- ナノ -

制御装置C
うーん。

「まずは、貴方の部屋を調査しました。
ドン・ホワイトホースに関する資料はなく、フードの男が口にしていた事柄に関することもありませんでした。また、過去にギルド、海精の牙へエアルの照射を行った資料が発見されました」
「そうでしょうな」

そうだとは思うんだけど。
どうして檻に入れられた謀反人にわざわざ殿下が報告してくれるんですかね。しかも凛々の明星の面々も居るし。復興作業とかあるでしょ。みんな暇なのか?
聞きたいけど聞けない。ここが犯罪者の辛いところ。
突っ込みたいけど突っ込めないので黙って殿下からの話にうなずく。配置は以前と同じで、私はガラスの前に座らされ、背後にはフレンが。というかフレンも騎士団長代理なのでは? ここにいていいのか?
あと、少し違うところといえば足の拘束がないところか。未だに自力で立てないので、拘束が無意味だと腕だけにされた。動きはしないのだが、それでいいのか。

「心臓魔導器について、貴方についての資料は一切ありませんでした」
「ええ。徹底的に削除しましたので」

仮にも騎士団長閣下が一度死んだなど、表に出たら事だ。
証拠をもみ消すのは大変だった。私側の資料などあってないようなものだったから良いのだが、評議会側はいちいち面倒だった。そのせいで何人殺したか覚えていない。いや、一応覚えているけど。
その代わりに、他二人の心臓魔導器については軽く情報は残したが。ほら、手入れとかのためにちょっとどんなものか分かった方がいいでしょ。

ヨーデル殿下は一度目を閉じて、持っていた資料の二枚目を開いた。

「そして、貴方の部屋から魔導器を使用しない動力の研究と、評議会の『事細かな情報』が出てきました」

お、見つけたのか。まぁ彼らもいるんだからそりゃあすぐに見つかるよな。
しかし、どう返そうか。

「どちらも『趣味の産物』ですね。今や私には必要のないものです。お好きに使えばいい」
「評議会の情報についてはまだ分かります。ですが、魔導器を使用しない動力はどういうことなのですか」

本当にただの趣味の産物なんだけどな。
死んだあと、好きに活用してもらえたらと思っていた。魔導器なき世界での新たな技術は出来るだけ早い方がいい、評議会は此度の動乱で混乱もしただろうが、力を取り戻しては意味がない。逆戻りしては意味がないのだ。
その細やかな手助けになればと思っていたが。さて。

「ええ、評議会は魔窟ですからね。いくら情報があっても良い。動力の方は、一時期そう言った研究に目を向けていただけですよ。魔導器以外の動力があれば、勢力図を動かせる」
「しかし、その技術は『今の世でなければ』意味がないものだと聞きました」

後ろに控える天才魔道士が視界に映る。ああ、天才だなぁほんと。

「ですから研究をやめました。行き詰まったといっていい。私には不必要な技術でした」
「あそこまで調べていて?」
「ええ、貴重な時間を無駄にしました」

私も天才だったら何か変わっていたのだろうか。
全てが終わる前に、ヘルメスと共にエアルを過剰摂取しない魔導器を作り出せていれば。
まぁ、今そんなこと考えてもせんなきことだ。
殿下の問いにすぐに返せば、詰問は消える。知りたいことは以上だろうか。

まだ幼い、しかし確かな統治者の瞳は無感情な私を見つめる。
いやな目だ。幼い貴方にそんな顔をさせることになった状況も、そうさせている自分も。まだ腹の中に想いを隠しているその意思も。

「アレクセイ。貴方は昔、誰よりも優しい人でした。幼い僕やエステルに構ってくださいました」
「……」
「小さいながら、貴方という騎士は僕の憧れでした。騎士になりたいと思った時期もあったのですよ」
「……」
「何が、あったのですか。貴方は何をしてきたのですか。全てを、話してはくれませんか」

そうであったとして、どうなるのか。
ヨーデル殿下。そんなことを思ってくれていたのですね。
嬉しいです。聡明な貴方にそう捉えてもらえていて。
ですが。それだけです。それだけなのです。

「……戦争によって人は変わるのです。一度死して、本当に重要なことに気づけた。大義を成すためには障害を取り除かなければならない。私にとってこの帝国は障害だった」

そして、用済みとなった貴方も。
口外にそう訴える。だからこそ、貴方を殺そうとした。そういう計画であった。
アレクセイ・ディノイアが立てた計画は。
知っているでしょう。貴方が直接聞きに来る前に、騎士へ計画の全ては話しました。何一つ間違っていない、正しいものだ。貴方もそれをお聞きになったでしょう。

それが、真実なのです。
変えようもない、真実とされる事柄。

だからもうこれ以上入れ込むな。
誰も彼も、犯罪者に手を差し伸べようとするな。
それはただ不幸の始まりだ。悪は悪として裁かれなくてはならない。
そうでないと、また新しい犠牲が生まれる。
頼むから、お願いだから。
私という存在が再び過ちを犯す前に──目を覚ましてくれ。

なんて、思うんだけれどどうですかね。
やっぱり死んでるはずの黒幕を生かし続けるのはちょっと、怖い気がするんですよね。昔に大失敗したやつとしては。
そう言えたら楽なのだが、言えるはずもないのでそれ以上口を開かず押し黙る。
反省の色もなし、ただ無気力に罰を受けようという男。
さ、どんどん反感買って行こう。買える反感は全部買うぞ〜〜!

