- ナノ -

負けC
目蓋が開く、見知らぬ天井。
ってちょっとまておい。
い、いい、いいいい、生きてるじゃねぇかあああああ!!!???
あ!? え!? 死んだよね!? 死んだよね私!! 確実に死ぬ感じでしたよね!?
あ、あれですかこれまた転生パターンですかやだなぁ2回目ですかハハハいやそんな感じじゃない。普通に身体そんまんまだ嘘だろ勘弁してくださいやだやだやだ。

「アレクセイ様!」
「……」

何かに反響するように声が響く。とても聞き覚えがあるようで、本当に久しいようなその声。開けたまぶたをそちらへずらせば、そこには髪を下ろした男がいた。
シュヴァーン・オルトレイン。帝国騎士団隊長首席、私が与えた名前、仮初の立場。
なぜ彼がここにいるのだろう。どうして私をそんな風に呼ぶんだろう。
ああでも、意識を失う前、彼の叫びが聞こえていた気がする。なんて、言っていたか。死ぬと思っていたから、覚えていない。
彼は旅の中で、迷っているようだった。無知蒙昧になったかつての主人を見て、もしかすると、なんていうものに縋ったのだろう。私を見る目は暗く深く、覚えていないのに逃げたくなったのを思い出す。

ああ、しかし。これは夢や幻想ではないのか。
本当に、私は生きているのか。
また、死にそびれたのか。

「負けたのか……」

たった一つの条件だった。それさえ手に入れられれば、私の勝利だった。
それがこの様か。この体たらくか。ああ、道化とはまたうまく言われたものだなぁ。
こんなところ含めて道化か。
そもそも、前提がダメだったのか。私であるが故に不必要な希望を持ち、私であるが故に本来ならあるべきでない犠牲が生まれた。そして私だから、本来死ぬ場所でも死ねず、そして今こうしてのうのうと生き延びている。

「アレクセイ様……アレクセイ様。申し訳、ありません。もうしわけ、ありません」

え、え、な、なに?
沈み込んでいく思考を彷徨っていたらなんだか掠れた声が嗚咽と共に揺れて聞こえてきたので、考えも吹っ飛んでそちらに視線をやる。身体が重くて首が動かせんぞなんだこれ。
そこにには、肩までかかりそうな黒髪をぼさぼさにして、壁に手を当てて顔を覆っている男がいた。
え、え、え、なに、どうしたん? 悲しいことあったん? 話聞こうか? ぶっちゃけそれどころじゃないけどそんな近くで泣かれるとちょっと気になっちゃうんだよこっちは。一応いろんな意味で手塩にかけた可愛い部下だったんではい。

しかしまぁなんて声をかけたらいいのやら。
どうやら、私は牢屋のような場所に閉じ込められているようだった。ような、というのは冷たい石に囲まれて檻があって、というものではない。ということだった。
周囲はどちらかといえば、病院のような雰囲気だった。白い部屋、棚などの不要なのは一切なく、清潔なベッドに横にされている。足は包帯で固く固定されており、胴体や腕なども足ほどではないが同じだ。
遠い昔の、爆破に少しだけ巻き込まれた時のことを思い出す。
けれど違うのは、明確な拘束がされている点か。手足がそれぞれ縛られて、自由に動かすことを禁じられている。
そして四方の一辺はガラスの壁となっていた。
そのガラスの壁の向こうに涙を流す彼がいた。
ああ、もう、なんで泣いているんだ。泣きたいのはこっちだっていうのに。

三回目だ。三回、死にそびれた。
思い出すのすら億劫で、それでいて脳裏に浮かぶそれら。
三度目こそはと思ったんだけどなぁ。
胸元には白い服の下から心臓魔導器の赤い光が漏れている。
どくり、どくりと、煩わしい。弱々しいが、確かにあるその鼓動は、なんだか歪で胸が痛む。それでもコアは壊れず稼働しているらしい。

鼓動を感じていれば、身体中が痛むのに、強烈な眠気に襲われる。
心臓魔導器が弱っているからなのか、それとも何かの薬の副作用なのか。
突然、意識が飛びそうになる。このまままた目を閉じてもいい、このまま死んだっていい。いいのに、ひとつだけ気がかりなことがある。
すぐ近くで、泣いている男のことだ。
ぐすぐすと泣いて、泣いでいる理由もこちらは分かりやしない。
それなのにこちらの注意を引くだけ引いて、面倒なやつだ。
それでも意識は薄れゆく、その中でどうにか乾いた唇を動かした。

「……静かにしろ」

なんだそのチョイス。鬼か。もっと優しくしろ、とか。他人が聞けば言われそうだが、これでも精一杯だ。黙れとかでなかっただけいいと思って欲しい。
言葉に後に、嗚咽がピタリと止んだ。人形か何かか。早すぎだろう。
まぁでも、気になるものがなくなった。
ようやくゆるりと、意識を手放す。

泣いてもいい。泣いてもいいけれど、こんな冷え切ったところで涙を流すのではなく、お前を抱きしめてくれる人がいるところで泣いてくれ。

ダミュロン。

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bkm