
どうして、
どうして私は生きているのだろう。
どうして私は生かされているのだろう。
私はザウデで死ぬはずだった。遺体も消え、海の藻屑となるはずだった。
だが今こうして、私はここにいる。生きている。語っている。
どうして。
それは、間違いじゃないのか。
どうして、私を、生かしたんだ──
「デューク……」
口からまろび出た囁きは、壁が両断される音で返された。
まるで紙のように裂かれた石の壁が、崩壊する。小さな瓦礫がとび、頬を叩いた。
様々な音が聞こえる。ただそれのどれも、意味を解すことができなかった。
「アリューシャ」
懐かしい名を呼ぶ。壁を引き裂いて現れた白髪の美丈夫は、牢屋であったその場に降り立った。切り取られた壁の向こうでは星々が輝いている。
フレンが剣を抜いた。しかしそれを、一刀ののちに弾き飛ばす。反対の壁に彼の体がめり込んだ。
「迎えにきた」
「……」
「お前の願いを言え」
腕を掴まれ、引き上げられる。美しい顔が近づいて、願いを言えという。
願い、私の願い。
私の願いは、なんだ。なんだったろうか。
それを、私は口にしても良かったのだろうか。
「お前の命は私が拾った。お前の望みを、私が許可する」
そう告げる声は硬質で、しかし昔と変わらず、まっさらだった。
嘘をつかない人の、声と言葉だ。
願い、願い。なんだったっけ。
私はなにを、心から願っていたっけか。
私は大きな間違いを犯してしまった。
私のせいで世界が歪に曲がってしまって。
正しい道筋に戻そうとした、その為に様々な悪に手を染めた。
だから、だから私は、終わらなければならなかった。
それが、正しい道筋だから。
そして私が、生まれてきてしまったことが間違いだった。
正しい所に帰りたい。
私は、あの日、あの時。あのザウデで、あの人魔戦争で、あの、赤い部屋で──終わったはずだった。
「──私を、」
「待って!!」
少女の悲鳴が聞こえる、なぜか他の声は判別ができなかったのに、それだけはしかと鼓膜を叩いた。ガラス越しの雑音が、悲痛な声に変わる。
「あんたが死んだらッ、おっさんも死ぬのよ!!」
──ドクリ、魔導器が音をたてる。
「あんたのコアが壊れたから、おっさんの心臓魔導器と同期させた! どっちかが止まれば、両方止まる、どっちも死んじゃうのよ!!」
……ああ、そう。
そう、なのか。
嘘では、ないんだろうな。あんな必死に、声を荒げているんだもの。
逸れた視線が、引き戻される。その先にはデュークの赤い瞳があった。
その瞳には、亡霊のような男が映り込んでいる。
「お前の命は、お前自身のものだ」
そう、だなぁ。
命を拾ったお前がそういうんだったら、そうなんだろうなぁ。
ああ、けれど。だけど、
「彼の命は、私のものではない」
そうだろう。
当たり前の、ことだったろう。
私の命に、引きずられては、いけない命だ。
尊くて、綺麗で、一つしかない。
ああ、本当に、
「わたしはどうして、」