無表情で意気込み新たにしていれば、ヨーデル殿下は「わかりました」といって、部屋の扉にいた騎士に向かって声をかけた。
うん、なんだ。帰りますか? いいですよ。私は後は頭回したくないので寝ることが決定していますが。
黙って観察していれば、騎士が扉を開ける。そして、誰かが入ってきた。
その姿には見覚えがあった。ないという方がおかしい。

アレクセイの手下。そして十年前、あの戦いの中で命を落とした隊員の一人。
そして、その心臓に魔導器を取り付けられたもう一人の生き残り。

「イエガー……!?」
「お久しぶりデース。見ないうちに随分エイジになりましたネェ」

相変わらず滅茶苦茶ふざけた口調で、青一色の男はやってきた。
っていうか、こんなところでなにやってんだイエガー! というか、ちゃんと生きてる、生きてる、うわーーーー生きてる!!!! イエガーが生きてる! ちゃんと息してそこにいる喋ってる歩いてるうわーーー!!!
嬉しすぎてその場で小躍りしたくなるが、必死でそれを抑える。お、抑えろ。ちゃんと自重しろ。小躍りしたら全部オジャンになるぞ。シャキッとしろ私。
私はアレクセイ・ディノイア。全ての事件の元凶。イエガーのことも駒として扱い、最後には死へ追い込んだ男だ。まぁ、彼は生きてるんですけどね! よかったーーー!!

つかエイジってなんだ。老けたって言いたいのか。それはそう。

「なぜ、貴様がここに」

しかしこんな場に訪れたというのは疑問が残る。確かに彼は私の部下であったが、重要な情報は出来るだけ渡さないようにしていた。それに最終的には私を裏切ったのだろう。
もう部下じゃないので娘さん達と一緒に仲良く余生を過ごしてほしいんだが。

「ミーもユーの部下ですし、『ここ』の件もありましたからネェ」

尋ねた問いに、彼は『ここ』といいながら胸を叩いた。
そう、か。心臓魔導器については適応した二人のことは資料に残していたから、その件で呼ばれたなら理解できる。天才魔導士様にちゃんと見てもらうんだよ。私はもう見れないから。
しかし、城へ来た理由はわかるがこの場に来た意味はなんなのか。
暴露話っていっても私が大体話しちゃったし……イエガーが知っていることなんてもうないと思うんだけどな。ホワイトホースの件だって私がほぼ一人で動いていたし、私の心臓魔導器の件だって知らないはずだ。
なら、恨み言でもいうつもりだろうか。しかしそれも殿下がわざわざ招いたことと整合しない。

「実はミーも、ヴェーリアス(色々)思うところがあったのデスヨ。それで、ベット(少し)お話ができたらな、とネ」
「……裏切り者の貴様と話すことなどない」

お前もそっちの口か〜〜〜〜。
しかし、これは。ちょっと、あからさま過ぎたか。むしろ、イエガーの命令違反があからさま過ぎたのだ。もっとコソコソして欲しかった。結局不必要な駒ということで、わざわざゴーシュとドロワットを人質にして命懸けでユーリ・ローウェル達を殺せ、などという命令はしなかった。結果、イエガーは私を裏切り、身を引いて命は助かった。のだと予想している。ローウェルくん達の話からしても、そんな感じだったと思う。

が、残念ながら私からは話すことはありません。私のことは忘れて幸せに生きてください。色々加担させてしまったからもしかしたら何もなしとはいかないかもしれないけれど、君にも守るべきものがあるだろうから、そういうものが出来ただろうから。だから頑張って生きていってほしい。そうであってほしい。

「連れないデスネェ、マイロード」

肩を竦める相手に、わずかに眉間にシワがよる。全く予想していなかった相手、何をしてくるのか、予想がつかず歯痒い。
イエガーは私に背を向け、殿下や凛々の明星のメンバーへ向かって言った。

「これから何が起こっても、手出しはナッシング。分かりましたネ?」
「……ええ。貴方に託しましょう」

そう殿下は返事をすると、扉の前に控えていた騎士を退出させた。
いや、何、まじで何が起こるの。
もしかして拷問とか? それなら全然いいんだけど。舌を抜かれても残った片目を潰されても何されてもいうつもりは無いし。
けれど、イエガーは無手のようだった。それに私たちの間にはガラスの壁がある。
なんだ、一体何をするつもりだ?

イエガーは懐から、小さな何かの部品のようなものを取り出した。
手の平に収まる小さなそれは、彼が手を広げればなんであるかはすぐに分かった。
何度も見た、何度も触った。その操作を片時も忘れたことはない。

「──心臓魔導器の、制御装置?」

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bkm