- ナノ -

手順C
なぜ、ここでそれが出てくるのだろうか。
私の心臓魔導器の制御装置、だろう。死にたくなければ、全て話せといいたいのか?
愚作だ。それならば私は言葉を操ってそれを押させようとするだろう。もしや、それが狙いなのか? ボロを出させるための策?

「そうデース。懐かしいですネェ」
「……今更そんなものを使ってどうするつもりだ。私を殺す気か?」
「まさか! そんなわけないじゃありませんか」

イエガーは愉快そうに笑い声をあげる。
人の命を握っているのに、心底笑う姿は狂気が見える。しかしそれも、すぐに収まった。ずっと浮かんでいた軽薄な笑みが、どこか和らぐ。
──なんだ?
なんだ、この、違和感は。

「アレクセイ様」

静かに名を呼ばれる。イエガーとなった彼に、そう呼ばれたことは今まで一度もなかった。ただ、その前の彼からは──そう、呼ばれていた。
心臓魔導器が、大きな駆動音を立てる。意味もわからず、血が引いた。
なんだ。
誰だ。

「俺は貴方から本当のことを聞かなければならない。それが、十年間、貴方に全てを背負わせてしまった俺に残された責務だからです」

誰だ。お前は、何を言っている。

「貴方の優しさに甘えて、貴方を知ろうとしなかった」

イエガーと呼ばれていた男は、真っ直ぐに青い瞳を向ける。
そこには嘲りも、軽薄さもなかった。ただただ、正気を持った常人の顔だった。

「貴方のいう通り、これは心臓魔導器の制御装置です」

そうだ。私が見間違えるはずがない。制御装置を。
けれど、決定的に、間違えている。私は、

「これは、貴方がくださった『俺の』ものです」

──なぜ。
私は一体、どこで間違った。

喉が絞られたように、息がしづらい。背筋から汗が噴き出す。
何をしている。あいつは、何をしているんだ。
どうしてここに、私のものではない制御装置を持って立っている。

「……何が言いたい」

動揺するな、声を詰まらせるな。状況を把握しなければ、何が起こっている。何が起きようとしている?
彼は、ただ静かに制御装置を手にしていた。宝物でも撫でるようにそれに触れ、口を開く。

「真実を教えてください」
「真実だと」
「はい。本当のことを。嘘偽りない、貴方の本心を」

彼は制御装置を指で辿りながらそう告げる。
穏やかさえあるその言葉、しかしどこか、酷く強固で恐ろしい刃を持った芯が見え隠れする。

「貴方を一番支えたいと思っていた彼女に代わって。俺は貴方から聞かねばなりません。それができないのなら──」

彼の青い目がこちらを向く、どうしてか、彼女の瞳が重なった。

「この命……アレクセイ様、貴方のもとへお返ししましょう」

一つ、その指先が、制御装置のボタンを押した。
心臓魔導器を停止するための、一つ目の手順だった。

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bkm