- ナノ -

思考C
悪人が実はいい奴だった。
なんて、そんなの、フィクションの中でしか起こらない。
いいや──どちらも同じだ。フィクションでも、現実でもありえない。
悪は悪のまま、それは変わらない。
善悪は正しくあり続け、そして私は絶対悪だ。

だから、変に情を持ってはいけない。
悪は君たちの厚意を全て仇で返す。どう触れ合ったとしても、針で相手を刺すことしかしてこない。そういう生き方をしてきたから、死ぬまでそれは変わらない。
変えるつもりもない。
感謝している。あの旅は楽園があるならばあれだったのだろう。都合の悪いものを全て忘れ、かつてのただ無知な人間であった頃のまま彼らと語り合え、時間を共にできた。
だが、それだけだ。時間と共に私は変わった。冷徹になった、非道になった、人を殺すことに躊躇いがなくなった。自らの目的のためだけに生きていた。
それは何も変わらないのだ。無知蒙昧であった頃の私を庇護したいと思ったらなら、それは既に終わりを迎えた。記憶が戻ったことで、私はただの少女ではなく、アレクセイとなったのだから。

──死が私にとって、終わりだった。
物語の終結、当然の帰結。ストーリー上の確定演出。
私は魔核に押しつぶされて死ぬはずだった。だが、生きていた。
生きてしまっていた。そして今、まだ生き続けている。
私はこのまま、死刑となるだろうか。それでも、死ぬまで檻の中に閉じ込められるだろうか。
だが、分かるのは、死はまだ遠いということだけ。
彼らは未だに納得していない顔をしていた。まぁ、部屋を探ればいくらでも資料が出てくるだろう。それは私を不利にするものもあり、有利にするものもある。
裁きよりも先に調査などしていたら、資料などいくらでも出てくる。
私の褒美はまだまだ遠い、いや、むしろもう手に入らないかもしれない。

ああ、それでも。
それならば。
せめて悪人として息をしよう。
壊れかけたコアを動かし続けよう。
誰も彼もから罵倒される存在となりたい。
そうであるのが正しいのだから。

はーーーーー、にしても。

(生きるのってこんなに怠かったっけ)

ベッドに寝転がり白い天井を眺めながらそんなことを考える。
凛々の明星の面々や殿下などは誰もいない。見張りの騎士が立っているだけだ。私は食事等以外、この牢の中に誰かが入ったり出たりすることはない。

あーーー暇。クソほど暇。
何も考えたくないので考えないようにしているので時間が過ぎるのが本当に遅い。ぼーっとしているだけじゃ時間って過ぎないんですねはーー新発見ですわぁ。
だって何か考え始めると、いつ処刑されるのかとか、そもそも処刑されるのかとか、いつまで生き続けなければならないのかとか、どうして生きているのかとか、マジで答えの出ない事ばかり頭に浮かびますからね。ほんとこのポンコツ頭どうにかして欲しいですよマジで。
はーー、ダミュロンが自称死人って言ってた時はもーーこいつはぁ〜〜〜って思っていたのにこれじゃあ人のこと言えませんねあっはっは。

まだザウデの時まではよかった。ちゃんと目的があったからね。
ザウデ不落宮を出現させるっていう大事な大事な目的があったから、そのために粉骨砕身、頑張れたわけですよ。けど今は何もない。
せめて記憶が消えるかしてくれればなぁ〜〜被害者ヅラで戸惑えたんだけどなぁ〜〜まぁ二度と記憶失うなんてごめんですけど。

にしても、この展開は読めなかったなぁ。
あの凛々の明星のメンバーが、私を生かそうとするとは。
ギリギリ、本当にギリギリ、レイヴンが生かそうとするのはなんとなく、まぁ、わからないでもない。原作でもアレクセイに思うところあったみたいだし。
しかし、ほかのメンツはアレクセイ生かす理由なくない? ないよね? ないな。
あ、でも姫様はお優しいからなぁ……。あんな酷い事されたのに、生きてたら生かそうとしちゃうのもちょっと分かるかも。
だが、ほかはないだろう。というか、パティも……どうしてアレクセイのせいに素直にしないかな。まー今頃アイフリードに関する資料も出てきているだろう。私は抜け目がないのでちゃんと私がエアル照射実験しましたという資料も作っていたのだ。ふふん。
はーーー手際がいい! さすが私!

しかし、ドン・ホワイトホース。か。
あーやっぱり、失敗だったかな。素直に自害させておけば良かったか。
念のためだったのだ。全部、全部念のため。
念のためにベリウスが確実に死ぬように、パレストラーレに偽装兵を送った。念のため、介錯が行われなかったホワイトホースの遺体を回収しようとした。そうしたら、まだ辛うじて息があった。だから星喰み解決後の世界の復興のため、『念のため』生かしておいたのだ。
全ての念のためだ、そのどこかで死んでいたり、すれ違っていたり、そもそもホワイトホースの説得が成功していなかったら、手ずから殺すつもりだった。

とまぁ、今更何を言っても仕方がない。
彼らに確証はないのだ。私が行ったということを立証することは絶対にできない。こちとら黒幕だぞ。ホワイトホースにさえバレないように細心の注意を払ったからな。あのホワイトホースに気づかれていないのだったら他は誰も気づけまい。
フードつけた謎の人物の遺体でも作っておけば良かったか。しかしホワイトホースのことが明るみに出ることには自分は死んでいると思っていたし、何をどうしても私とはつながらないと思っていたから油断していた。そういうところだぞ私。

これは、私のミス。しかしもう一つは難しい。
心臓魔導器のことだ。もうこれは隠す隠さないの話ではない。ザウデで体もろともなくなる前提だったのに、身体があったらどうしたって見つかるだろう。
記憶がない時でも大焦りしていたなはっはっは。ははは、はーーー……。
ヘルメスと共に作った、愛しい魔導器の一つ。
使う機会はないだろうと思いながらも、純粋に重い病のために治療用として作成された。
それが、こんな望まれない使い方をされるとは。本当に、ヘルメスには申し訳が立たない。
そうして、評議会に埋め込まれたこれが今、私を再び追い詰めている。
制御装置は没収され、壊れたと思ったそれは未だ稼働し続ける。
これがあるから、殿下は裁きを躊躇ってしまった。私がただの被害者かもしれないなどと僅かにも考えてしまった。裏に何かあるのではないかと。
裏など、いくらでもある。騎士団も、評議会も。ギルドでさえも。
暗闇をいくら見つめても永遠の闇しかないのだ。そんなものを見て、どうする。
その間に、もっと益になることは大いにあるはずだった。
それを、こんな大罪人のために使うなど。

(私が、死ぬまでの時間は、あと何日、何十日。何百日。何ヶ月。何年。何十年……)

この止まらぬ思考回路を、無理やりにでも止めて欲しかった。

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